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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第百七十四話】男二人、飯を食う

 貧困に喘ぐ者達の共通点は代価が無いことだ。

 物々交換であれば物が、金との交換であれば金が。無料の券であればそれそのものが無く、彼等は自身が身に纏う物以外の余剰を全て喪失している。

 なればこそ、少ない金を尊ぶ。割に合わない仕事を必死に探し、一日千円しか稼げなかった成果をまるで何百万も稼いだかの如く喜ぶのだ。

 それが悪いとは誰にも言えない。人の価値観とは千差万別であり、彼等の喜びようにも嘘は含まれていないのだから。

 ただ、それで這い上がれるとは言えないだろう。一度完全に喪失した者に手を差し伸ばしてくれる程、社会は甘くも優しくもないのだから。

 それはこの異世界でも変わらない。いや、貨幣価値が喪失した状態ではただの貧困よりも状況は悪いと言える。


 彷徨い歩く襤褸の人々。

 服は穴が目立ち、毛は伸ばし放題となり、肌は黒ずんで汚れている。歯もまた黄色であったり欠けていたりと不衛生極まりなく、内臓に問題を抱えている人間の方が数多いだろう。

 足は常に引き摺るように。少しでも体力の消耗を抑える為に編み出した移動法は、しかし何の成果も得られなければ結局消耗しただけに終わる。

 故に、彼等の感覚は鋭敏だ。僅かな匂い、僅かな音、僅かな風景の変化にも彼等は鋭く反応する。


「――――ぉ」


 おっかなびっくりとした歩き方で見慣れた街を歩く男達は、鼻先を掠める匂いに意識の全てを持っていかれた。

 この街で漂う匂いといえば、基本的には死臭や自然由来のものだ。嘗てあった排気ガスの臭いは当の昔に消え去り、煙突から立ち上る煙も消えて久しい。

 視界は以前と比較すれば明瞭になったものの、多くの臭いを喪失した現在は寂しさすら覚えた。

 だが、鼻に入ってくるこの匂いはそれとは違う。

 刺激的で、否応無しに口内から涎を発生させる匂いだ。美味い物があるという、その事実を確定させてくれる匂いだ。

 

 この匂いの正体は何だろう。

 脳を容赦無く揺さぶる香り。懐かしさを感じて仕方ない、誰しもが喜ぶであろうと肯定出来る魅惑の香気 。

 知っている筈だ。覚えていないなど、そんなことは絶対に無い。

 一直線に彼等は匂いの大元へと進む。ふらふらと、さながら幽鬼が如くに歩む様はゾンビ映画を彷彿とさせた。

 目は血走り、鼻息も荒い、冷静な思考は匂いを嗅いだ次の瞬間には吹き飛んで本能に支配される。

 誰よりも先にあれを食いたい。腹一杯に、満たされるまで食らい続けたい。

 その先で死んでも良い。――――だってこれは、きっと奇跡のような匂いだったのだから。


「うめー!」


「うめ、うめ、うめ、うめッ……!」


 匂いの先には、二人の男が居た。

 キャンプの人間よりも比較的マシな服を着ていて、骨と皮だけではない肉付きのある身体を持っていて、双方の顔には笑みが浮かんでいる。

 見た目は若く、ひ弱な印象は無い。殴り合いに発展すればまずもって負けるだろう存在達の手には一枚ずつ白い皿があった。

 湯気を立てている深皿の中には見るも鮮やかな白米と、強烈なまでに自己主張をする黄土色のカレーの姿。

 中には野菜と肉が含まれ、男達はプラスチックのスプーンを動かして必死に中身を消費している。

 

「お、おい……」


 男達の腕には透明な袋がぶら下がっている。

 中身が見えるそれには露骨なまでにカレールーと米袋が入れられ、それらは一度も開封されていないように見えた。

 袋は土で汚れている。しかし開封されていないのであれば、それはつまり賞味期限を過ぎはしても無事であるということ。

 それが解ればキャンプの人間達の行動は速かった。

 一人はそそくさと警戒させない程度に近付き声を掛ける。小さくも切実さの混じった声は男達に届き、彼等は顔を浮浪者そのものの人物に向けた。


「うん? なんだよおっさん」


「き、君達は……一体何処でそれを見つけたんだい?」


「何処も何も無いだろ。 聞いてどうすんだよ」


 先発の言葉は容赦無く打ち落とされた。

 当然だ、何処で見つけたと聞かれて答える馬鹿は居ない。もしかすれば同様の品が見つかるかもしれないのだから、態々教える愚を犯すこともないだろう。

 男の一人の態度は露骨に悪かったが、それを懇願する側が指摘することはない。

 持つ者が偉く、持たぬ者が格下とされる世界では礼節の必要性など皆無だ。だからこそ暴力による解決に傾倒し易いものの、法が崩壊した世界では結局のところ原始的な方法で上下を決めるしかない。

 兎も角、男達の態度は高圧的だった。キャンプの人間達もそれは承知済みで、勿論打ち落とされた程度で怯みはしない。


「な、なぁ、そんなにあるなら少し別けちゃくれねぇか? も、ももも勿論俺で出来ることだったら何でもする! 昔の俺はヤクザだったからな、裏のやり方なんて幾らでも知ってるぜ?」


「わ、私に別けてちょうだい! 私だって何でもするわ!! それこそ一緒に寝るのだって全然良いのよ? そんなに若々しいなら、処理も大変でしょ?」


「娘を! 娘をやる! どんな風に扱っても構わないから、だから飯をくれないか!? いや、ください!! お願いします」


 男二人の表情は苦み走ったものへと変わる。

 自身を売り込む者、己を捧げる者、果ては家族を売る者。種類は様々で、しかしこの世界では有り触れた光景として男達は知っている。

 知ってはいるが、だからこそ嫌悪感が強くなるのだ。他とは違う大人を彼等は知っているが故に。

 唾を吐きたくなる気持ちを抑え、男二人は視線を交差させる。

 どうしてやろうかと思案するような雰囲気は、懇願する者達に僅かばかりの希望を与えた。

 

「――悪いが、これはやれねぇ」


 沈黙が数分続き、出した結論は実に残酷なものだ。

 懇願に意味は無く、差し出す生贄に価値も無く、男二人が欲するのは目前の食料だけである。

 

「俺達だってずっと食い物を探してたんだ。 それなのに、そんなクソッタレな条件でくれてやらなきゃならないなんてヘドが出る。 特にそこの娘をやるとか言った男」


 スプーンの先を懇願する一人に向ける男。

 差された側は目を見開き、静かに怒る瞳と対面することで地雷を踏んだことを強制的に覚ることになった。


「娘をやるなんてよく言えたな。 自分が何かを差し出すなら兎も角、何の了承も無しに他人を差し出すなんてクソみたいな奴しか出来ねぇよ。 アンタ、娘を愛してないのか?」


「そ、そんなことはない! 私は娘を大事に思っているし、本音を言えば――――」


「じゃあ、娘の今後を想像したのか?」


 男の問いに懇願した男は狼狽えながらも否を言ってみせた。

 愛している。大事だと、本音では渡したくないと大声でもって放ってみせようとした。

 しかし、それが何処か伽藍洞のように周囲には聞こえた。

 熱は発されず、気迫も込められず、何も無い言葉には他者を飲み込む圧も無い。

 なればこそ、指摘の声一つで否定を口にしようとする男は口を噤んだ。

 

「俺達が好きにして良いなら、その娘はどんな目に合っても文句を言ってはいけなくなるぞ。 重労働を課せられても、衣食住を剥奪されても、凌辱されても」


 好きにしても構わないなら、捧げられた娘がどうなったところで親は関与出来なくなる。

 その果てに無惨な死体になっても文句の一つも言う権利は無く、解り切っていることだが愛している者と別離を迎えるだろう。

 それでもなお、食料が欲しいというのか。愛していると言いながら、手放すことが惜しくないのか。

 

「そ、それでも……」


 答える声に力強さは無い。ただそれは、決して指摘に対して精神にダメージを負ったからではない。


「生きたいんだッ……!」


 強烈な生存本能。生きることだけを求める人間の性が口を動かしているに過ぎない。

 それを冷静に判別した男二人は、揃って呆れた息を吐いた。

 彼等は手早くカレーを全て食べて後ろを振り返る。そして足を動かし、他に集まってきていた懇願者達の悉くを無視し始めた。

 誰しもが静止の声を上げる。中には殴ってでも止めようとする者も居て、けれどそんな連中は大量の人間の壁に阻まれて前に進めない。

 良い匂いは今も垂れ流されている。腹を空かせた彼等は、交渉が決裂したと解っていても諦めることが出来ない。

 

 袋に視線を釘付けにしながら彼等は一斉に二人の背後を歩く。声を発しながらも、体力の消耗なんて考えずに。

 その先で待ち受けているのが魔王の城だと気付く者は――残念なことに一人も居なかった。

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