【第百五十二話】その男、知らぬ間に話が大きくなる
一喜は一度は解除したベルトに手を当てつつ、新拠点に向ける目を鋭くさせる。
人数は視認出来る範囲では五人。その全てが奥へと続く隙間を塞ぐ形で立ち、手には黒と白で塗装されたアサルトライフルが握られている。
特徴は全員が女であることと、何故か彼女達の恰好がメイド服姿であることか。
人種も様々。容姿に優れ、この世界の基準で考えるのなら男が思わず手を伸ばすような美貌を持っている。
一喜が足を止めて遠くを見る様子に世良と十黄は気が付き、彼の視線を辿って異変に気付いた。
二人は直ぐに駆け出そうとするが、一喜の片手を上げる動作で動きを止められる。
先程までの緩やかな雰囲気は一変し、辺りには静かな緊張感が流れ始めた。
「なんだ……?」
「メイド? あんな奴等は見た事がないよ」
「――――」
二人の台詞から一喜の中にある可能性の一部は消滅した。
確かに彼女達は街の何処を探しても見つからないような美人ばかり。男なら放っておけない見た目をしていることから即座に有名になる筈なのに、少なくとも一喜の耳には一切情報は入っていない。
武器もおかしい。この世界で銃器を入手する手段は限られるが、絶対に出来ないと言い切れる訳ではないのは世良が証明している。
ただ、その世良が持っている火器も彼女達が持っている火器程に手入れがされていないのだ。
銃器の整備には専用の道具や、交換用のパーツが必要となる。それを調達するのは難しく、一から製造するのは絶望的だ。
だというのに、彼女達は皆同様の武器を持っていた。
種類は一喜には解らない。見た目だけで名前を当てられる程詳しくはない彼では、あれが集団で統一されている武装だとしか解らなかった。
だが、そもそも統一することが出来る時点でただの荒くれ集団ではないのは明らか。
大きなバックがなければ出来ない火器に、恐らくはメイド服そのものも何らかの機能を備えている。長く伸びたスカートは走りにくそうではあるが、その代わりに下にナイフや爆発物を隠し持っておくことは十分に可能だ。
更に言えば、耳からインカムが伸びている。時折マイクに何かを語り掛けている様子が見える辺り、無線設備も既に持ち込んでいると思うべきだ。
そしてここまで考えた後に、一喜はもしやといった予測を持った。
怪物がこのような真似をするとは考え難く、かといってオールドベースはそもそもの制服が違う。
メイド服を着ている集団で、この世界らしくない見た目をしていて、直した建物に損傷の跡が見受けられない。その条件の全てを満たせるのは――やはり異なる世界の住人だけだ。
「取り敢えず俺が向かってみる。 安全だと判断したら腕を上げるから、それまではこれ以上近寄るな」
「……子供達に何かあったら殺すよ。 何がなんでもね」
「一喜、お前が襲われても動く。 それでいいな?」
「ああ、それでいい」
二人の心配が籠った声に苦笑で返しつつ、真剣な目で歩を進める。
その姿は堂々としていて、まったく隠れる素振りを見せない。着装の待機音を鳴らす真似もせずに生身の状態で接近していく姿は、控え目に言って自殺行為と変わらない。
前へ前へ。心臓の鼓動は五月蠅くなっていくが、予測が正解であった場合はこそこそと歩くことそのものが不味い。
周囲は静かなもの。鳥の鳴き声も人の声も聞こえず、そのまま彼は彼女達が認識出来る距離まで足を進めた。
「――止まれ」
不意に声が放たれる。
建物の傍でかけられた声に足を止め、鋭い眼光を飛ばすメイドの一人と視線を合わせる。
銃は既に向けられていた。警戒を最大にまで高めて一喜を見やる様子は、とても彼を知っているようには思えない。
それが一喜にとって予測が外れたのではないかと思考させるが、いいやまだだと内心で頭を振る。
「よう、俺の家に何の用だい?」
「俺の家……少し待て。 春奈、ヘラ」
金髪を夜会巻きにした碧眼のメイドの声に、同様に武器を構えていた五人の内の二人がインカムに手を伸ばす。
「此処がお前の家であると証明する方法はあるか」
「書類は無いぞ、生憎この世界に信用を与えられる程の信頼性の高い紙やカードは皆無だ。 それでも証明するとしたら、お前達の雇い主に呼べば解るんじゃないか?」
「その口振り、我々が何者かを知っていると?」
「知っているもなにも、一度接触されたし監視もされたからなぁ。 どういった経緯で此処にお前達が居るのかは解らんが、まぁ糸口に頼まれたんだろ?」
頬を指で掻いて口にする糸口の苗字に、言われた金髪の女は目を僅かに横に動かす。
隣でインカムを用いて何事かを報告していたメイド二名は目を見開いて慌てて追加情報を通信先に伝えていき、途端に周囲に広がる警戒感が薄れた。
彼女達の反応からビンゴかと安堵し、小さく息を吐く。未だ武器を向けられた状態ではあるが、引き金に当てる指の力は弱まっていた。
「説明はお嬢様が確認をなさった後に致します。 何分、我々も初仕事ですので多少の粗相は御許しください」
「確認って、面倒だなぁ」
まったく悪いと思ってなさそうな顔の金髪メイドに呆れた目を向けつつ、一喜はゆるやかに腕を上げる。
隠れてその様子を見ていた二人は発砲スチロールの箱を抱えて走っていき、徐々に近付いた先でより鮮明にメイド達の姿を見た。
白と黒の汚れの無い服はまるで新品のようで、しかし彼女達が服に着られている雰囲気は無い。
立姿も真っ直ぐだ。気品すらも漂わせる様は羨望を抱きたくなって、思わず十黄は上から下へとメイドの姿を眺めた。
「あー、え? なんでこんな綺麗なメイドが此処にッ、痛ッッ!」
「ジロジロ見ない。 失礼ではあるんだからな?」
一喜が安全だと判断した以上、相手は味方の可能性が高い。
そんな相手に不快な思いをさせるのは流石に失礼だと世良が十黄の背中を全力で叩いく。
音は周囲にまで広がり、あまりに予想外からの強烈な一撃に十黄の口からは全力の声が飛び出てしまった。
「一喜、この人達は誰なの?」
背中に手を伸ばして自力で擦る十黄を放置し、世良は一喜に質問を飛ばす。
その内容を一から十まで説明するには些か面倒な部分も含まれている為にできれば語りたくはないが、こうして此処に来ている以上はある程度は話をしなくては納得を引き出すことは出来ないだろう。
とはいえ、それをするにも説明に必要な人間が足りない。
彼も知らない部分があるのだ。それを補完してもらわねば何を語ったところで間違った部分が出てきかねない。
困ったように眉を寄せる一喜に世良達は困惑を抱く。
「お前達は糸口に会っていなかったな」
「糸口って……誰?」
「簡単に言えば、俺と同郷で同じ職場の後輩。 ついでにこいつらの主人だ」
糸口。
随分と普通な名字をしているのだなと世良は何となくの感想を脳裏に抱き、十黄はまだ知らぬ女性の姿を想像でイメージする。
メイド達はどれも宝石の如き輝きを持ってはいるが、糸口はそんな彼女達の主人だという。彼女達の姿から容姿のイメージを固めるには些か妄想に過ぎるが、彼女達の一人がお嬢様と呼んだ以上は相手は女性の筈だ。
そして、綺麗所を集めているのであればきっと美醜の判定は厳しい。本人の容姿もその範疇と思うべきだ。
正に姫。そして、眼前のメイド達の主人が本当に一喜の語る人物であれば――――そこまで思い至った時点で小走りで駆ける音が誰もの耳に届いた。
「先輩ッ」
「……糸口」
走って来た少女の姿に不自然な部分は無い。
何時も通りの綺麗な笑みで、輝く相貌は心を溶かすには十分な破壊力を有している。
「取り敢えず、説明な?」
「はい! 此方へどうぞ!!」




