【第百四十六話】男達、いざ前へ
赤光の輝きは、はたして見る者によって印象が異なる。
一喜にとっては無駄な発光現象で、世良と十黄には奇跡の光で――そして通照を含めた初めて見るような者達には暗闇で道を指し示す灯としての光だった。
不純物の混ざらない宝石よりもなお尊ばれる輝きは、単純に綺麗と褒めるには不足に過ぎる。
人は美しいモノを見た際に陳腐な感想を口に零すが、赤の光の前では無意識の言葉すらも口から落ちて来ない。
どう表現すれば良いのか。何を例えにすれば良いのか。
通照の脳味噌は正解を導き出せず、圧倒的語彙力の不足に彼は場違いにも苛立ちを感じてしまう。
どうして自分は何かを深く学ぼうとしなかったのだろうか。そんな恥すらも湧き上がっていく中、赤光は徐々に収まり発生源の姿を露にさせていった。
「なんっ……」
鈍色の鎧。
その姿は中世の鎧のようにも、未来のパワードスーツのようにも思わせられた。
重厚極まる姿は崩れぬ城をイメージし、額に生えた一本角と赤いV字のバイザーが威圧的に映る。
本来カードを用いたのであれば生物的な姿に近付くその体躯は、しかし今は機械的で不気味さを感じない。
寧ろ逆に安心感すらも与えてしまうのだから、同質の力であっても使う者次第で如何様にでもカードの性質は変わるのだと理解させられた。
あれが他で見たような怪物だとは通照も含めて誰も信じない。信じるべき材料が揃っていなくとも、彼等には一喜が何かの化身として世に降りて来た風にしか捉えられなかった。
『……俺達は他の怪物共とは違う。 怪物にならない上で、怪物の力を使って自由な生活を手にすることを目標に進んでいく』
周囲が強制的に静まり返った中で一喜の声は誰の耳にも届いた。
『戦いは起きるだろう。 誰も彼もが生き残れるなどと理想論を語る気は無い。 その上で、あの敗北者達よりも劣る存在になりたいのなら断れ。 なりたくないのなら覚悟しろ』
敗北者。
その三文字は本来、通照達を指す言葉である。彼等の貧しい生活風景が、力の無さが、そのまま負け組としての烙印になっている。
されど実際はそうではないのだと一喜は断言した。本当に負けているのは苦しい日々からの脱却を安易な手段で達成させた怪物達で、苦しみながらも生きていこうとしている通照達こそが勝者だ。
苦しい、苦しい、だから助けて。例え化け物に成り果ててでも。
妥協を知らない、夢を捨てられない。それは一見すると綺麗な言葉のようにも見えるが、同時に現実を見ていない愚か者の言葉である。
人は夢ばかりを見ている訳じゃない。現実を確りと見据え、苦しさを味わっていくものだ。
『このまま家畜のような人生に身を費やしても俺は何も言わない。 したいならすれば良いし、それを邪魔する気は俺には無い。 ただ、それで誰かから豚と呼ばれても文句は言うな。 畜生であることを決めたのは自分なのだから』
一喜の言葉は誰しもにとって優しくはない。
易きに流れることがこの世界での普通である筈なのに、彼は流れるよりも反発することを選んだ。
全ては自由の為に。誰にも邪魔されぬ日常を求めて。
それは通照達にとっては何とも――――苦しさを味わう価値があるものだ。
知らず、通照は手を握り締めた。強く深く、己の爪が肌を裂こうとも構わずに。
彼は只人だ。目立った身体的特徴は無くて、別に集団を率いる程の頭を持っている訳でもない。
彼の人生は一重に平凡そのもの。普通に家族から愛情を受けて、普通の学生生活を送って、いざ社会人として第一歩を踏み出そうとして世界は地獄になった。
彼は自身の原初の夢を思い返す。
久しく思い出してこなかった過去は何とも色彩に富んでいて、両親達に恩返しをしながら自分も楽が出来るくらい金を稼いでやると意気込む初心に羞恥を覚えた。
今となってはもう恩返しは出来なくて、金をどれだけ稼いでもこの世界ではパン一個とも交換出来ない。
此処は苦しいことばかりだ。理不尽ばかりだ。地面に拳を叩き付けた回数とて、もう数えるのも馬鹿らしいくらいだ。
過去を回想する程、沸々とした怒りが通照の全身を駆け巡る。それは他の者達も同じで、過去が豊かだった者ほど怪物に対する激情が心を燃え上がらせた。
「――魚が欲しいって言ったのは、別に俺達だけを救いたかった訳じゃない」
不意に十黄が声を上げる。
一喜以外の視線が彼に向けられ、数々の激情を孕んだ眼差しに彼は一瞬口を噤んだ。
心が威圧され、脳が思考を空白に染め上げようとし、未だ背中を見せるだけの鈍色の戦士の姿を視界が捉えて目を見開く。
彼のようになりたいのだと十黄は思っていた。不器用で、優しく、そして力強い彼のような男になりたいと願っていた。
ならば、あんな目を向けられただけで臆してはいけない。相手が殻を脱却しようとしているのだから、自分が更に前に立たないで何時一喜の横に居られるという。
例えメタルヴァンガードにはなれずとも、己は彼と同様に言葉を伝えることが出来るのだ。なればまずもって、それを使って証明すべきだろう。
己こそ、彼の仲間であると。
「勿論前提として俺達のグループから飢えを取り除きたかったのは事実だ。 今は一喜の世話になっているお蔭で食料の確保には成功しているが、それだって何時までも続いていくもんじゃない。 これは当たり前だが、枯渇だけが原因って訳じゃないぞ?」
魚が欲しかったのは何故か。
それは今後拡大していくグループを潤わせることが出来るだけの食料源が欲しかったからだ。一喜が持って来れる量は限られていて、現在の数以上に増えていけばあっさりと許容を超える。
そうなる前に現地で食料を増やす手段を講じなければならず――水耕栽培の試みや今回の交渉を含めた全てが人類の再スタートに繋がっていた。
そこまで壮大には十黄を含めた三人は思ってはいないが、しかし明日の誰かの為に行動を起こせる者を通照は他に見ていない。
皆が自分を優先して、或いは身内を優先して、誰も未来を考えてはいなかった。
「食料を増やして、まともな恰好をして、好きな場所で暮らす。 そして、行きたかった場所に行くんだ。 それが人生なんだよ、きっとさ」
嘗ての過去を十黄は思い返して、そんな有り触れた生活を取り戻さないかと静かに語った。
誰の胸にも静かに届く当たり前の自由は、世界が異なる一喜の胸にも届く。
そうだとも、誰だって自由に生きたいのだ。苦しむことがあっても、悲しむことがあっても、明日は楽しいことがあるさと笑っていたい。
世界が変われども求めるものは変わらなかった。故にこそ、通照の心は激しく揺れて瞳からは雫が零れる。
それは悲しみからではない。狂気的なまでの歓喜が表に出ずに心中で暴れた結果だ。
「……アンタらにそれが出来るって言うのか」
『保証はしない。 が、相手に一矢報いて死ぬのも価値があるとは思わないか?』
「っは、違いない」
逃げ続ける者達は強大だ。
自分達の考えこそが最も正しいと思っているからこそ、世界はこんな有様になった。
もしもそんな連中に否を叩き付けてやれたのなら。
「いいさ、来い。 もっと詳しい話をしようじゃねぇか。 場合によっちゃそっちの傘下に入っても良い」
未来の自分の姿に通照は痛快な気分を抱かずにはいられない。
暗雲を吹き飛ばすような力強い笑みが一喜を迎え入れ、バイザーの下で彼もまた笑みを形作る。
全てを簡単に決めることは出来ないだろう。けれども、彼等は間違いなく一歩を踏み出した。
それはきっと、世界という括りの中では小さい。
そして、人類という括りの中では大きな一歩になったのだ。




