【第百六十五話】その男、オーナーと話す
「外って、こんな感じだったか……?」
本来では休日である筈の金曜日、一喜は奇妙な圧を訪れた店そのものから感じている。
朝に舞い込んだ一通のSMS。店長からの結果が来たと書かれた文面と共にオーナーも話が聞きたいと綴られ、こうして話をする為に彼は来ている。
オーナーの顔を彼は知らない。いや、正確に言えば殆どのバイトやパートはオーナーと面と向かい合ったことはないだろう。
殆どを社員だけで解決してしまうこの店では、運営そのものについて口を出す隙間が非常に狭い。
要望もとても無茶でなければどうにかするのが社員だ。そして現状、余程阿呆なバイトやパートが姿を現さない限りはこのままの状態で続いている。
だからこそ、どんな人間がオーナーなのかを一喜は想像出来なかった。例え店長から多少印象を聞かされていてもだ。
「――ふぅ、行くか」
まごついていても仕方がない。話が駄目ならそこまでだと彼は短く決め、見知ったコンビニへと入っていく。
昼になった頃のこの時間帯では休憩時間に入った会社の人間が客層の殆どを占めている。他にも店が無いではないが、近辺の人間はほぼ全て此方にやってきていた。
それ故に店内は人で埋め尽くされ、商品一つを手に取るのも難しい。遠目に見えたレジではパート達が慣れた動きで客を捌いているものの、それでも波が引くまでには暫くの時間が必要だろう。
挨拶をすることも今は無理だ。即決し、レジに私服の状態で入ってパート達に会釈のみを送る。
このコンビニに入ってそれなりに長い一喜であればパート達には会釈で十分だ。話す暇がないと互いに解っている以上、首肯だけに留めて彼は裏側の事務室の扉に手を付けた。
「お疲れ様です」
「お、お疲れ。 オーナー、来ましたよ」
中に入れば、扉の先は静かな空間になっている。
今は本部の人間も居ないのだろう。二脚ある椅子の片方に店長が座り、そしてもう片方には見知らぬ男性が座っていた。
総白髪で、皺が多く、着ている服はコンビニの制服。けれど制服そのものが明らかに負けている程、その人物の顔には品があった。
所謂イケおじの部類に入る件のオーナーは顔を一喜に向け、微笑を送る。
「初めまして、と言うには遅すぎるね。 オーナーの鹿島だ。 よろしく」
「バイトの大藤です。 よろしくお願いいたします」
「堅苦しくしなくともいい。 先ずは席に――っと」
「お気になさらず。 事務所には二脚しかありませんから」
初見の感想としては、柔和な人物だ。
気難しい雰囲気は無く、最初から怒っている様子も無い。勿論この全てが嘘の可能性はあるも、気にしていては話は続かないと立ったまま話を進めた。
「悪いね、最後に此処に来たのは半年も前だ。 年齢も合わさると忘れてしまうことが多くてね、何か間違っている部分があれば遠慮なく教えてくれないか?」
「……解りました」
「ふふ、うん、どうやら今回の件で不安を抱えているようだね」
店長、彼にお茶を。
そう言ってオーナーは懐から電子マネーカードを取り出して店長に買いに走らせる。
買いに行っている間は二人に会話は無い。互いが互いに人柄を見抜く為に視線を交わらせ、一喜は早々に白旗を掲げたくなった。
それは一重に、相手の底をまるで見抜けないからである。凪いだ海をイメージする瞳に感情の色は浮かばず、柔和な笑みは崩れる様子が無い。
先の言葉も優し気で、成程穏やかな人間だと思わせるには十分。少なくともこの時点で苛烈な性格をしていると断じることは不可能である。
やがて店長が緑茶の入ったペットボトルを机に置き、場の準備が整った。
「先ず信じてもらいたいのだが、私は君の今回の行動を素晴らしいと思っているよ。 昨今の若人には無い人情を久し振りに感じさせてくれた」
「私は、まだ何も証拠を提示していませんが?」
「最初の言葉と姿で察する部分はあるよ。 君は少なくとも、遊び目的で大学に進むような人間ではない。 寧ろ真面目に未来を計算できる人間だ。 店長が語っていた通りだよ」
「それは、ありがとうございます」
オーナーの最初の台詞は、称賛からだった。
店長からの主観的なイメージも含め、オーナー自身の目には一喜の印象は悪くは映っていない。
一社員を目指さない姿勢については謎であるが、履歴書では嘗てとある会社の社員であることが記されている。であれば、何かしらの理由があって社員を目指すことを止めたと解釈することは可能だ。
その理由は本人が語るまで聞くべきではない。そも、能力として不足は無いのだから悪感情を抱かせるのはオーナーにとって損である。
「さて、その上でだ。 ネグレクトを受けて痩せ細っている子供達の為に、君は私の親戚が出した廃棄品を欲しいと言ったね?」
詰問と言うには優しく、けれど質問と言うには険が含まれている。
厳しくし過ぎずに質問をするのは、一重にこの問題が内部で解決することだからだ。
一喜の出した提案は廃棄を配るオーナーとしては有難いことではある。
近所の人間とは仲が良いものの、物の受け渡しをする程までではない。一度程度であればにこやかに受け取ってくれるが、幾度となく続けば流石に不審がる人間も出てくるだろう。
親戚の経営はまだ始まったばかり。軌道に乗るかどうかすらもまだ決まっていない段階だ。
発注に関してアドバイスをすることは出来るも、それを親戚達が律儀に守ってくれるとも限らない。金儲けばかりに思考を優先させている親戚達をオーナーは想像して、内心で溜息を零した。
結局、廃棄品は何時までも出続けることになる。それ自体は此処と変わらないし、タイミングによって大小は変わる。
その処理に関する費用を一部負担することは現在のオーナーであれば余裕だ。いや、正確には余裕になるように調整している。
問題なのはやはり実際の処理だ。大量の廃棄品をタダで持ち帰られる行為はこの店では許可しているが、向こうは百円を請求した上で一人五個と限定している。
一経営者として少しでも回収したい気持ちは解るが、五個全てを弁当にすれば回収できる金額は十分の一以下だ。あまりにも雀の涙だろう。
そんなことをするくらいならいっそ常識的な範囲で全員で持ち帰る方が捨てる際の手間も少なくなる。
ただでさえバイトやパートは辞めやすい。能力の幅も大きく、しかし低い確率で有能な人間は紛れている。
その有能な人間を逃さない為には、細かい部分にも意識を巡らせた方が良い。その上で経営者が厳し過ぎない態度を取れば、バイト達の雰囲気も極端に硬くはならないとオーナーは柔和な態度を崩さないでいる。
裏があると解った相手にだけ、オーナーは経営者として顔を合わせるのだ。そして今、彼は経営者として一喜と顔を向き合わせている。
「その言葉に間違いはありません。 私は……私が救いたいと思った子を救う為に提案しました。 それが一般的に警察を呼ぶべきことであると知った上でです」
「……」
確認も込められた言葉は、それを上回る強い言葉でもって返される。
オーナーは見据えた。一喜の瞳に宿る感情の全てを知る為に。
子供を救う為という理由は立派だ。世の中の掲げる大義名分の中でも特に強く、支持者を集め易い。
しかしそう語った人物達には常に裏があった。本気で子供を救おうとしたのではなく、大義名分を餌にして集めた金や権利で豪遊する者ばかりだった。
今回の件も結局は一喜に損が無い。成功すれば良いし、失敗したとしても一喜が持ち帰る廃棄の量を少し多めにすれば対して問題にもならないだろう。
全てを欲しいと語る理由として、子供だけを使うのは弱い。更に言うのなら、今時の若人にここまでの熱意が果たしてあるだろうか。
何か覚悟をしているような目を。命を張るような雰囲気を。子供だけを理由に抱くと、オーナーは断言出来ない。
「成程、君の覚悟はよく解った。 余程子供達が酷い状況なのだろうね。 ――なら、二分の一だ」
そうするだけの理由をオーナーは知りたかった。故に、彼との繋がりを作っておくのも悪くはないと彼は全面協力を告げない。
一喜はオーナーの案に首を縦に振った。何の証拠も無いまま全て貰うなど、土台無理なことを彼は解っていたのだ。
「二分の一だけ渡そう。 そして元気になったら子供達と一度会わせておくれ。 私にも誰かを救った実感が欲しいんだ」
「……解りました」
最後の提案の時だけ、一喜の表情は渋くなった。




