【第百四十九話】その男、統合する
俄かに騒がしさを発し出した住人を他所に、一喜達は一軒の家の中に入っていた。
二階建ての一軒家は二階部分が半ばまで吹き飛び、屋根も二割程度しか残っていない。その残っている部分も力を込めれば呆気なく崩壊を起こしかねず、少なくとも二階の床で寝ることは推奨されないだろう。
一階部分もとても無事とは言えず、外からの風が容赦無く入り込む室内は外に居ることと何も変わらないのではないかと世良は静かに胸中で感想を漏らした。
怪物が暴れれば既存の建物は殆ど意味を成さない。よっぽどバリケードが厚くなっていたとしても時間を掛ければ破壊するような集団だ。
そもそも破壊すらせずに上空や地下から顔を出すのだから、現代の堅牢な施設と呼べるものは怪物にとってミニチュアの家と変わらない。
通照もそれは解っている。解っているが故に、綿が飛び出ているソファに無造作に近付いて彼は席に座った。
両足を開いて一喜と向かい合った彼は不敵な笑みを見せ、両手を広げてどうだと自信に溢れた仕草を取る。
現状がどうであれ、此処が彼の家であることは間違いない。客人を迎えるのにこれ以上の建物は他に無く、故に張りぼてでも自信を前面に出す。
「ようこそ我が家へ。 生憎歓迎の支度はしていないから何も出ねぇぞ」
「雨風を多少凌げるなら結構なことだ。 最初の俺達も似たようなもんだったしな」
「ほう」
「コンテナ暮らしってのは夏になると地獄だぜ?」
張りぼてでもと表現したが、一喜達が最初に暮らしていた住居も家とはとても呼べななかった。
全てコンテナな住居は壁としてなら使えるだろうが、住む場所としては落第も落第だ。せめてエアコンでもなければ快適に過ごすことは不可能だろう。
通照も違いないと笑い、敷物の一つも無い床を足で叩いて雑談を切る。
顔を真剣なものへ変え、一喜もまたふざけた表情を内に収めた。
「さて、んじゃあ話をしようじゃねぇか」
「此方は構わないが、他に決定権を持っている奴はいないのか?」
「居ない居ない。 元々此処に住んでいる連中は頼れる相手を探して居付いたんだ。 俺が居なくなった途端にこの集団は崩れるだろうよ。 既に崩壊状態みたいなもんだが」
自虐を含めた通照の説明を聞き、ふむと一喜は首肯する。
他に椅子が無いことで三人は立ったままだ。一喜を前に背後に二人が左右に並ぶ図は少々威圧的にも見えるが、荒くれ者の多いこの街では通照を恐れさせることは出来ない。
兎も角、リーダーが一人であるのは一喜にとって都合が良い。
現代であれば各部門に責任者を付け、その責任者達の上に最終決定者が居る形が普通だ。
一人では出来る範囲が限られているからこその当然の分担だが、責任者が複数に増えることは意見の統一を難しくする。
特にこの何もかもが出発点とも言える環境では複数人の責任者は邪魔だ。世良達のグループの頂点が一喜であるように、このまま通照にはこの集団のリーダーになってもらった方が管理も容易だろう。
「よし、なら此方の話を全て出す。 駆け引きなんてのは要らないからな」
「当たり前だろ、そんなことを言ってる余裕なんざこっちにはねぇ」
この集団を仲間に加えることが出来るのは一喜達にとってプラスだ。
故に何の駆け引きも混ぜず、彼等が知らぬあの街の出来事を一喜は語った。
街の現状に、キャンプの今。怪物達の思想を多少は理解出来るのか、通照は激昂せずに静かに聞いて行く。
だが都市伝説の類として語られているオールドベースの話が出たあたりから彼の顔は困惑へと塗り替えられた。
カードの真実、異世界、一喜自身の出身。どれもこれもが荒唐無稽に過ぎ、かといって否定するには先に見たメタルヴァンガードが邪魔をする。
十黄は思わず首を縦に振った。その気持ちは痛い程に理解出来るぞと。
「ああ、ああ、ちょっといいか?」
「良いぞ。 まぁ、その顔だと何を言いたいのかは解っているが」
「なら言わせてもらうが……正直話が胡散臭くなり過ぎてるな。 まるで幽霊の実在についてを聞いているみたいだぜ」
「――実際、この時代の文明レベルならファンタジーみたいな話だしな。 その表現はあながち間違っちゃいない」
一喜が知る限り、今観測することが出来る世界は三つある。
その中で最も技術水準が高い世界がメタルヴァンガード世界であり、最も低い世界が此処だ。
一喜の世界は中間程ではあるものの、それでもメタルヴァンガード世界に追従することが出来るラインには立てていない。
異世界関係の話は一喜にとっても都市伝説めいた話だ。
されど、それを表に出すことを彼はしない。通照の気持ちを理解していながらも、それでも此方にとっては幻想ではないと言外に告げておく。
「ま、そんなもんがあるって頭に留めておけば良い。 そっちに不都合が起きなければ過程についてを気にする必要は無いさ」
「信じさせようって気は無いんだな」
「嫌でも信じることになると言うのが本音だ。 俺達がこれからも組むのであれば、向こうと顔を合わせる機会も出てくるだろう。 そうなれば未知の現象を幾つも見ることになるぞ?」
自信満々に一喜が語れば、通照は頭痛を堪えるような表情を浮かべる。
その気持ちも解るぞと今度は世良が同情を込めた眼差しを送れば、それを見た通照は苦笑した。
同じ世界の者達は皆同じ体験をするのだろう。そうして異世界があると語られずとも理解させられ、飲み込んでいくしかないのだ。
今はまだ疑問の範疇。されど、それが傾く時は決して遠くはない。
取り敢えずの形として通照は飲み込むことを選んだ。頭ごなしに否定することを止め、解らない部分は解らないのだと片付けて頭の隅に寄せておく。
考えるべき事柄はこれとは別だ。より現実的な話をすれば胡散臭い雰囲気も消えていくだろう。
「んじゃ、その時を楽しみにしておくさ。 ……で、魚だったか」
「ああ、お前達の安全を完璧に保証することは出来ないが」
「良いさ、元より解っていたことだよ。 多少なりとて現状から回復することが出来るなら魚を別けるくらいなんてことはない 」
一喜の当初の目的は食料の確保だ。
今後継続的な活動をしていく以上、一喜が購入して持ち込むだけではとても資金的に不足する。
その現状を一喜以外の者は知らないが、それでも本来自身の世界で用意しなければならない物を他所の世界の物で揃えている行為は不正と言えば不正だ。
世良や十黄としても一喜に頼るだけの状況はよろしくない。故に此処で長期的には出来ないまでも調達したのであれば、二人にとって喜ばしくなるのは確かだ。
正直、荒くれ者達について思うことはある。通照や通照の思想を理解している一部の者は然程問題にはならないが、いきなり略奪行為に及んだ者については子供達に接触させたくない。
良からぬ考えを万が一にも植え付けられれば、それが最終的に一喜の迷惑に繋がってしまうのだ。
二人は自分達に被害が及ぶのであれば大きな問題にするつもりはない。大人が馬鹿な真似をすれば殺す気でいるものの、子供の阿呆な行動については多少は目を瞑る。
けれども、物事には常に限度があるもの。此処で一喜達と通照のグループが組んで両者の間に流れる風が不穏になるのであれば、やはり容赦はすべきではないだろう。
「居住地はどうする。 なるべく纏まった方が管理は易くなるが」
「いきなり全員ってのは避けるべきだろうな。 先ずは少数の人間と共同生活をして、徐々に徐々に此処から数を減らしていった方が無難だ。 自慢じゃないが、ウチのは結構濃いからな」
「……まぁ、そうだな」
二人の懸念を他所に一喜と通照は話を直ぐに纏めていく。
初動は迅速に。けれど慎重に。何かを始める時が一番崩れ易いのだと二人は理解し、だからこそ潰せる懸念を潰していった。




