【第百七十三話】その男、監視社会を想像する
「深夜の話とは異なりますが」
その言葉は望愛の世話をするメイドの一人から放たれたものだった。
時刻は昼。十人には今後の仕事を予定として説明し、今は子供達や立道を中心とした集団と一緒に街へと繰り出させている。
街には未だに家具を含めた使える物が多く存在し、その殆どが放置された状態だ。
一喜や望愛が居ない間でも子供達には回収させていたが、今後は増えていく人員に回収作業の殆どを任せる形となるだろう。
子供は子供として素直に勉学や遊びに精を出していた方が良い。働くなんてのは大人になってから出来るのだから。
彼等が居なくなった状況。周りに居るのがほぼ自身の世界の者ばかりになったことで、一喜はキャンプに住まう者達への対処を具体的に語った。
先の殲滅とは異なり、彼が語ったのはキャンプの人間をなるべく生かす方針だ。突然の変更は当然ながら現場の人間に指摘され、上の揺れ動きに睨む。
方針を変えられると現場は混乱するもの。それは同じく現場で働く一喜にも解る筈であり、故に変えざるを得ない理由が無ければメイド達も納得はしない。
それでも望愛の想い人であるから従うには従うが、あまりに身勝手に過ぎるのであれば望愛や沢田に直訴するつもりである。
「ああ、言いたいことは解っている。 あの時点では俺も排除を決めていたが、少し考え直してな」
睨むメイドの気持ちを一喜は正確に掴み、同意を示した。
「キャンプの人間の質が低いのは事実だ。 何か仕事をやらせたとして律儀に終わらせてくれるとはとても思えない」
使えない人間ばかりとなるのは避けられない。生かした場合のメリットは少なく、デメリットを多く内包出来る程に一喜達に余裕がある訳でもないのは事実。
生かすべき人間だけ生かし、そうでない人間は処分すべきだ。それが最も合理的で一喜達側の世界の人間を納得させられるだろう。
世良側の世界の人間にも処分そのものは納得させることは出来る。彼等とてキャンプの人間には迷惑を被っているのだから、居なくなってくれるのならば安心感の方を強く覚えのは自明の理だ。
一喜の言っていることは破滅への道でしかない。血迷う指導者に付き従う気はメイドには無く、これは望愛も同意を示す程である。
「――心変わりの理由は何ですか?」
近くで瓦礫の上に腰を落していた望愛がそっと口を開ける。
純粋な疑問を含んだ言葉には信頼が感じられ、何かしらの案があるのだとまだ思ってくれている。
沢田はまだ帰還していないが、居れば負の感情を抱く前に理解を要求させるだろう。
上位の面子は一喜の本音を知っている。メイドよりも本質に近しいが為に、これが血迷っただけの内容ではないと確信を抱く。
「理由は一つ。 この世界で宣伝をする為だ」
望愛の静かな目に視線を向けつつ、彼は語る。
一喜達は外様の人間だ。碌な知人は居らず、そも崩壊後の世界の全容を完璧に把握している訳ではない。
知るには他者との接触が、情報を取得する機会が必要だ。
とはいえいきなりそれを求められたところで、答えられる人間は極僅か。本当に欲しい情報を入手できるかどうかは博打となり、誰しもが想像する通りに難航することになる。
「彼等を内に入れることは、即ちこの世界の人間への宣伝となる。 出所不明な連中であるが、人間を助けてくれる稀有な存在であるとな」
使えないなら使えないで構わない。使えた方が間違いなく良いが、居るだけでも宣伝材料になってくれる。
人は一人では寂しく感じるものだ。誰かと一緒の行動をして、誰かと一緒に日々を過ごして、そうして己に安心を与えて社会の中を生きていく。
孤独であることを好む人間なんて全体の数%。例外な彼等を除けば、どうしたって人は多く纏まっているところに集まっていくものである。
キャンプがそうであるように、東京がそうであるように。
キャンプには牧場としての機能があったが、そこに住まう人間は殆どがこの事実を知らないだろう。
知ったとて離れようと思う人間は僅かだった筈だ。なにせそこには生活に必要な品々があったのだから。
自分では集められない品を持っている集団。しかもそれが比較的優しく迎え入れてくれたとしたら、居住するには十分な理由となる。
「同時に他の組織への牽制にもなる。 あいつらを利用して疑似的な監視網を構築し、他組織の動向を随時此方に送ってもらうんだ」
「送ってもらうって、どうやって?」
疑問を口にしたのは残っていた世良である。彼女の疑問符の浮く顔を他所に、望愛は顎に手を当てて虚空を見やった。
「勿論、直接監視を頼む訳じゃない。 代わりに派遣するのはウチが今後作る自警団だ。 あの川に居た連中をそのまま警備員として利用する」
「んー?」
世良の疑問に一喜は正解を与えず、ヒントだけを渡す。
けれども世良には正解が解らない。監視網を構築するのに、どうして自警団も作る必要があるのか。
単に監視目的の組織を作った方が特化をし易い筈である。
人間、仕事が多くなれば覚えるのが大変だ。特化させた方が単純な人間を操ることも出来て、一喜にとっては都合が良い筈である。
その上で自警団を設立したいと言うのであれば――――
「――成程、そういう話に持っていきたかったんですね?」
理解したのは望愛が先だった。一喜の考えている構想を自身の頭で組み立て、そして宣伝の意味を正しく理解した。
他の面々は一喜の言っている意味を掴み切れていない。それが彼女の心に少々の優越感を齎したが、それでは駄目だと直ぐに彼の代わりに答えを口にした。
「今後増えていく人間は使えない側が多く、そんな彼等に新しく教育を叩き込む時間も私達にはありません。 であれば、彼等には彼等の生活を補助有りでそのまま新しく作ってもらう他ありません。 人数が増えれば外部にキャンプのような生活拠点を作らねばなりませんから」
「作って、そこに私達の手の者を送り込む。 私達を信じてくれる方々に治安維持として派遣したと言えば納得を得易いでしょう。 同時に、そこで問題が起きれば人々は自警団に泣き付く」
「言ってしまえば自動アラームだ。 俺達から離れた位置に拠点を作られたら流石に全てを把握することは出来ない。 監視カメラを仕込む術でもあれば良いんだが、そういった物に見られ続けるのはストレスだろ。 だから、彼等自身で監視カメラとアラームになってもらうって訳だ」
言っていることは単純明快だ。
生への渇望があるから今回の拠点襲撃が起きるのであり、生きているから今後設置する自警団に彼等は泣き付く。
それを一喜達でないと解決出来ない問題であれば、メタルヴァンガードの高速移動で向かって解決すれば良い。
街の各所でメタルヴァンガードが現れれば、普通の人間は安心を覚える。何せ怪物を打倒する程の力なのだから。
逆に犯罪者は警戒して迂闊に悪事に手を染められない。一回二回は成功して、三回目で露見すれば殺されてしまうからだ。
これが完成すれば、ポシビリーズの出現情報もキャッチまで早い。他に東京の人間が万が一現れれば手を打てるし、オールドベースの動きも知り易くなる。
「先回り、先手、奇襲、何でも良い。 こっちが先に動けるなら彼等を抱えるデメリットもメリットになる」
「消費量が加速すると思いますが」
「最初はな。 とはいえ、彼等にも畑や漁などで稼いでもらうぞ。 牧畜の経験がある奴が居れば率先して豚や牛を回収したい」
人が増えることはメリットが大きいが、同時にデメリットも酷く多い。
このデメリットを敢えて飲み込めるかがこの話の重要な点であり、しかし望愛は兄の姿を想像して微笑みを浮かべる。
なに、あの兄であればそれくらいは想定しているだろう。彼の姿から都市クラスの人間を抱えるまでは想像している筈だ。
伊達に将来の社長を目指している訳ではない。支援をしたのであれば、それが自身の恒久的な利益に通じることも考えている。
であれば、望愛がすべきなのは周囲への説得だ。
「解りました。 既に兄からの支援は始まってますから即座の問題にはなりません。 ですが、飲み込む速度は緩やかにしましょう。 今はまだ、救済を望む者だけに手を差し伸ばせば良いと思います」
「賛成だ。 そして、連中の纏め役としてなんだが……」
彼女は一度頷き、目を世良に向ける。
「世良さんにしましょう」
びくりと世良の身体が震えた。何せ、彼女が世良を見る目に光が無かったのだから。




