【第百九十九話】その男、戦艦に聞く
オールドベース側との通信は実のところ確立には至っていない。
長距離用の通信機が元々この世界に存在せず、オールドベースが使用している通信機は基本的に短距離だ。
一喜達の拠点で控えている者達もそれは同様であり、故に一喜には彼等がどうなったのかを知る術が無い。
予定時間を決めて彼等が拠点に戻って来るのかどうかで判断を下すことにしているが、即座に全滅していれば犬は悠々と街を壊すだけ壊して先に進むだろう。
他の二体と比較すれば犬事態に大した強さは無い。色付きの段階で基礎スペックは高いものの、それでも色付き内での強さは最弱に近いことを一喜は皆に共有させてある。
とはいえ戦うのは疑似的な着装状態の神崎だ。サブとして源次達が居るとはいえ、不安の要素は非常に濃い。
別にメタルヴァンガードでなければ必ずしも撃破不可能であるとは言わないが、どうしても自身の纏う鎧に強い信頼を寄せている一喜には不安だ。
トライワンダーからジェットに戻して空を飛ぶ。次の目的地までは遠くなく、急げば直ぐに戦闘領域に突入可能だ。
今度の相手は戦艦。砲を主武装とするのは砲撃魔と変わりはしないものの、身に纏う装甲は頑丈という言葉では表し切れない。
下手な斬撃は弾かれ、豆鉄砲では凹みすらしないだろう。先の砲撃魔同様に即座の回復も考慮に入れれば、ちょっとした装甲のダメージには何の意味も無くなる。
『……目が霞んでるな』
空を飛ぶ彼はマスクの内で目を細める。
青々とした空は通常であれば鮮やかに見えていたのだろうが、景色そのものが薄いモザイクが掛かったように見え辛くなっていた。
これが疲労から来ているのは間違いない。トライワンダーを使用した時間は僅かであったとはいえ、それでも肉体には確かな影響が発生していた。
今は一枚だけで運用しているが、それとてまったく疲労が溜まらなくなる訳ではない。
この状態は刻一刻と酷くなっていき、何れは初めてトライワンダーを使った際と同じく倒れて意識を喪失するだろう。
時間を掛けてはいられない。最悪の可能性を加味し、彼は更に加速して現地へと駆けていく。
白い筋を発生させながらの移動は空へと目を向けない人間にはまったく気にされない。
現地に居ない人間からすればこの騒ぎも遠い何処かの話で、まったくの他人事だ。世界全体の問題であるにも関わらず、今では怪物に対して真面目に対処を考える人間は殆ど居なくなってしまった。
圧倒的な強さはあらゆる弁舌を無視し、暴力は意志を無視出来る。
屈さぬ心が如何程であったとしても、前提に助かる見込みが無いのであれば抱くだけ無駄だ。
そして単純な暴力そのものが今の人類では太刀打ちできなかった。
僅か五分。
迅速に移動した一喜の眼下には、黒煙を無数に立ち昇らせている街が見える。
大型の工場が複数目立ち、背の高いビルも数多い。元々の人口が多いのだろうと予想することは容易であり、彼等の需要を満たす為にとスーパーやコンビニといった必ず必要となる施設も多数設置されていた。
だが今。その街には遥か上空からでも視認出来る程の破壊痕が残されている。
工場を丸ごと潰したかの如きクレーター。綺麗に横一閃と切断されたマンション群。
砲撃音の鈍い音が空の上の一喜にまで届き、その度に建物や地面に爆炎と追加のクレーターを発生させている。
『あいつらは壊すことしか考えないのか?』
怪物達は実に自由気ままに破壊活動に勤しんでいるが、破壊することに何か意味があるようには一喜には思えない。
恐怖は既にばら撒いた。人間の数を減らす行為は自身の弱体化に繋がり、それでも壊すことを選ぶのは最早趣味でなければ理解も出来ない。
バトルシップのカードを用いて変化した怪物は、元々のカードが戦艦であったからか他の怪物達よりも巨大だった。
イメージするのは特撮番組の巨大怪獣。全身が鉄で覆われていることで生物感は薄いものの、暴れる様はテレビでよく見るような怪獣そのものである。
歪に曲がった金属塊や板を肉体を隠す形で無理矢理覆い、両腕には各六門の錆びついた副砲が覗かせている。
肩には四門の主砲が搭載され、腰には欠けた錨がぶら下がっていた。
海賊船の船長のようなボロボロの帽子を被った顔は鼻から上が錆色のマスクで隠されている。そして下側は歯を剥き出しにし、その口から常に白い蒸気が勢いよく吹き出て止まらない。
人間と思わしき箇所は頭部のみ。マスクで隠された目は黄土色の光を放ち、一見すると理性の色は見受けられない。
『こいつは――』
まずい。
言葉にする前に一喜は敵の眼前にあるビルの屋上に降り立つ。
相手は此方に気付いて足を止め、その目を一喜に向ける。黄土色の光は輝きを増し、一喜を睨み付けるように視線を集中させた。
『貴君はどうやら、私のことをよく知っているようだ』
巨人の声は重い。低く響き、怒鳴られた訳でもないのに意識を委縮させようとしている。
だが、その声には敵意や害意の類は無い。穏やかで落ち着いた声には、寧ろ紳士的な雰囲気があると言えるだろう。
『知らないかどうかで言えば、まぁ知ってはいる。 そいつが並のカードじゃ太刀打ち出来ないことを』
『それはそれは』
喜色を僅かに滲ませる戦艦の声。
やはり敵意の混じらない言葉に一喜の表情は渋くなり、舌を打つ。
物語では戦艦を使っていた人間は非常に暴力的だった。手にした力で無差別に暴れ、止めに入ったメタルヴァンガードは硬過ぎる装甲を貫くことに困難を極めた。
結局は相手が脳筋であったお蔭で手足の関節が脆い事実に気付かず、四肢を全て切断ないし圧し折ることで無効化して持久戦で破壊したのだ。
眼前の怪物に暴力的な雰囲気は無い。寧ろ話し合いに持ち込めば取引の一つでも出来てしまいそうな程に理性的だ。それが逆に彼にとっては不利を突き付けていた。
『彼の英雄とは別人であるとは聞いておりますが、それでもその鎧を纏う方から評価してもらえるのは嬉しいものですね』
『……あんたは最近怪物になったのか?』
戦艦の弱点をこの怪物が知らないとは思えない。
メタルヴァンガードを舐めていない様子からも油断しているなどと考えることも不可能で、寧ろ何処か尊敬しているようにも窺えた。
ならば、彼は口を開ける。これで解決するなどとは微塵も思っていないが、解決の糸口を導き出す為に。
『ええ。 二、三年前に以前の使用者がトラブルを起こしまして。 他のポシビリーズの方々にカードを剥奪されたのです。 当然ながら本人は取り戻そうと足掻いたのですが、女王に処断されて今は生きておりません』
『珍しい話だな。 なんだかんだとお前達はそういった行為をしないと思っていたんだが』
『何事にも例外はあるものです。 あの方は……そう、欲深過ぎた』
同勢力内でのトラブル。
それは絶対に起きないとは言えない問題であるが、戦艦の最後の言葉には少々の怒りが含まれている。
『あの方はあまり思慮深いとは言えなかったのですが、それでも最後の一線は越えないと思っていました。 しかし、そんな予想を他所にあの方は越えてしまったのです。 ――主君殺しを』
『ああ……』
主君。この場合は外套に身を包んだ男とも女とも呼べぬあの存在だろう。
過去に戦艦を使っていた人物は欲深過ぎて、きっと誰かの下につくことが我慢出来なかった。
強くあれたのなら、目指すは頂点。
力を授けてくれた相手すらも凌駕して頂に立ち、最強の存在であろうとしたのだ。
そんなことを女王を含めた他の面々が許す筈がない。他のことであれば目を瞑ってくれるようなことでも、主と仰ぐ人物を殺すとなれば話が違う。
故に嘗ての人物は殺され、今の担い手にカードが移った。
『私は先代とは違います。 あの方から与えられる栄誉に反旗を翻すような真似を私は選びません』
蒸気が口から漏れる。気炎を吐くような様子に、一喜は厄介なとマスクの下で顔を顰めた。




