【第百八十七話】その男、街の悪を見る
二日のみと定められた短い時間の中で、世良は自警団と協力してこの拠点の悪人を集め始めた。
拠点のサイズは街と呼ぶには小さく、そのまま拠点と呼ぶには少々大きい。
一人で全員を探すのであれば多大な時間を消費するが、自警団達の頑張りや拠点内の人間の協力を得ることが出来れば然程時間は消費しない。
されど、悪人達は危機には機敏だ。僅かでも騒動の芽を感じ取れば、それが自身に関係するか否かも関係無しに逃げに入る。
とはいえ集めることを決めたのは一喜だ。一喜がそうしろと言えば、拠点の設備は全て完全に稼働する。
それは蜻蛉にしろ犬にしろ一緒だ。世良が頭として設定された犬に命令を送るだけで拠点の外に出ていこうとした悪人は一斉に道を閉ざされた。
「三時間」
掛かった時間は三時間。
後ろ手を縄や布で拘束された者達は一斉に建物の外にある広場に集められた。
視線で音頭を取った世良に全員かと尋ねれば、彼女もまた無言で首肯することで答える。
周囲には蜻蛉の一部が銃口を向けたまま静止し、自警団達が手に刃物を持ちながら動き出す可能性を潰していた。
「少し見ない間にもう成長したな。 流石だ」
「よしてくれよ、アンタの名前があるから協力してくれるだけさ」
「それでもだ。 俺の名前を使って罪を犯さない時点で立派だよ」
「……」
真正面からの褒め言葉に世良は頬を染めながら後頭部を掻いた。
凛々しさのある顔に喜色が浮かび、今彼女を支配しているのが間違いなく歓喜だろうと誰しもに認識させる。
面白くないのは傍に居る望愛だ。彼女は人前であるので柔和な表情を崩していないものの、その内側は嫉妬に塗れている。
彼からの純粋な褒め言葉はあまりにも少ない。特に望愛のような人間相手には一喜は滅多に本音を口にしないだろう。
ズルいと思うし、面白くなどないし、そのままで止まれと彼女は願った。
「……俺に一体何の用だよ」
一喜を前にして、いよいよ黙っていられなくなった一人の男が口を開けた。
革製のジャケットにジーンズとこれまでのキャンプ生活ではまず見ることもなくなっていた服装は男の精神の充実を露にしている。黒いサングラスを付けていることからも今が楽しいのは明らかだ。
「何の用? 言われなければ解らないか?」
「さてな、俺が何かしたかい?」
鋭い眼光が男を貫く。されどそんな眼差しもなんのその。直接的な脅威を知っている男からすれば睨まれた程度ならそよ風だ。
それに、この広場には多くの人間が集まったことで衆目も集めてしまった。
殺すことで最短で悪逆を排除出来るが、それが民衆の恐怖を煽る結果になることを男も解っている。
だからこそ、強気な姿勢は崩さない。崩せば終わりだと精神は折れることを許さない。
「ま、今はまだそれほど大きなことはしていない。 俺としても見逃すことを許していいくらいの些細な悪事だ。 将来的に困るのは確かだが、困ると解っていれば軌道修正も然程難しくはない」
男の強気な姿勢が他に捕まった者達の意気も強める。
ちらほらと解放を訴える言葉が発され、その度に自警団の人間が黙れと叫んだ。
だが、勢いは男の方にある。一喜もそれは解っているのでさらりと話を続けた。
「だが、まぁ、楽をしようとするのはよろしくない。 人間誰しも苦労するのは必然だ。 それが理不尽に過ぎないものでない限り、苦労を知らなければ人は日々の糧食に感謝も抱けないだろう?」
「はぁ……」
迂遠な言葉に男は困惑の声を漏らす。
理解出来ない話ではないが、かといって今すべき話ではない。出来れば早く終わらせてほしいだけに、遠回しな内容はある種神経を逆撫でするようなものだ。
「俺は可能な限り人間には普通に生きてほしい。 必要なら殺すが、さりとて殺す価値が無い相手を殺すなんてのは時間の無駄――――だから」
一喜は、そこで敢えてにこやかな顔を浮かべた。
優しさに満ち溢れた慈父の如き表情は、何処までも深く他者を慮っているようにも思わせた。
腕を動かし、指を遠くの地へと向ける。大多数の者がそちらに顔を向けるも、あるるのは街とは別のまったくの未開の土地。いや、嘗ては繁栄していた跡を残す廃墟ばかりが続く土地だ。
「選んでくれ。 悪事を止めるか、我々の新しい地を整える開拓班になるか。 その無駄に回る頭と行動力なら厳しい地でも生きていけるだろ?」
天上から降り注ぐ光の如く、一喜は語った。
人間の善の部分のみを尊重する彼は、悪が今ものうのうと暮らしている事実を認めない。けれど、そのまま殺して恐怖を煽るような真似もしたくはない。
であるならば、いっそ新天地を早い段階から用意する。犯罪者が刑務所で奉仕活動をするように、食事を与えて新天地の偵察や調査に赴かせるのだ。
先に住んでいる人間が居るのか、周辺環境は過酷ではないか、直近で怪物に襲われた痕跡を見つけられるか。
知りたい情報は数多存在し、それらを纏めて一つのデータにすれば一喜達にとっても今後を考える重要な材料となる。
彼等は開拓班。死ぬことを考慮された、最も危険な仕事人。
一喜の与える役職は誉にもなるが、しかし誰しもがやりたくない過酷な道である。
伝えられた者達は一瞬、呆けた顔を浮かべた。一体何を言っているのかと脳が理解を拒み、だが現実が追いかけてきたことで理解させられた。
悪事を止めるか、自分で道を作れ。それが出来ないならさっさとどこかで死ね。
言外の言葉は激昂するには十分。流石のサングラスを付けた男も憤怒を表に出して一喜を睨む。
「然程大した悪事ではないと言いながら、俺達にそんなことを強要する気か」
「強要? 道は与えたぞ。 したい方を選べば良いだけだ」
「テメェ……ッ」
男は思わず足だけで立ち上がろうとした。だがその前に、一喜の方が先に男の眼前に近付いて腰を落す。
触れ合える程の距離で二人は視線を交わし、サングラスという壁を隔ててなお男は一喜の瞳の奥底にある感情を視た。
憤激、憎悪。正義の輝きは微塵も無く、光の無い暗黒の感情ばかりがそこにある。
触れれば燃え移り、何もかもを灰に変える激情は、男の知る限り他に居ない。
理性が滾る心に冷や水を浴びせた。本能が直視を避けろと訴え、一喜以外にはバレないように目玉だけを下に動かす。
それが敗北宣言であるとしても、男は見続ける訳にはいかなかった。
「どうしたい? ――他の連中も、どっちを選ぶ?」
激突を終えた一喜は顔を上げ、他の悪人にも問い掛けた。
口調だけは静かに。判決を下す審判者のように。生きるも死ぬもお前達次第だと、優しく拠点の王は告げ、悪人達は顔を蒼に染め上げる。
彼は最初の頃から慈善の王ではなかった。与えた物に対して対価を求める、当たり前といえば当たり前の人の王だ。
差し伸べられる手はずっとは続かない。なれば、その先に待ち受けているのは嘗ての頃への逆行だ。
いや、逆行すら生温い。今度は他に住まう人間すらも敵となって自身を襲うだろうことは想像出来る。
悪人の中には食料を奪った者や快楽を貪っていた者もいた。
被害者達は彼等を憎み、自警団が無ければ今頃は殺害に動いていただろうことは想像に容易い。
それを跳ね除ける力はあったが、これから他の悪人以外の全てに憎まれ疎まれるのであれば話は変わってしまう。
選択肢を与えながらも、彼等には選択肢は用意されていなかった。一部を除いてバレたとしても罰を与えるデメリットの方があると高を括っていただけに、一喜からの最後の慈悲に縋るしかない。
「…………ッ」
歯軋りの音が何処かから聞こえた。それが彼等の答えであったのは言うまでもない。――と悪人達の殆どはそう思っていた。




