【第百六十四話】その男、考察する
次の日。
朝を迎えて何の連絡も来ていないことを携帯で確認して、一喜は何時もの時間を過ごした。
今日は金曜日。ここを過ぎれば次は異世界であり、そこからは満足に休めない日々に突入することになる。
一喜本人が満足に寝れる時間は仕事終わりの後だけだ。故に寝れる内に寝ておかねば途中で気絶しかねず、この間だけは何があっても一喜は反応しない。
それは中に侵入者が居ても同じだ。一度断たれた意識は奥深くにまで沈んでいき、浮上するまでに多大な時間を求められる。
これが異世界で起きれば最悪であり、そうならない為に彼は此方で寝ることを最優先にしていた。
「隣は今日も物音が凄いな」
望愛が居る隣室では本日も玄関の開く音が聞こえる。
朝の九時から望愛の部屋を出入りするのはメイド達だ。望愛本人が合鍵をメイドに渡して勝手に出入りを可能にしているのだが、その所為で壁の薄いこのアパートでは少人数が動き回るだけでもそれなりに響く。
築数十年が経過したオンボロなアパートではネット回線すらも最初から用意されていない。
居住者側が事前に備えることを前提とした物件であるが故に、どうしても気になる部分は多く出てきてしまう。
物音の類はその中でも一番気に障る部分だ。意識外に追い出せば無視出来る類であるも、寝る前であれば流石に苛立ちの一つも浮かぶ。
これが他の居住者達に広がらないことを願うばかりであるも、運び込む荷物が増えれば増える程に苦情の確率は上がるだろう。
布団から抜け出た一喜は風呂と朝食を手早く済ませ、パソコンの電源を入れる。
椅子に座って検索エンジンを起動させると、スムーズな動きで入力したい情報を打ち込んだ。
異世界に行く準備は既に済ませてある。今出来る範囲を用意出来たのなら、それ以上は無理をせずに休息に努めるのが彼だ。
「異世界、か」
検索内容は主に異世界について。
現実非現実を問わずに繋がる可能性を彼はインターネットで探してみたが、やはりというべきか出て来るものは繋がる以前の話だ。
異世界はあるとされているも、それを証明する手段がない。異世界とはどのような空間なのかも観測出来ていない関係上、どうしたって最初に求められるのは存在の証明と接続方法の確立だ。
嘘か本当かも怪しいオカルト話でも殆どが偶発的なもので、狙って行こうとして成功した例は少ない。
やり方についても異世界を知っている一喜ですら眉唾物にしか思えない方法ばかり。これではどれだけ探してみたところで有力な方法を見つけることは不可能だろう。
扉から繋がる異世界。
それは様々な形で世間に話として広がり、ロマンを抱かせる。けれど実際に繋がってみれば不測の事態ばかりが脳裏を過り、どうすれば安全を保てるかも依然として解ってはいない。
直近の問題としては異世界での本格的な大規模事業だ。通常の玄関サイズの扉では荷物の行き来が困難に過ぎてしまい、全てを運び入れるには時間が掛かるし制限も多くなる。
巨大な物を入れたければ細かなパーツに分解せねばならない。また、建物の耐久性に問題があるが故に極端に重い荷物を室内に置くのも不安だ。
もしも扉を別の場所に繋げられたのなら、もっと広々とした空間に繋げて制限の殆どを取っ払うことも可能だろう。
「……なんでこっちの世界が繋がったんだろうな」
探している間に浮かんだもう一つの疑問は、何故この世界なのかだ。
確かに一喜の世界と異世界は時間の流れが一緒である。技術的な水準も離れていると言い切れる範囲ではなく、思考する内容そのものも逸脱していない。
違うのは別の異世界から来た博士を始めとしたメタルヴァンガード技術そのものであり、これがあったからこそ荒廃した世界は作り出された。
繋がった事実そのものを偶然と思うのは可能だ。実際に博士自身も予想外に異世界に来訪して帰れなくなっているのだから。
此方よりも遥かに技術的に前に進んでいるだろうメタルヴァンガード世界で帰還の方法が解らないのであれば、そも接続先がランダムだと考えておくのが普通である。
――されど、と彼の不安は止まらない。
メタルヴァンガード技術を保有した博士がカードを取られ、そして怪物が誕生した。
怪物に対抗する為にメタルヴァンガードやそれに連なる技術を可能な範囲で再現し、劇中の対立関係を異世界でも発生させた。
そして、その上でメタルヴァンガードを知る人間が住まう世界と異世界が繋がった。
簡単な流れであるが、どうにもこれは出来過ぎだ。その全てが天文学的な確率によって成されたのであれば黙るしかないものの、何処か作為を感じてしまう。
本当に全ては偶然によって起こされているのか。何の奇跡も無しに作中のメタルヴァンガードと同様の対立関係は構築されたのか。
もしも意図的な奇跡が介入されているのなら。最も可能性の高いものは――――やはり古代の遺物であるカードだ。
「俺達のは玩具だ。 玩具だから中身は無い。 けど、じゃあどうしてあっちでは本物になる?」
この疑問は当初に抱き、余裕の無い中で消えていったものだ。
取り敢えずの食料補給が可能になったからこそ、彼は無意識に逸らしていた疑問に目を向けた。
異世界そのものに特殊な技術は無い。此方よりも遅れた技術と荒廃した大地のみが広がり、特殊な場を作れる特別な人間も現状は確認されなかった。
あの世界にファンタジー味が付加されたのは、博士がカードを取られた後。
つまりカードによって全ては構築されたのであり、そこから辿り着ける結論としては異世界はカードによる変化を強制されたのだ。
そうであれば玩具が本物になることも頷ける。
カードの力は入れられた人間を怪物に変えてしまうものだ。元の素材があれば兵器としての力を獲得出来るのであれば、玩具を兵器化することも問題は無い。
重要なのはどのカードがそれを成したか。色のあるアドバンスカードといえど、世界そのものを改変する能力は流石に無い。
カードで変えられるのはあくまでも入れられた生物のみ。不可能を可能とし、正を負に逆転させられるカードとなるとキングですら無理だ。
「……ジョーカー」
キングを凌駕するカード。思い付くのは一喜には一枚しかない。
劇場版にのみ登場した特別なカードは、実際のところ映像内では全貌を露にしたことはなかった。
それは撮影技術や予算といったメタ的な理由が強いが、使用者本人が世界を終わらせたいと願った結果として戦闘者の側面を強調されたのもある。
ジョーカーの能力は結局、一喜の目にも全て映っていた訳ではないのだ。そうだからこそ、何が出て来るのかが解らない。
さながらパンドラの箱だ。あらゆる不幸を齎すという意味ではこれ以上の言葉は存在しえない。
「あの男も、よく解らない奴だったな。 ……戦う時は本当に覚悟した方が良いかもしれない」
呟き、机の上に置かれたカード束を手に取る。
一枚一枚を捲っていき、その内の四枚を抜き出して横一列に並べた。
ジャック・クイーン・キング・ジョーカー。全てに色の入ったアドバンスカードは、未だ一度も使ったことのない特別な代物だ。
これを使う機会は必ずあると彼は確信している。そしてそれは、あの男に接近する程頻度を増していくだろう。
――ただでさえ三枚使用で過度な負担を感じた身で、果たしてこの四枚を使うことが出来るのか。
「――!」
不安が増していく感覚を彼は抱き、その瞬間に携帯が軽快なメロディを奏でた。
咄嗟に手を伸ばして中身を確認し、彼は直ぐに着替えて外へと歩く。
音の内容は一通のショートメッセージだった。




