【第百六十七話】女三人、ギスる
「お、来たか」
アパートの中央から外壁のビル群へと進んでいくと一喜達に声が掛けられる。
ゆるゆると目を横に向ければ、深夜にも関わらず起きていた世良の姿。
赤のジャケットを着込んで腰に拳銃をぶら下げた彼女の手には如雨露が握られ、恐らくはビル内に配置していた水耕栽培の野菜に水を上げていたのだろう。
陽が上れば子供達も起き出す。あまり目を離せない年齢の子供達を相手にする以上、なるべくやるべき事は皆が寝ている間に済ませた方が良い。
故に誰もが彼女が起きている事実に違和を持たなかった。それは現地のメイド達から通信が来なかったことも理由の一つだ。
「精が出るな。 どんな具合だ」
「成長はしているよ。 まだ実が付いた訳じゃないけど」
「ま、そんなもんだ。 気長に待とう」
「……あいよ。 気長に、ね」
苦笑する世良に一喜も笑みを返す。
つい数ヶ月前までであれば碌に浮かべることも出来なかっただろう表情変化は、二人の仲の良さを周囲に見せ付ける。
望愛は彼の自然な感情を見て、嫉妬の表情を表に出しかけた。
相手は世良だ。関りは異世界に居る週二日の間だけだったというのに、なるべく多くの時間を共に過ごしている己よりも好感度に大きな差が出来ている。
確かに彼の怒りを買ったことは記憶に新しい。その内容を知って決して不利益だけを与える訳ではないと理解しても、望まぬ展開を広げさせた相手に好意を抱き続けるのは困難だ。
拒絶されていないだけまだマシ。そう思って切り替えるのが望愛の最善の行動であり、けれど内に潜む羨望は中々消えてはくれない。
「で、今日は何をするんだい?」
「予定通り、向こうの連中を数名連れて来る。 子供達とも一時的に共同生活をしてもらい、相性が合えば最終的にこの拠点に移り住んでもらうぞ」
「あいあい。 まぁ、烈みたいな子も居るから早々怯えたりはしないさ。 あっちのリーダーも別に悪人って訳でもないからね」
「ああ、そうだな。 仮に喧嘩が起きても連中なら止められるだろ。 それで駄目なら、最悪は排除だ」
望愛の感情に気付かず、二人は揃って横並びに歩きながら言葉を交わし合う。
メイド達は彼等の会話を情報として脳に入れているが、それだけだ。私的に仲が良い訳でもない関係上、どうしても仕事を優先することになる。
そして、メイド達は一喜達の会話に内心で不安を覚えた。
話を聞くに、此処に新しい住人が生まれる可能性がある。それ自体は構わないし、外に対する人間への悪意を防ぐ為には人数は必要だ。
例えどれだけ一喜や望愛が人数を引っ繰り返す力を有していたとしても、それは怪物に向けて使うものである。間違っても人に対して使うものではない。
問題なのは住民の質だ。こんな世界が長く続けば品位など欠片も意味を成さないのは承知の上であるが、かといっていきなりチンピラが大量に入ってくることは治安維持の観点からするとよろしくない。
一喜や世良の視点でのまともな人という言葉も、それが一体どれくらいの性格の持ち主かを予測するのは難しい。
この世界基準でのまともな人間なのか、それとも元の世界でのまともな人間なのか。
彼の言葉から喧嘩が起きる確率は高い。単なる殴り合いであれば放置でも構わないが、殺しにまで発展するのは流石にメイド達も勘弁願いたいものだ。
拠点でゆっくり出来ないのであれば、何処であってもゆっくりすることは出来ない。
パフォーマンスが落ちる一方では何れ酷い事態が起こることは容易く想像についた。
「大藤様。 その話、私も聞いて構いませんか?」
「――ん? ……ああ、そうか。 お前達は糸口を守る部隊だもんな」
流石に無視は出来ないと沢田が間に入る。
一喜は唐突な彼女に一瞬困惑して、直ぐに理解の顔を表に浮かべた。
人口が増える。それは人的資源が増えて出来ることの範囲が広がるが、同時に多くの人間関係を垣間見ることにも繋がる。
騒動に発展して、それが望愛に関係なくとも被害を与えるものだとすれば沢田達も動かざるを得ない。
メイド達とて現在はこの数だと、綱吉が増やさないとも限らない。ブラコン気質の強いあの兄であれば、更に五十人くらいは増えても一喜に驚きはない。
であれば、人口増加には彼女達も巻き込まなくてはならないだろう。望愛を守っているだけで良いとはいえ、中に入った人間の中で怪しい人物の情報は知りたいだろうから。
「移動の際に沢田だけでも連れて行って向こうで挨拶をしようと思うが、それでどうだ?」
「私は構いません。 部隊は私が居なくとも回るようになっていますので」
「私側も問題は無いさ。 ……積極的に関与した方が良いみたいだしね」
沢田と世良の二名の了承を受け、その片方である世良はぼそりと追加で呟く。
一喜が予定していなかった戦力。それ自体は嬉しいし、彼女達の姿を見ればこの世界の人間ではないと一目で解る。
持てる武器も世良達より制限は無く、恐らくはタブレットの映像に映っていた男が全てを用意するだろう。
その男と一喜の仲は良いとは言えなかったが、協力関係を構築出来たのならば多少なりとてコミュニケーションは必要だ。
子供達はまだ様子見の段階で、他のメンバーも警戒を抱いている。ならば此方の世界でのリーダーとして世良がアピールをしなければ何も進まない。
最低限ビジネスライクな関係を築ければ良い。……しかし、それで世良は全てを飲み込みきれなかった。
理由は一つ。一喜が語った通り、彼女達の優先順位は後輩の望愛だからだ。
あの雇い主の妹というだけでも理由としては十分だが、望愛とメイド達との間には言葉に出来ぬ絆が伺える。
彼女達は望愛を守る為に動き、そして望愛を代わりに死ぬだろう。
一喜ではないのだ。この集団の中で最も頂点に居るリーダーではなく、親愛を向けるべき相手を優先している。
それは望愛の周りばかりを厚くメイドが囲っていることからも明らかだ。
望愛はそうではないものの、メイド達は揃って一喜を順位を下にしている。いざ一喜が死ぬことになってもメイド達は動こうとしないのではないかと疑問に思う程。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。 私のことは沢田と御呼びください。 元の世界では望愛お嬢様の世話役として努めておりました。 現在は此方のメイド隊のリーダーを務めております」
「世良だよ。 元はリーダーだったけど、今じゃ副リーダーみたいなもんさ」
沢田の短い言葉には親しみは無い。同時に世良にも親しみは無い。
顔を合わせ、瞬間に双方が理解した。それは別に思考が覗けたからでもなく、単なる直感だ。
沢田は優先順位を覚られ、世良は覚られたと気付いた。
世良からすれば沢田は信じ切れる対象ではない。一喜との一件を含め、どうにも部外者の印象を拭えなかった。
彼女は関わろうとしなければ、きっとこの世界を知ることもなかった。望愛という最優先の存在が居たからこそ、彼女は今こうして関わっている。
食料提供に関しては有難いと感謝の念は抱いていた。抱いていたが、あの画面に映った男の顔を思い出すととてもではないが此方を食い物にしようとする気配を感じて止まない。
その男が派遣した部隊のリーダーとなれば、まずもって友好的に接することは難しいと現状では判断するしかなかった。
「……」
そんな二人の姿を望愛は無言で見ていた。
真剣に、静かに、己の思考を見せないが如く。
この世界は搾取が当たり前だった。当たり前だったからこそ、小さい内から搾取に対処する方法を自然と学ぶことになる。
当然、学んだ脳は無意識に関わるべき人間を選ぶ。そして危険だと判断する人間が傍に居れば脳は拒絶反応を示す。
この集団が纏まるまでに波乱の一つや二つは起きるだろう。その過程で自分達は一喜のように信用を勝ち取らなければならない。
でなければ、彼女達は此方の思うようには動かないだろう。例え彼がしてくれと頼んでもだ。
――――一度、二人だけで話をする必要があるか。
望愛は一人、頭の予定欄に別の予定を挟み込んだ。




