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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第百八十八話】砦に潜む、凶刃の息

 ――悪事を企てた者達は、皆揃ってその足を挫かされた。

 強制的な選択は殆どの者から悪を取り上げられ、それまで行われていた蜜を集める作業から一転して人々の為となる善行を強いられている。

 拠点内において悪事を働いていた人間を見る目は厳しい。信仰していた相手の好意を裏切る真似をしたのだから当然だが、中には石を投げる者も居た。

 サイズは小石程度で当たっても何の痛みも齎さない。投げているのも自制心の効かない子供であり、だからこそ素直な怒りが彼等に直撃している。

 それを注意すべき人間である自警団は止めることをしなかった。寧ろ逆に、殺せるものなら此処で殺してやると罪人を睨むだけだ。

 

 此処は善によって成り立たねばならない場所である。

 悪が蔓延る世界の中で唯一理想郷として此処は存在しなければならない。

 神話の始まりが如く。何時かは壊れてしまうとしても、その始まりはやはり平穏からなのだから。

 

「――爺さん、こんなところで寝てると風邪引くぞ」


 悪党達が選ぶべき道を決められ解散された後、拠点は魚街から帰還する一団を出迎える準備を始めた。

 複数の建物を倉庫として活用している中から食材を運び、燃えるゴミを使って火を焚いた後に大量の鍋に水を注ぐ。

 拠点に備蓄されている水の総量は多くはない。少なくなれば必然的に節水を求められ、けれども消費すべきタイミングでは大量に使えと世良の指示が下されていた。

 更に倉庫からは色とりどりの粉末が入った袋が段ボール単位で運び出され、子供達は粉末の彩に眼を輝かせる。

 

 粉末の正体はジュースだ。オレンジに苺、レモンに桃と様々な味が用意されては拠点の女衆が厳重に監視の目を走らせている。

 肉も魚もこの世界では貴重だが、甘味とて貴重だ。特に子供には一等素晴らしき味に感じられるだろう。

 それ故にこっそりと盗みを働く若者は多く存在し、故に倉庫は自警団以外にも自制心の強い者が率先して監視していた。

 

 そして、自警団の一人が巡回を再開している最中。

 一人の老人が建物の前で段ボールを布団代わりにして横になっていた。

 見るからに穴の多い襤褸の着物を身に纏い、白い顎髭や髪は伸ばし放題となって老人の顔を隠している。

 男性であるのは確かだが、その表情を窺い知るのは難しい。

 老人は自警団の一人に顔を向け、毛と毛の間に隠れた口を開けた。


「いやぁ、日課の日光浴に精を出してての。 もうちょい待ってはくれんか」


「……日光浴? なんでこんな場所で」


 しゃがれた声には掠れた雰囲気は無い。

 明瞭な理性を保ち、陽気に笑い出しそうな朗らかさに自警団の男は気の抜けた表情を浮かべた。

 老人は何も持っていない。キャンプで飢えに飢えていた最下層の人間と同じく、本当の最底辺に居た人間なのだろう。

 苦しんでいた筈の人間がこうまで陽気なのは不思議なものだが、若くないからこそ開き直ってしまったのかもしれない。

 残り短い人生なのだからと横になられては自警団の男も放置する以外の選択肢は存在しなかった。


「――まぁいい。 他所に迷惑を掛けないでくれよ、爺さん」


「勿論、嗚呼勿論。 ちょっとしたら飯を待つさ。 後で子供の面倒も見なけりゃならんしの」


 ひらひらと手であっちへ行けと送る老人に溜息を零して自警団の男は去っていった。

 その後ろ姿を見やり、老人は欠伸を漏らしながら腕を伸ばす。

 そうしておもむろに起き上がり、段ボールを畳んで歩き出した。多くの人間が居る場所とは正反対の居住者が少ない場所の更に端へ。

 周囲を見回しながら老人は新品同然の三階建ての建物の中に入り、内の一室へとするりと足を踏み入れた。

 瞳を動かせば、室内には既に人影が一人ある。小奇麗とは言わないまでも外の世界であれば上等な上下黒のスーツを身に纏った男は、老人が入ったと同時に立っていた姿勢から跪いた。


「旦那、予定通りに終わらせました」


「――おう」


 男の声には畏怖があった。同時に尊敬があった。

 それを向けられた老人は襤褸の着物の内に手を伸ばし、一つの物を静かに取り出す。

 

「お前さん等には苦労させることになるな」


 取り出したのは一本のスキットルだ。鈍色の輝きを発する単純な作りのスキットルを老人は投げ落とし、男は視界に入り込んだスキットルに喜色を表しながら胸の内に仕舞い込んだ。

 

「どうということはありません。 何れ旦那の傘下に入れるのならば、如何なる苦労も徒労に終わることはないでしょう」


「そうかい? あそこもあそこで存外地獄なもんだがな。 支配してる側が言うことじゃないが」


「ええ、実際に地獄ではある。 ですが破滅ではありません」


 老人の若干の困惑混じりの言葉を男は肯定しつつも否定した。

 それを聞き、今度は老人が呆れを相貌に浮かべる。後頭部を掻きながらううむと呻り、暫くの後にはぁと諦めたように息を吐いた。

 

「人間にはこっちの方が天国に思える筈だ。 それを態々捨てるなんざ、そもそも此処に来た意味自体が無いじゃねぇか」


「……最初の時点では此処もキャンプのような形になると思っていました」


 人間には。その何処か人外を思わせる発言をする老人に、男の素直な言葉が返される。

 男にとって、此処は善人の為に在り過ぎた。

 多少の悪化すらも見逃さず、善を成さぬのならば死ねと言わんばかりの要求をしてきている。

 勿論、常識に則るのであれば何の問題も無い。良いことをしているだけで生活を続けることが出来るのだから。

 しかし、悪の蜜を知った男を含めた複数の人間には到底許容不可能だ。

 誰かが不幸になること。自分が誰かを蹴落とすことで幸福になること。双方の差によってでしか悦楽を覚えられない者に、この地は毒の沼のように感じられた。

 

「旦那。 旦那達によって世の中はクソッタレなことになりました。 苦しいことばかりの世界になりました。 それを恨んでいないと言い切ることは出来ませんし、したところで旦那は信じないでしょう」


「…………」


「――ですが、一つだけ感謝したいことがあるのです」


 毒の沼に浸っていれば何れ死ぬ。

 そして男達は死にたくはなかった。他者を蹴落としてでも生を望む性根が死を望むなぞ有り得ず、だからこそ偶然の出会いに全てを捧げる覚悟を決めた。

 老人は男にとって恩人ではない。友でもなければ、ましてや家族でもない。

 利害関係が一致しただけのビジネスパートナーと言えなくもないが、さりとて男は老人をそうとは認めなかった。

 眼前の人物は、間違いなく敵だ。自身のみならず人類全ての敵である。

 

 その事実を残酷なまでに理解した上で、初めて跪く男の顔が老人の目に向けられた。

 敵意の中に浮かぶ熱狂。一喜達の世界では異物以外のなにものでもないと排斥されるだけの狂気。

 

「法も倫理も関係無し。 単純明快な白黒勝負。 そうしてくれた事実だけは、感謝しています」


 法律や常識の壁を全て取っ払った上での単純な生存バトル。

 これを齎した怪物達に男は感謝している。だからこそ、男は此処でやるべき事が終わった後の生活を地獄と語った。

 老人は男の本質を瞳越しに知って――されど然程の感慨も湧いてこない。

 気疲れの方が先行している為か、男の感謝にすらも湧き上がる感情が無い。ただ、この男が自身の役に立ったことは事実だ。

 

「そうかい。 んじゃま、そろそろ覚悟させておけよ」


「はい」


 老人は男の感謝を適当に流して次を伝えた。

 男は殊勝に頷き、老人の顎でしゃくる仕草に従って他の面子の下に歩き去っていく。

 その姿を見ることは無い。顧みることも、慮る気も無い。

 

「さぁて」


 誰も居ない室内で、老人の目が不気味に光る。風も無いのに髭も髪もさざめき、口は歪な笑みで固定化された。

 

「そろそろ、待ちは終いだ。 こっから楽しんでいこうじゃねぇか」

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