【第百六十九話】その男、協力を求める
「予定通りか、奇跡的だな」
拠点に接近する不穏な影。
それに対抗する為にと一喜は戦力を拠点の縁に配置し、世良と望愛を含めた三人で通信機の使い方を学んだ。
通信機の操作方法は複雑だ。その全てを理解するには時間が足りず、今回は周波数を合わせて会話をスムーズに行うことを重視した。
携帯の電波が遠くにまで届くのであれば携帯をそのまま使えば良いが、そうしたいのなら携帯会社の技術を何とかして入手するしかない。
しかし、それが出来ないことであると一喜も解っている。もしもしたいならこの世界で今一度復旧させる必要があるだろう。
基本的な内容を学んだ一喜は、望愛に全体的な指示を頼んで一人空へと飛んだ。
行先は当然、川の傍で集団生活を営んでいる宗谷達の下。運ぶべき人間が居ないことで速度も限界まで上げ、滑るように彼は集まっている者達の前に着地する。
一週間の約束を守ったことで宗谷は口角を吊り上げていた。彼の背後には相変わらず人相の悪い男女が居るが、メタルヴァンガードの姿に明らかな怯えを見せている。
以前の圧倒的な力は、万人に畏怖を叩き付けた。
中身の性格を知っているから即座に逃げる真似をしなかったが、怪物のように理不尽な思考展開をしていれば回れ右をした上で全力疾走を始めていただろう。
『ああ、話は通してあるか?』
「全員に聞かせた。 その上で残りたい奴以外は消えろと言ってある」
『そうか……』
二人が以前に決めた内容は既に集団の中に浸透している。
今のままでは生活を続けていくことは難しく、何れは破綻を迎えて殺し合いに発展するだろう。
宗谷自身は死ぬつもりがないものの、殺し合いに発展した時点で為政者としては失格だ。己が為政者としての器を持っているかどうかは兎も角、リーダーである以上は部下が食べていける環境を構築せねばならない。
故に、一喜と手を結んで今後は一つの集団として暮らしていくことを決めた。
宗谷自身が総責任者にはならず、あくまでも幹部のような立場としてこれからは彼の部下達を統率していくことになる。
暴力行為を今以上に厳粛させ、逆に犯罪行為を行う者達に罰を与えて治安を守っていくのだ。これは一喜の言っただけの何の確約も無い仕事内容だが、しかし皆を納得させる為にと宗谷は敢えてこの話を部下達に伝えた。
その結果として離れる人間は出たし、不満そのものが依然として無い訳ではない。
彼等は我慢が苦手だ。恐喝と暴力が当たり前の世界の中で、それを抑え込むのは非常に苦労するだろう。
我慢に比重を置くことを決めたのも暮らしが安定すると言われたからであって、今後そうなる様子が無ければ今此処に居る者達は直ぐに暴れ出す。
その際の規模は抑えていた分だけ大きい。宗谷が必死に言葉を募らせても止まることは無く、一喜の拠点が一気に世紀末に近付いてしまう。
「今回は初だから十人に絞った。 この十人がアンタの拠点で暫く暮らして、結果として良いと思ってくれたのなら規模を大きくしたい。 ……当然、それ相応の礼は用意するつもりだ」
『魚を安定的に供給出来たのならあまり文句を言わないさ。 ――ただ、この一週間で少し事情が変わった。 もしかすれば戦力として今からお前達を動員するかもしれない』
集団に見られながらの会話の中、一喜は雰囲気を重くする。
視線を鋭く。遠くの自身が暮らす拠点に目を向け、宗谷は一喜の態度に戦いの気配を感じ取った。
それまでの緩さのある空気も途端に緊張に塗り潰され、話が聞こえた部下達の表情にも遊びが消える。
戦力として今から動かしたいとなれば、考えられる内容は誰でも一つだけ。いきなりそんな展開になるとは宗谷自身思っていなかったので内心では少々驚きつつも、しかし表面には出さずに冷静な顔で問いかける。
「まさか、連中が動いたのか?」
『いや、街の傍にあるキャンプの連中が此方の拠点の様子を伺っていると報告を受けた。 あのキャンプの状態から推測するに、狙いは此方の物資だろう』
怪物の到来。それを脳裏に過らせながらの不安は、しかし一喜本人の言葉によって否定された。
相手はキャンプに住まう同類。豊かな生活を目指して拠点の様子見をしていたのであれば、推測は間違いではない。
されど、同類である事実に皆が安堵した。
露骨に詰まっていた息を吐き出す者まで現れ、彼等が如何に怪物に恐怖しているかを如実に表している。
宗谷とて心境は同じだ。代表として変わらぬ態度を続けなければならないだけで、一人間としては安堵している。
「そうか……それなら此方も手を貸せるな。 数は?」
『明確な数は不明だ。 そも統率のある動きをしていなかったそうだから、大方個々人で勝手に動いていると俺は思っている。 例え殺したとて向こうの代表者が出張ってくるとも考え難い』
「そいつはそうだろうな。 食い扶持が減れば管理もし易い」
キャンプの人間を宗谷は部下からの報告で聞いている。
生きる気力を失っている大多数と、一部の荒くれ者や狡賢い者とで構成された集団は力関係が明瞭だ。
それを管理者側が放置して食い物を与えるだけに留め、結果としてキャンプ内の治安は酷いことになっている。
きっと統率者側も管理し切るのは無理だと判断したのだろう。今回の行動に明確な対処を行わないのであれば、彼等は独自の判断による行動を黙認していることになる。
これで拠点の人間が数を減らしてくれれば幾らか管理は容易になるとも考え、宗谷はそんな連中に唾を吐きたい気分だった。
何故ならそれは、相手が人を家畜か何かだとしか見ていないということなのだから。
「急変については解った。 選抜した連中は荒事にも慣れている。 いざ戦うとなれば当てにしてくれていい――お前達もそれで良いな」
相手が人であるならば止まる理由は無い。
キャンプには兵器が無く、持つとすれば鈍器か投擲器の類のみ。銃器の可能性を完全に廃することは出来ないまでも、それを使うような連中はもっと威勢が良い。
良くも悪くも考え無しの方が多いのだ。昔の頃のように銃を持っていれば怪物以外には無敵だと錯覚するから、対処も容易になる。
そんな連中の話は宗谷の下には届いておらず、また一喜にも届いていない。
届いていれば脅威として共有すると双方認識していた為、それが出てきていない以上は無いと確信していた。
宗谷の声に彼の背後に居た集団は威勢の良い返事を出す。
力のある声は先程の不安を吹き飛ばさんとしたものだが、それについて指摘をするつもりは一喜には無い。
畏怖されても、恐れられても、使えるのならば使うまで。所詮、彼等は拠点を維持する為の存在に過ぎない。
「戦いとなるなら更に送れるが、どうする?」
『不要だ。 此方でも戦力は用意してある――それに、どうにも平和的な解決を望む奴が居てな』
「平和的に……?」
交流を目的として数を十としたが、出そうと思えば宗谷の命令で更に面子は用意出来る。
だがそれを一喜は否と断り、宗谷の耳でも解るぐらいに明るい声で理由を語る。
しかし、それは宗谷にとって理解し難いものだ。今時平和的な解決など望めるべくもなく、食うか食われるかが基本なのだから。
確かに、相手は拠点を望んでいるのであって殺戮をしたい訳ではない。殺し合いが目的ではないのなら、食料を与えてやるだけでも大人しくなるだろう。
けれども、そんな温い慈悲を一喜が与えると宗谷は考えない。それをするのならば、背後に彼なりの理由を用意する筈だ。
「何を考えているんだ?」
『なんてことはない。 連中が人的資源になれば、俺達にとって都合が良くなる。 ただそれだけさ』
あっさりと語る理由は、宗谷にとって成程と呑み込めるものだった。
人間ではなく、敵ではなく、資源。その言葉の意味に、宗谷の背に冷たいものが流れる。
キャンプに居る者達が有能であると一喜は考えていない。寧ろ使えない者達ばかりであると、彼は確信を抱いている。
とはいえ、動ける身体は便利だ。食い物が必要であるものの、それがあればやれる範囲は多くなる。
今は機械を修理することも出来ない時代だ。ならばその機械の部分を人が担当すれば、強引に機械があった頃のようにすることも可能となる。
「ハッ。 ……お前さん、アンタもやっぱり怪物だよ」
人の出来る範囲を理解し、食い物という給料を与え、ただの道具として用いる。
ポシビリーズ達とは異なる形であれ、その非情な態度は実に人間らしさから剥離していた。




