【第十七話】その男、誰かを救う
黒い無数の線が赤に染まり、エネルギーの帯として外へと躍り出る。
十二の浮き出た帯の群れは一度一喜の周囲を巡り、その背後に一つとなって固まった後に新たに形を作り上げる。
それは三人の女神だった。カードの絵柄にある白衣を身に纏いつつも、背中には三対六枚の羽を伸ばした超越の存在として顕現したのだ。
美貌の主達はこの場に居る全ての面々に誰もが見惚れる程の微笑を向ける。
身体の周りには光が灯り、夕方の時間には酷く眩しく感じられた。まるで希望の象徴かの如く輝く様は、遥か古の神話が真実であることを証明しているかのようだ。
『La――――』
三女神が声を揃えて歌を奏でる。
麗しき唇から聖なる言葉が現れては消えていき、その声を聞いた者に心の底から活力を湧き上がらせる。
ファーストエイド。カードの能力は人体に関するあらゆる害を消すこと。
それは心も例外ではない。歌を聞く二人は自身の身体的異常が治っていくことを自覚出来ず、ただひたすらに希望と勇気を与えられる。
このカードは他とは毛色が異なる能力を持っていた。設定通りであればアドバンスカードには兵器のモチーフが使われるが、ファーストエイドには兵器としての側面は一切存在しない。
あるのは祈りであり、献身であり、応援だ。
原作のメタルヴァンガード内にて、このカードは最重要の役割を持つ。誕生の経緯からも他とは異なり、最もアドバンスカードの設定に喧嘩を売る例外的存在だ。
誰かを殺すのではなく、誰かを生かす為に存在する。
それはカードを恐ろしい存在としか思えない世良達に静かな驚きを与え、一喜の目に彼女達の変化を映した。
鱗は元の肌に戻り、瞳に宿る不穏な金は黒へと転じる。手入れも満足に行えない髪には艶が戻っていき、全身には万能感が如き活力が湧き上がるだろう。
――実験は成功だな。
状態が改善されていく姿を見て、一喜は内心で満足していた。
此方で手に入れた特撮アイテムを元の世界に持ち込んだ結果、それは他のアイテム同様の存在に成り下がっている。
ならば元の世界のアイテム群を持ち込めばどうなるか。それは着装するベルトそのものが世界を超えて重厚な重さを獲得した段階で確信していた。
即ち、アイテム群はこの世界で本物となる。
腕に巻いた機械は本来自動で帯が巻かれることはない。普通は付属品を自身の手で付けるもので、しかし此方に来てから腕の機械は自動で帯を締める効果を得た。
それだけではない。カードも力を持ち、その全てを読み込んで力として表に引き出す機能もベルト達は獲得したのである。
何枚かを彼は確認してあるが、やはりどうしても人体に影響を与えるだろうカードを使うのは躊躇われた。故に今回の実験は成功するかどうかは運任せに近く、実際に成功した事実に少々の安堵も抱いた。
全ては現実となる。少なくとも原作のメタルヴァンガードと同様の効果をカードは発揮してくれることだろう。
それはこの世界を歩く上で最も頼りになる力だ。怪物を打ち倒せるか否かは一喜本人のやる気次第であるが、倒せるだけの力があることをメタルヴァンガードが原作で証明している。
後は自分次第。そうだと解れば女神の効果抜きに活力も湧き出るものだ。
歌は数分続き、ゆっくりと彼女達は姿を消していった。
眩しい輝きは消え、後には先程と同じ光景が広がる。違いがあるといえば、二人の状態が服を除けば遥かに改善していることか。
世良と十黄は呆けていた。心ここに在らずと表現すべき放心具合は油断だらけであり、襲われても対処に一歩遅れてしまう。
二人の前に近付いた一喜は、その場で大きく両手を一回叩いた。
いわゆる猫騙しの方法であるが、突然の弾ける音は急速に二人を現実へと引き戻す。
「……な、にが起きた?」
「何もないだろう。 治療が終わったぞ」
「……え?」
世良はゆっくりと自身の顔に手を伸ばす。
普段はまったくと触りたくなかった鱗のあった箇所に触れ、柔らかい感触が手に伝わった。
十黄もゆっくりと瞬きもせずに首を横に向け――――彼女の顔に幻覚を疑った。
そこに居たのは嘗ての彼女だったのだ。十黄が今も昔も惚れていた、彼女の元気な顔が目の前にある。
思わず、彼は彼女の顔に指を伸ばした。
失礼であるだとか、叩き落とされるだとかも気にせず、彼は唖然とする彼女の柔らかい頬に触れる。
触れた瞬間、世良は十黄に顔を向けた。そして世良は、十黄が今にも泣き出しそうな表情をしていることに気付く。
「だい、じょうぶだ……。 本当に、大丈夫だ……」
極まった感情に支配され、十黄の眦から雫が落ちる。
何度も何度も、無くしてしまったものが戻ってきた事実に信じられない気持ちを抱きながら大量の涙が地面に落ちていった。
それを見て――世良の目にも涙が浮かぶ。顔を歪め、そのまま彼女は両手で表情を隠しながら泣き声を放った。
「戻った、戻った、戻ったんだ――――本当に」
「当たり前だ」
涙を流す両者の間に、一喜の冷静な声が挟まる。
直ぐに二人は顔を一喜に向けた。腕に機械を巻いた状態でカードを使った男は、まったくと副作用を受けた様子を見受けられない。
精神的な影響までは流石に解らないが、確信を込めた瞳で驚きもしない男の様子にそれが自然であると理解させられた。
「これを使えば無毒化した上でカードの力のみを使える。 今回は能力だけを引き出し治療だけをさせた。 暫くは異常な程に活力が湧き出るだろうが、三日もすれば落ち着きを取り戻せるだろうさ」
彼は淡々と事実だけを語る。
なんてことのないように証拠を提示して己の真実を示し、そして碌に付き合いの無い知人未満の誰かを救って見せた。
十黄の中にある疑心は急速に消えていく。彼の意思と、彼の所属する組織の力が魅せた能力は確かに彼女に希望を見せてくれた。
疑心の代わり浮かぶのは謝罪の念だけだ。未だ高校生にも等しい年齢でありながらも、彼は大人のように自身のこれまでを振り返ることが出来る。
背筋を正し、深々と十黄は頭を下げた。言葉も無しに、ただ静かに。
隣では同様に世良も頭を下げていた。救ってくれた恩人と言葉を重ねた十黄に対して彼女は深い感謝を込めている。
「すまなかった。 疑ったことを心から謝罪する」
「止めろ。 俺は俺の真実を証明する為に力を使った訳じゃない」
二人の謝罪と感謝は一喜には勘弁してほしいものだった。
所詮は実験。それにこうなることは見越していたのだ。謝罪をされると何となく嫌な気持ちにもなる。
利用したようなものだ。だからこそ、一喜は直ぐに頭を上げさせた。
既に二人に敵意や警戒は無い。寧ろ逆に、尊敬すべき大人を見るような眼差しで一喜を見ている。――それもまた止めてほしいと言い掛けて、まぁいいかと嘆息した。
「お前の覚悟を認めたからこそ使ったまでだ。 お前が怯まずに言い切ったからこそ、良いだろうと決めた」
「それでも疑ったことは事実だ。 俺に出来ることがあれば何でもする」
「私もだ。 助けてくれた恩人に対し何も返さないような女のつもりはない」
「結構だ」
二人は究極的に善人なのだろう。
受けた恩に対して報いようとするのは、およそまともな人間でなければ有り得ない。そしてこの世界において、まともな人間の割合は酷く少ない筈だ。
まともであろうとする精神的強さ。それがある限り二人が歩みを止めることはないだろう。
折角治したのだ。どうか二人には長生きしてもらいたいと彼は思っていた。
故に、此処で二人とはお別れだ。彼等は生きていく為に、一喜はこの世界を知り尽くす探求心を満たす為に。
ここで別れておかねば即興で組み立てた設定にボロが出かねない。
断りを入れた一喜に、二人は露骨に悲し気な顔を浮かべる。そんな顔をされては一喜も困ってしまうが、しかし罪悪感よりも彼はこの場を脱することを何よりも優先した。
罪悪感で苦しむのは後でも出来ると考えたのだが――そうそう上手くいく筈もない。
「――話は終わりましたか?」
「ッ!?」
一喜の横で声がした。
突然の別の声に全員が顔をそちらに向けると、一軒の家屋の上に立っている人物が居る。
それは女だった。
それは人間という区分の中では美人に相当する人物だった。
その女は酷く小奇麗な恰好をしていた。
その女の手には一枚のカードが握られていた。
「何やら強烈な光が発生していると見に来れば、少々予想外な光景を目にすることになりましたね。 さて、お話をお聞きしても構いませんか?」
「お前は?」
「おや、解っているでしょうに」
金髪の美人。
丈の短い白のワンピースの下に紺のジーンズを穿いているその女性は、徐に己のカードを見せ付けた。
無数の銃器が描かれたスペードのカード。それが示すのは即ち。
「――御同類ですよ、私も」




