【第百八十九話】その男、再び聞く
選択肢を強制させ、更に民衆に見せ付けたことで悪人達は視認出来る範囲では悪事を働くことはなくなった。
蜻蛉や蜘蛛には監視の目を強くすることを一喜は命じ、残る業務をそこで世良に任せてからはメイド達と連携して異世界の倉庫代わりの建物に物資を運び込むことを始める。
動くのは主にメイド達だ。望愛が指揮を執り、アパートから異世界へと物を送り込んでは一ヶ所に纏めていく。それらがある程度多くなった段階で一喜は着装し、メタルヴァンガードのパワーに任せて一気にビル前へと移動させた。
そこまで動かせば残るは一般の人間でも簡単だ。水を運んで来た者達の声が遠くから聞こえつつ、自警団の監視もありながら民衆は和気藹々と荷物を運び込んでいった。
「二日を使って全力で進めますが、量が量ですので終わるかは解りません」
『大丈夫だ。 今回も保存の長い物ばかりだし、多少ズレても構いはしないさ』
ある程度の荷物を建物の前に移動した段階で沢田が一喜に経過報告を行う。
元の世界の倉庫を借り、そこに入れるだけ荷物を入れた影響で今回は最初の一回よりも遥かに量が多い。
最優先で食料を詰め込んではいるが、それが全部入るかどうかも現在では未知数だ。
二日をフルに使うにもメイド達の数が足りない。休憩時間も加味すると終わるまでに後もう二週間の余裕が欲しいのが彼女の本音だ。
しかし同時に、それが難しいことも理解はしている。
こうしている間にも綱吉は次の荷物の手配を進め、会社の倉庫に空白地帯を作り上げようとしている。
そこに売れ筋の商品を収めることで回転率と利益を上げ、綱吉自身の成果にしようとしているのだ。
ポケットマネーを使っている以上、それが純粋な利益になることはない。純利益から齎された金をそのまま使っているのだから、傍目からは無駄に出費を重ねている阿呆のように見えるだろう。
とはいえ、それを知っているのは幹部以上だ。そして、幹部以上となれば彼のやっている行為に一定の思惑があるのではと勘繰っている。
綱吉は今回の件について具体的な説明を何一つとして語っていない。ただ、個人的な慈善事業だと口にするのみだ。
それで幹部達が完全に納得することはない。今は益になっているから放置を選んでいるだけで、会社に痛手を齎すのであれば容赦無く切り込むだろう――――否、既に情報収集の目は動き出している。
「大藤様。 綱吉様から一つ言伝があります」
『なんだ』
「暫くは大丈夫だが、その内此方のメイド隊を使うことになるやもしれないとのことです」
『……了解した。 相手は誰だ』
「……社長にございます」
社長。即ち、望愛と綱吉の父親。
愛情は無く、優しさも無く、能力のみを求める男。それが何の為に動くのかと考えれば、一喜の脳裏には一つしか浮かばない。
先ずは身内で探り、駄目ならば部下の手も使う腹積もりか。一喜は内心で苦々しい感情を抱きつつ、メイド隊が居なくなることを良しとする。
大企業の力をほぼ無断で使っているのだ。正式に許諾も貰っていないのだから、何をしているのかを探るのは自然である。
問題は、綱吉が何処まで隠し通すことが出来るのか。
全て隠せたのならばそれで良い。だがもし、此処が露見すればどうなるか。
『現状は綱吉の方が怪しいか。 此方側の情報流出を避ける為にも、なるべく早く糸口の会社を自分達で維持していかなければ』
「まさか前倒しをすると?」
『いや、そうしたいがまだ土台が出来ていない。 せめて食料生産が安定化しなければ何も始められないだろうさ』
綱吉は自費で買い、望愛の会社に流すことで一応の体裁を整えている。
会社として用いる際の維持費用、車両や燃料、武器の支払等も彼が担っているが、何れは自身の手で脱却しなければ怪しさは残り続けるだろう。
故に進めるべきは、やはり産業の再興だ。そこを始め、行いつつ綱吉の要望に応えるのが最短ルートとなる。
沢田がメイド達に休憩時間を告げる為に去り、彼は考える事が多くなっていく現状に頭痛を覚えて仕方ない。
協力してくれる人間は居るが、直接的に全ての問題を解決してくれる訳でもないので結局は手段を幾つか用意しておかねばならない。
水耕栽培は今のところ順調だ。毎日手入れを欠かさずにしてくれるお蔭で枯れる様子は見せていない。
実を付け、収穫し、それが問題の無い味となれば爆発的に量を増やして生野菜の生産も行うつもりだ。中には難しい種類もあるが、やらねば産業として完成させるのは不可能になってしまう。
魚は元々の収穫エリアが良かったことで今は問題無い。ゆくゆくは海で獲って氷で運びたいものだが、それは高望みが過ぎるというものだ。
後はやはり、肉だろう。こればかりは牛や豚を見つけなければならないし、畜産農家の手を借りねばならない。
動物の世話なぞ本やネットの知識で解決するようなものではないのだから。
そこをどうするかと彼は悩み――遠くから聞こえてくる大声に意識を向ける。
「おーい! おーい! 大藤様は此処に居ますかー!!」
野太い声を発しているのは枝のように細い男だ。
黒いシャツに灰色のカーゴパンツを穿き、年は三十は越えているように見える。
髭は剃っているのか無く、黒髪も短く纏められていた。未だ細過ぎる姿から健康的とまでは言えないものの、それを除けば殆ど魚街で肉体労働を熟す男達と一緒だ。
彼は一喜の姿を見るやいなや急いで走り、彼の前で一度深く頭を下げる。
そんなことはするなと一喜は返すも、男はゆっくりと顔を上げてそんなことを言っている場合ではないと焦燥に満ちた表情を浮かべた。
「さっき街の方で妙な集団がやって来ました! なんか大藤様を探しているみたいでッ!!」
『何?』
妙な集団。男の大きな声で放たれる言葉に場の雰囲気は一気に引き絞られる。
緊張、焦り、不安、恐怖。種々様々な負の感情は容易に場を暗くさせていき、誰しもが一喜達に視線を向ける。
視線の数は十や二十では足りない。一斉に向けられた視線は物理的な圧すら込められているようで、腹の底でその圧を吹き飛ばす為に力を込めた。
『何か特徴はなかったか。 身形が綺麗だったとか』
「黒い外套を着てました。 後は……一人だけ女でした」
黒い外套。一人だけの女。
その二つだけでは明確な答えは出てこないが、しかし統一性を持つ集団となると一番に出て来る存在は一喜には一つしかない。
『解った。 全員建物の中に入っておけ。 決して騒がず、馬鹿な真似をする奴が出たら即座に止めろ』
マスク部分の拡声昨日を用いて全員に声を行き渡らせると、荷物を運ぶ最中の者達も地面に落として一斉に駆け出す。
戦えと言われなかったのは良かったが、一喜の雰囲気から戦闘の気配を彼等は感じ取った。
となれば、拠点にも被害が出る。場所によっては建物ごと死ぬかもしれない。
彼等は自室に逃げるのではなく、なるべく内側の建物に走り込んだ。壁の厚い部屋に多くが犇めくように入り、入れなくなったら何とか冷静な誰かが別の部屋を探し始める。
一斉に騒々しくなる拠点。大多数の物音に他の人間が気付かない筈がなく、メイド隊や世良達が真剣な顔で彼に駆け寄った。
「何が起きた!?」
『街で不審な集団が確認された。 特徴から考えるに……恐らくはオールドベースが来ている』
「それって……」
水を運んだばかりの十黄は顔色を若干悪くさせた。
彼等は人類の為に戦う集団である。けれど、一喜に剣を向けた者達でもある。
双方の認識の擦り合わせは終わっているとはいえ、それでも信じることが出来る集団かと問われれば難しい。
互いに不戦を結びはしたが、あれも所詮は口約束。そもそも、やるとなれば約束に意味が無いのがこの世界である。
一体どんな用で此処に来たのか。各々が不安を浮かべる中、一喜は行くぞと出撃の声を発するのだった。




