【第十八話】その男、銃の乙女と語り合う
緊張が抜けていた周囲に再度重い雰囲気が漂い始める。
一度は涙を流していた二人も即座に泣き顔を引っ込め、険しい顔でカードを見せ付ける女を睨む。
女は二人の敵意をまるで意に介していなかった。彼女が見ているのはカードを使った一喜のみで、もっと言えば先程の特殊な光景に興味を持っていた。
面倒なことになったと、一喜は素直に思う。
味方になってくれそうな者には知られても然程問題は無かった。勿論今後も無条件で頼られない為に強気の姿勢を崩さなかったが、メリットのある実験目的であれば彼等が何もくれなくともカードを使っても別に構わないとは考えている。
だが敵側。ポシビリーズに該当する存在に一喜がカードを持っていることを知られるのはあまりよろしくはなかった。
相手の動きが予測出来ないのだ。彼等の思考は独自の思想に根付くものであり、常識的な対応が通用するとは思えないが故に。
「お前は、ポシビリーズか」
一喜の言葉に女は眉を一回跳ねさせる。
そしてまじまじと彼を眺め、真顔の表情が少しばかり崩れた。それは微笑のようであるが、同時に酷く悪い予感を想起させられる表情でもある。
「当たり前でしょう? 今時そのような質問を仲間内ではしませんわ。 ……とすると、貴方は最近私達と裏で敵対している例の組織かしら」
例の組織。
それが何であるかは三人には直ぐに解った。未だ全貌の伺えない都市伝説として存在する人類唯一の砦が、正に本当であると敵の口から告げられたのだ。
世良と十黄は驚きを露に、そして一喜へと視線を向ける。
彼の言葉の大部分が真実であるとは救ってもらった身として信じようと思っていたが、思いがけない方向から正解が舞い込んだ。
今この瞬間にも確り人類の為に戦いを選んだ人間は居る。諦めるにはまだ早いと、それが負の感情であっても立ち上がる人間が居るのだ。
一喜も一喜で一先ずはオールドベースが存在していることに安堵した。
恐らく規模は原作と比べれば小さいであろうが、敵対という言葉からある程度の戦果は出しているのだろう。
怪物達が敵と認定しているお蔭で彼等が弱くないことは解った。――とはいえ、それでは彼の吐いた嘘が世良や十黄に露呈し易くなる。
もしも一喜が居る状態でオールドベースの人間が世良達に接触した場合、即座にあらゆる真実が白日の下に晒されるのだ。良い情報ではあるものの、一喜本人としては一長一短な真実であった。
一喜の無言を肯定と見たか、女の瞳に険吞とした色が混ざる。
翡翠の輝きは曇りを帯び、全身からは静かな殺意が風に乗って三人にも伝わった。
「僥倖と呼ぶべきでしょうね。 此方の担当をしていたデブ……失礼、ティーガーさんが死亡したお蔭で私の担当県になったのですから。 彼のような単純明快な方であれば、敗北していても然程不思議ではありません」
軽く前任者を貶しつつ、彼女はやはりゆるやかに言葉を紡ぐ。
余裕の表れ。あるいは負けることそのものを最初から想像していない。過度な自信は身の破滅を招くものだが、実際に彼女を殺せる人間は居ないので自信も当然だ。
今の彼女を傷付けられるのは同じ怪物のみ。如何なる方法かオールドベース側が撃破が可能であることを女は自分の口で示唆しているが、その点については今思考すべきではない。
一喜がすべきは、なるべく多くを開示せずに離脱すること。
彼女の目的がなんであれ、検証が完全に終了していない状態で戦闘状態に移行するのは流石に不味い。
「随分な言い様だな。 やはり仲間意識は無いか」
「仲間? ――笑止千万ですわ」
笑みの質に嘲りが混じる。
「私達が一時的に団結しているのは、あの方が居てこそです。 そうでなければ今頃は殺し合いに次ぐ殺し合いに発展していたことでしょう」
「だろうな、俺も容易に想像がつく」
一喜も彼女の言った内容が簡単に頭に浮かんだ。
ポシビリーズは別に誰かを救済することを目的としてはいない。彼等は個々で目的が異なり、協力するのは力を授けた存在に対してだけだ。
その過程で他のメンバーと共同で動くことになったとしても、授けた人物が頼んだという事実が彼等に仲間割れを発生させない。どんなに殺してやりたいと思っても、それが出来るようになるのはやはり頼まれ事を終えた後だ。
所謂トップ型の集団である。誰か突出した能力を持ってはいても、集団としての質は最低ラインのまま。
トップが死ねば瓦解を始めるのが彼等の弱点であり、同時に暴走の引き金にもなる。
成程、と一喜は首肯した。
原作と舞台が違う。カードを使う人物も違う。味方側の事情も異なり、しかし敵側の根本的な設定に大きな違いはない。
まるで設定だけを引っ張ってきたような敵の状態に不可思議さを覚えない訳ではないが、今は都合が良い。
原作の根幹部分まで異なれば、それ即ち対処法すらも異なる。彼等が団結した上で人類を追い込まんとしていたならば、既に日本という国は無くなっていただろう。
「……貴方、他とは違いますのね」
「違う? 何がだ」
「怯えないのもそうですが、何よりもその眼です。 まるで全てを承知していると言わんばかりに感情の色は変わらず、敵を前にして警戒はしてもそれだけ。 全てを知っているあの方と一緒ですわ」
女には困惑があった。
カードを持っていることを見せれば大抵の人間は怯える。中にはそれでも敵意を剥き出しにする人間も居たし、他の同類との世間話では何名かが死亡した事実を教えてもらえた。
しかし、仮に倒せるとしても目前の男のようにはならない。
危機を危機と認識せず、脅威を脅威として構えず、あるのはただ既知に対する真っ当な警戒心のみ。
あれは警戒しなければならないが、決して災厄ではない。
それが示すのは即ち、眼前の男には女を倒しうる術があることを示す。言い方を変えれば、彼は此方の手の内を全て把握している。
有り得ない話だ。彼女と男との出会いはこれが初めてで、戦闘をした際には目撃者ごと全て殺害してきた。
カードを出すことで恐怖されることはあっても、それが具体的にどうとまでは相手側は考えていないのだ。
全てを知る者。全知全能ではないにせよ、ポシビリーズに対する情報について男は大部分を知っている可能性がある。
有り得ない話であるが、例の組織に属しているのであれば決して鼻で笑い飛ばして良い類ではない。――ならば、彼女がすべきことは当の昔から定まっていた。
「実に、そう。 実に不愉快極まりません。 貴方はここで殺しておいた方が益に繋がりますわ」
結論は殺害。
相手のあの力を見て、少し話して。彼は最優先で潰さねばならない異端であると彼女は決定付けた。
それは彼の周りに居る他の二名も同様だ。自身の情報が外へと流れていくことが自身の不利に働くことを彼女は解り切っている。
彼女は眉を顰め、嫌悪を表に出し、顔を傾けてより露出させた首に手に持つカードを勢いよく突き刺した。
カードは流れるように彼女の体内へと沈み、その効果を発動する。
女の柔肌の上に赤銅色の鎧が被さり、背中からは無数の銃器が生えていく。
女性的なラインを描きながらも禍々しさを前面に押し出し、柔肌として残ったのは口元の周りだけ。
目すらも中世の兜の如き装甲に付いた覗き窓で確認することが出来るだけで、攻撃を通すとなれば難しいだろう。
二の腕には二丁の銃口が構築され、腰にも骨で作られた銃が生成された。
その様子に一喜は舌打ちを隠さない。誰もに聞こえる程に強く苛立ちの混じった音を鳴らし、世良も十黄も驚きを彼に向けた。
「面倒な……」
あのような姿を見て、ただの一般人は先ず最初に恐怖を覚える。
実際、十黄の心に恐怖が出て来たのは隠しようがない。世良は対抗策を持っているからこそ強い警戒心で済んでいるが、それでも十黄に近い心境だ。
だけれども、一喜はまったく怯んでいない。
この状況で。この現実で。彼がするのは予定が外れたことに対する憤激のみ。
そこに世良が最初に見た逃げ回る男の姿は無かった。あるのはただ、覚悟を決めた男の姿があるのみ。
彼がジャケットの内側に手を伸ばす。そこから新たに出て来たのは――――




