【第百九十七話】砲撃魔、納得する
決断は一瞬。
行動も一瞬。
相手が考える余地を残さず、先の必殺とは比にならない規模のエネルギーが刀身に収束して光を放つ。
赤光は白に染まり、刀身そのものを隠した。莫大な熱量は砲撃魔にも伝わり、肌をじりじりと焼く感覚に死の予感を最高潮に感じる。
あれに触れるだけでも助からない。本能の訴えに疑う余地は無く、頭は逃げの一手を求めて止まない。
人間としての道理。生物としての基本。
倒せる奴を倒して、倒せない奴には逃げる。極めて至極真っ当な心の機能を――――しかし砲撃魔は胸を殴って否と決めた。
始めたのは己だ。やりたいと願ったのも己だ。ならば、今更逃げるなど恥以外のなにものでもない。
『……いいねぇ!』
足の修復はもう僅か数秒で終わるだろう。
零れ落ちそうだった内臓を筋肉で引き留めることで回復箇所を減らしたのは正解だった。
内臓を零したままにしておけば回復が遅れ、足が治る前に移動もままならない状態で両断されていた筈だ。
後退る理由は無い。それに矜持が許しはしなかった。
だが、と砲撃魔は右腕を見る。焦げてぶら下げたままの右腕は一向に回復が進まず、その腕に装着されているランチャーも元の形状に直らない。
カードを元に怪物へとなっている以上、装備品も肉体の一部だ。修復していく過程で肉体が最優先となるが、そちらが治れば装備品も直っていく。
されど、どれだけ時間が経過しても傷が治らない。
正確に言えば負傷した直後の段階よりは直っているものの、速度が非常にゆっくりなのだ。
これまで砲撃魔は瀕死の重傷に追い込まれることはなかった。基本的には虐殺する側として力を振るい、怪物同士でも別に争う理由が無かったので戦った回数は皆無だ。
一度はメタルヴァンガードの出現でもしやと考えたことはあるが、それとて結局は機会も無く終わってしまった。
ほぼ初めてなのだ、彼にとって。追い詰められることが有り得なかったからこそ、そうなる筈だと考えたこととは別の現象に多く遭遇することになる。
今回の傷の治りが遅い理由には当然理由があった。
足が無くなる前も後も、右腕には損傷を回復するだけの余力が残されていない。
如何にカードには多くの力が内包しているとて、限界が無い訳ではないのだ。カード自身に格差があるのがその証明である。
ジャックと数字で差があるように、内包するエネルギー量には絶対的な限界値が存在していた。
通常使用であれば長時間続けられる戦闘も、砲撃魔は基本的に肉弾戦ではなくて砲やランチャーを用いて攻撃を行っている。
発射そのものには大した力を用いずとも、弾頭を生み出すには多くの力が必要となるのだ。
加え、彼は戦い好きだ。
意欲があり過ぎるが故に、火種があれば理由でもない限り飛び込んでいく。
負傷も直ぐに治ると思って防御らしい防御もしていなければ、どれだけエネルギー残量が多くとも枯れるのは速い。
この場合、正解は右腕を千切ることだ。損傷の酷過ぎる箇所を切り捨て、新たに生やしてしまった方が回復が速い。
枯れきった草花に水や肥料をやっても復活することはないのだ。ならば枯れた草花を抜き、新たに種を植えて育てるべきだろう。
知らない彼は不思議に思いながらも、頭を直ぐに切り替える。
一先ずは眼前の敵を倒す。倒し切ってから問題に目を向ければいい。
メタルヴァンガードは別のカードを切った。姿形は彼の見たことがないものだったが、彼が知っている既存の兵器は一般人と殆ど変わらない。
ただ、自身を殺し得る力はあると話には聞いていた。それを相手は切ったと仮定して戦えば問題にはならない筈だ。
力の差がどうこうなど彼の頭にはない。ただ勝つことだけを彼は常に胸に抱いている。
『おらァ!』
気合の声掛けと共に砲とランチャーの発射間隔を狭めていく。
機銃の乱射が如くに放たれる弾頭はメタルヴァンガードの必殺にも等しく、一発でも命中すれば当然ただでは済まない。
爆発による範囲も広く、相手に剣を振る余地を与えない攻撃は飽和攻撃としては過剰に過ぎる。
視界も閃光と煙によって今以上に塞がれ、度重なる衝撃の数々によって肉体の感覚器官が諸共に崩壊しかねなかった。
砲撃魔の耳には既に爆音しか聞こえない。破壊に次ぐ破壊が巻き起こり、さながら小規模な嵐が巻き起こっている。
小さな町であれば今頃は全て瓦礫の山と化していただろう。此処が比較的都会に近いからこそ街としての形を辛うじて保っている。
『死ね! 死ね! 纏めて吹き飛んじまいなぁ!!』
一発一発に殺意を込めて。
僅かに動く隙も与えず、その場から二度と離れられずに破壊されていくがいい。
そうして撃って撃って撃ち続け、思考を放棄した攻撃は砲撃魔の名に相応しい破壊の跡を残す。
メタルヴァンガードが動いた姿は無かった。剣を構えていたのが最後の姿であり、そこからは無数の爆発に巻かれて碌な回避運動も取れていない筈だ。
あの装甲がどれだけ頑丈なのかは解らない。解らないが、撃ち込んでいけば何れ回復よりもダメージの方が上回る。
相手をズタボロにした後に直接この手で殺せば、彼の名は怪物達の間にも轟くことだろう。――――本当に彼がその場に留まっていればだが。
『――――』
背後から殺意。
背中に氷柱を差し込まれる悪寒に攻撃の手を緩めようとし、直後何かを振るう音が空気を叩いた。
【Non standard. Try metal vanish!】
砲撃時の閃光とは異なる閃光が砲撃魔の瞳に映る。
それが通り過ぎた斬撃だと気付くのに彼は刹那の時間を必要とした。
背後にはダメージらしいダメージの無いメタルヴァンガードの姿。振り切った刀身に既に光は無く、砲撃魔の身体は斜めに両断されている。
何故、と砲撃魔は驚愕した。相手が動く姿も、ブースターを吹かす音すらも聞こえてはいなかったのに、どうして背後を取られたのかと。
切られた衝撃で上半身側のみがゆっくりと振り返りながら落ちていき、地面に肉の潰れる音を響かせる。
下半身は立ったまま。無事だった左腕も砲ごと地面に転がり、右腕の回復は遅々として進まない。
肉体は即座に回復を始めようとするが、メタルヴァンガードの剣が砲撃魔の心臓を貫く。
それで死ぬ訳ではないものの、塞がることのない傷に彼は最早笑うことしか出来なかった。
『冗談、じゃねぇな。 さっきのはどうやった……?』
『お前の認識が追い付かない速さで背後を取っただけだ』
一喜がやったことは単純だ。範囲攻撃を連続で繰り返されるのなら、速度でもって範囲を抜け出して背後を奇襲する。
ブースター一枚だけでは足りなかった速度と威力を三枚で底上げし、メタルヴァンガードが視認可能なギリギリの領域で建物を回避しながら背後で刃を振るった。
敵が致命傷となる場所は無い。徹底的に破壊するしかない以上、加減皆無の一撃は砲撃魔を両断した上でその先の瓦礫も広範囲に渡って切断された。
『はっはっはっは、なんだそりゃ。 なんつう滅茶苦茶な話だよ』
砲撃魔からすれば一喜の解決手段は滅茶苦茶の一言。
ただでさえ常人より遥か上の性能を有しているというのに、アドバンスカードを使う自身は普通の怪物よりも基礎スペックが高い。
その基礎スペックを凌駕するというのであれば、単純なスペック任せの戦い方ではどう足掻いても勝てはしない。
一喜が三枚を使用した段階で武道の心得も無い砲撃魔に勝ち筋は無かった。
その事実に納得を抱き、砲撃魔は自身の意志でカードを肉体の外に排出した。完璧に元の姿とはならないまでも、鬼のような顔から少々強面な人間の顔となった砲撃魔は上半身のみとなった状態でゆっくりと息を引き取る。
その姿を確認し、一喜はカードを拾って別の空へと飛んで行くのだった。




