【第百四十七話】その男、悪の裏を知る
「全員、こいつらに手を出すな。 そこで転がっている連中については殺せ」
冷徹な声が辺りに広がる。
通照の判決を下す声に黙っていた死に掛けの者達は一斉に声を上げ始め、様子を眺めていた者達は支配者の声に従って止めを刺す。
鈍器は刃物で殺していく姿は正に虐殺風景。十黄と世良は一切の迷いも無しに行動する者達に眉を顰め、一喜に声を掛けようと口を開けた。
「悪いが、助けようと思うんじゃないぞ」
「解っている」
通照の厳しい声に一喜は着装を解除しながら即答に近い形で返す。
二人の間にはこの判断を間違いだと思う心情は皆無のようで、その姿に世良と十黄は揃って困惑を脳裏に過らせた。
されど一喜は二人には答えず、そのまま通照が案内を行う形で彼の背を付いて行く。
二人は互いに顔を見合わせ、銃を手に持ったまま取り敢えずはと通照と共にこの荒くれ者の街の奥へと足を踏み入れた。
視線を彷徨わせ、耳を澄ませ、肌で雰囲気を感じ取る。
三人が思うのは、この街が非常に危険な状態であることだ。もっと言えば、既に九割が死んでいる。
右を見れば女子供の姿。左を見ても女子供の姿。
老人も少なからず存在しているが、彼等は例外無く何時死人になってもおかしくない顔色をしている。
「……酷いだろ?」
ぽつりと通照は前を行きながら呟く。
声音には自虐の色が強く表れ、己の無力さに情けない感情を抱いているのは明白だった。
一喜はそれを聞き、改めて周りを見やる。
この今にも死にそうな集団は確かに成長の芽を感じさせない。どうやったとて遠くない内に終わりを迎えることは明らかだ。
「――よくここまで持たせたと俺は思う」
しかしと、一喜は彼を責める言葉とは反対の言葉を送る。
その予想外な反応に彼が息を呑んだが、一喜はそんな反応を一切気にせずに己の意見を口にした。
「こんな環境で集団生活を営むのは無謀だ。 普通は政府の援助があってこそ過酷な環境でも生き延びることが出来るのであって、それが無いまま突入すればもっと早い段階で全滅は訪れていた」
通照は己を情けないと卑下するが、そもそも彼があれこれと世話をしたところでこの集団の寿命が長期間に渡って維持される可能性は低かった。
力仕事が出来る若い男の数は少なく、衛生面を解決する手段も実行するには人手が足りず、医者のように生活に必要なスキルを身に付けている者も居ない。
食料を生産していた工場は殆どが完全停止し、今や動いている工場は敵味方含めて誰かの占領下。何処にも属さない身では野草や動物、瓦礫の下の汚れた外装の食料を見つけるしかなく、それだって何年も続ければ無くなるものだ。
通照が努力をしようとしなかろうと、この集団は何れ終焉を迎えていた。されど、彼の頑張りがあったことで一喜との繋がりが出来たのである。
「お前は農家や医者か? 科学者や技術者か?」
「直後の頃はただの文系の学生だったよ」
「なら一般人だったんだろ? そんな奴が今日まで集団を維持し続けたことは、有り体に言って奇跡だ」
一喜の言葉が通照の身に浸透していく。
光が差さなくなって久しい瞳に輝きが仄かに灯り、虚空の心が消えていく。
通照には彼の言葉が全て解っていた。嘘を吐いていないことも、これがただの励ましでもなんでもないことを。
一喜は客観的に見て、通照を素晴らしい人間だと言っている。それが出来るだけの人間が世に何人居るのかと、断じる口調が語ってくれているのだ。
これまでも通照に似たような言葉を送る者は居た。あるいは言葉にせずとも、視線や態度でそれを示す者も居た。
そういった人間の姿を見る度に通照は己に活を入れ、荒くれ集団のトップの座から引き摺り落とされないよう肉体を鍛え続けていたのだ。
彼等の言葉は確かに通照を支え、そして通照の姿が彼等の支えになっていたのである。
だがそれも、やはり終わりを絶望だけにしない為の幻想だ。
励まして、応援して、お前しかいないと期待され、あらゆる重荷を彼は背負った。
通照は希望の人にならねばならなかった。何時かこの生活も楽になれると信じさせる、誰よりも太い大黒柱として夢を見せねばならかったのだ。
それは苦行だ。只人が聖人になることを目指す試練でしかない。
本人がそうなることを望んだのであれば自業自得であるが、通照は生を望んだ結果として先頭に立っただけである。
本音を言えば共に並んでほしかったと彼は願い、けれど結局叶えてくれる誰かは今日まで現れなかった。
日々限界に近付く生活に感情を捨てながら向き合い、果てに悪逆をこそ最上として荒れた環境を良しとした。
平穏な生活には程遠いだろう。豊かな生活とはとても思えない。
出来る限り悪人のみを狙ったが、やはりそれだけでは儘ならなくなるのは確定されていて――普通の一般人だった者達も手にかけた。
生きる為。応援されたからこそ、どんな手段でも生を繋げることを目標に進んでいく様は醜く映ったことだろう。
一喜は彼等と同じことを言った。けれどその中身は、決して称賛をしているだけではない。
素晴らしい人間だと評価した上で、同じ視座で組まないかと誘ってくれた。それがどんなに彼の心を軽くしたかを一喜本人だけは知り得ていない。
「奇跡……奇跡な。 そう言ってくれるのは有難いもんだ。 アンタのところは皆笑顔で暮らしてるのか?」
「皆笑顔かは解らん。 生活に必要な物資の全てを提供したが、かといって敵の脅威から身を守る術は現状数少ない。 天災は仕方ないとはいえ、せめて怪物共が容易く手を出せない環境を作らなければ健やかな生活は望めないだろうな」
「……怪物共が手を出せない環境、か」
せめて怪物共が容易く手を出せない環境。
それはつまり、可能な限り通照の記憶に残る平和だったあの頃を再現するということになる。
高望みも高望みであるのは勿論、通照としてはあの頃に戻れるとは思っていない。
既に文明社会は滅びたようなものだ。再建するにせよ、何世代に渡って時が過ぎなければ戻ることは叶わないだろう。
つまるところ夢で、そして叶わぬ理想に一喜はせめてと頭に付けた。
「やるなら全部を揃える必要が出るな。 早急に必要なのは武力か」
「一番に必要なのはそこだな。 だがまぁ、身内で争わない程度に秩序を整えておくことも求められる――そういえば」
通照はなるべく自然な調子で言葉を返した。
せめてと言えることがどれだけ今の人間に希望を与えるのか。それを彼は知ってか知らずか言い放ち、背後で控えている世良と十黄は微塵も疑っている様子が無い。
なんと希望的で、夢溢れる事だろう。生きている内にそのような言葉を力強く言える人間が出て来るとはと、感嘆を覚えずにはいられない。
そうして静かに胸の内で感動している中、一喜は思い出したように指を一方向に動かした。
その先に視線を向ければ、一本の杭によって動きが制限された奴隷達の姿がある。
「彼等は何故あんな風に扱われているんだ? 話してみて解ったが、別にお前達は理由も無しにあんなことをしているんじゃないだろう」
「ああ、あれか」
奴隷達が酷く怯えた目で一喜を見つめている。
メタルヴァンガードとしての彼の姿は正に武力の頂点。現時点で奴隷達を従えている通照よりも強力なのは当然として、互いに戦うのではなく表面上であれ仲良さげに話をしている。
支配者と支配者が話しているのだ。奴隷からすれば意識を向けられることすら恐ろしい。
通照は恐ろしい者として見る奴隷達に眉を寄せた。不快を全力で露にした様子に奴隷達はますます怯えて止まない。
「彼等は悪人だ。 それもどうしようもないくらいのな」
「悪人?」
「ああ――子供を売る、人身売買集団だ」




