【第百八十三話】男同士のその場話
夜が更け、零時を超える三十分前。
誰も居らぬ家の玄関が開き、そこから一喜を含めた元の世界の住人が続々と帰還を果たす。
彼等の表情にあるのは疲労だ。拠点となったあそこで頭が指示を下したとして、末端まで行き渡らせるには多くの人間が必要となる。
携帯機器の類もまだ導入出来ない状態では、直接担当者の下まで出向いて話すしかない。
時間効率は正直に言って悪く、けれども難民のような者達からは想像の出来ない素直さでもって作業は進んだ。
中でも魚街に住まう人間はメイド達にとって他よりマシと思えるくらいの人材だった。
人相が悪くとも心根まで腐り切っている者は多くはなく、居ても昭和的な鉄拳制裁を用いて矯正されていく。
流石に質に関しては望む範疇にはなかったが、さりとて簡単な力仕事を熟せるのであれば十分に役に立つだろう。
これから次の週末までの間に拠点では飲料水の確保と運送メンバーとチームの結成を行い、更に可能であればの範疇で子供達も通るような道の確保を頼んでいる。
「……外の騒がしさと比べますと、どうしても静かになりますね」
「まぁな。 何せ向こうにゃ昼も夜もない」
沢田の呟きを一喜は肯定した。
子供であれば寝る時間だが、大人がそれをずっと守り続ける道理は無い。健康問題を加味して交代交代に人員を入れ替え、夜も遅い時刻であろうと作業に没頭させた。
一日も早い目標達成を望むのであれば、例えブラック企業のような真似であろうともせねばならない。
でなければ生活が立ちいかなくなるのは勿論、望愛が用意した援助も途切れてしまう可能性もある。
「一先ずは全員撤収だ。 綱吉と連絡が繋がったら飲み物よりも食い物を優先して援助してほしいと伝えてくれ」
「畏まりました」
沢田が頭を下げ、そのまま後は各々の居住スペースに帰還していく。
武器の類はメイド達が持てる分だけを持ち、付近に駐車させていた車と一緒に帰っていく。
望愛も一喜も今は何も話し合う気がない。兎にも角にも家に残してある食い物を幾つか用意し、風呂を浴びてからさっさと食事を済ませた。
布団を敷いて瞼を閉じれば、疲労からか一喜は直ぐに寝息を立てる。望愛もまた同様に即座に寝る姿勢を取り、彼等は朝九時までどんな物音が鳴っても目覚めることはなかった。
そして九時。
微睡みに支配された起床は気怠さを齎し、二度寝を誘うも一喜は目を擦って強制的に目を覚ましてから朝の支度を始める。
蛇口を捻れば出て来る水は普段であれば何も思いはしないが、昨日に水関係の話をしたことで感慨深くなってしまう。
ここまで文明が発展した背景には失敗も多く、歩みとしては遅かった筈だ。水が全国の人間に届くように設計することも間違いなく困難であり、専門家が何ヶ月も何年も頭を悩ませたであろうことは想像に易い。
崩壊した世界で嘗てと同じ状態にまで戻すには、やはり専門家とそれを支える技術者集団が必須だ。
同時、それが出来る程に街の状態をマシにしておかねばならない。
「……もっと蜘蛛も投入しないと駄目だな」
顔を洗い、冷蔵庫に入れてあった日持ちのする弁当をレンジで温める。
料理をすることも出来たが、異世界生活が始まってからめっきりとそんなことをしている余裕は無くなった。
今日の弁当はカツ丼だ。厚切りの肉と玉子と煮汁はやはり缶詰では出せない味を持ち、舌で美味を奏でる。
最近は食べ慣れた弁当であってもそれを微妙だと思うようなことはなくなった。
店内に並ぶサラダやパスタを含め、これが当たり前に並んでいる事実に何だか彼は感謝の念を覚えてしまったのである。
苦労をせずとも、店には常に食べ物がやってくる。自分で材料を探すことも、誰かの食い物を奪うような真似をせずとも、コンビニには弁当が並ぶのだ。
金を出せばそれで解決。シンプルな道順はこれまで通りであり、しかし貴重なものだ。
予定を口から吐いて確認していると、不意に携帯が鳴り出した。
確認すると、相手は綱吉。二字の名前で登録された番号に眉を顰め、スピーカーモードで通話を開始した。
「なんだいきなり」
『や、どうだいそっちの様子は?』
「沢田あたりから聞いていないのか?」
『勿論聞いてはいるさ。 でも君の意見も聞いてみたいんだよ。 多角的な視点での意見だ』
「ッチ、なら少し待て。 今飯を食ってる最中だ」
『OK。 なら先に僕の方で言えることを言っておこう』
通話先の綱吉の声は随分と気安いものだった。それが契約成立によるものであると一喜は見ているが、態々それを指摘したところで何の進展も望めはしまい。
黙って箸を動かし始めた物音を綱吉は聞き、紅茶を飲みながら彼は先程決まったことについて一喜に話していく。
先ず優先されるものとして、追加の食料だ。
『いきなり人が増えたみたいだけど、倉庫に用意させてある食料なら楽に賄えることが出来るよ。 厳しくなるラインとしては、約五百人が半年何も利益を齎さずに食べていくと仮定した場合かな』
「現地で農作業や牧畜を始めて賄えば問題は無いと?」
『理想はね? でもいきなり解決する問題ではないのは確かだ。 水のことについては聞いたから、飲料水をなるべく早い段階でそちらに送って開けた枠に食料を詰め込みたいな』
帰還した沢田の報告は早朝の七時に受けている。
彼女曰く、日用品については大部分が未だ健在のまま放置されていた。風化によって使えない物も多いが、崩壊した建物の中を漁れば無事な品物が存在したのだ。
当然、此方の倉庫にも日用品の在庫はある。時間が経ち過ぎて二度と発注されずに放置された品々は他会社から買取る際に随分安く済ませることが出来たが、その品々が活用される機会は人々が普通の暮らしを送れるようになってからだろう。
今正に求められるのは、何はなくとも食べ物だ。
生きる原動力となる食べ物が多くあればある程、此方のイニシアティブは握り続けることが出来る。
水問題が直に解決される以上、在庫を抱える数を絞って食料品に全てをベッドした方が最終的な益は高くなるだろう。
高級品でもない限りは単価は安い。向こうから輸出される純利益を考えるに、食べ物ばかりの方が一喜も有難く感じる筈だ。
「食料を優先してくれるのは有難い。 そちらの会社で取り扱う商品からしても管理は難しくないしな」
『まったく異なる商品は僕としても遠慮はしたい。 ちなみに君が個人で欲しいのはあるかい?』
「個人、という訳ではないがメタルヴァンガードの玩具は可能な限り集めたいな」
『ああ、戦力としてかい?』
勿論だ、と彼は返す。
メタルヴァンガードの商品は既に生産を終了している。後は消費するだけとなり、大手の玩具店にはもう並んではいない。
残るは中古店やフリーマーケットくらいなものだろう。その多くを回収することが出来たとすれば、齎される戦力は並ではない。
人を兵士に変えるのは戦力を求める上で定番だ。その手間をメタルヴァンガードになることで潰せるのなら、やらない手はないだろう。
尤も、それを表立って一喜は言う気はない。言えばメイド全員に襲われかねないのが主な理由だ。
『OK。 此方で幾つか集めてみるよ、沢田からも利便性は聞いているからね。 ……しかし、不思議な話だ』
「なにがだ?」
『玩具が兵器になることだよ。 他のはならなかったのかい?』
「なっていたら今頃は大戦争だよ」
今のところは異世界に存在する玩具は兵器になっていない。メタルヴァンガードより以前の特撮作品の武器を発見してもやはり玩具のままで、ロボットは小さい状態でとても役には立たない。
メタルヴァンガードが兵器として存在しているのは特殊な事情ありきであるのは確定と見るべきだ。別世界の異常があったからこそ、当該作品に力が付与されている。
一喜の断ずる声にそれもそうかと綱吉は納得し、脳内に予定を幾つか決めていく。
残るは細々とした決め事のみ。その後一時間は二人で言葉を交わし合い、彼は日常のバイトへと繰り出していくのだった。




