【第百四十四話】その男、引き摺り出す
ガン・ヴァルブレイブは基本的に生身での使用も想定されている。
これは着装までの時間を稼ぐ役割も担っているからであり、その為に攻撃力と呼ばれる点が他よりも劣っていた。
通常の武器と比較すれば容易く上回るが、着装時を想定した武器と比較すれば流石に下回る。
此処がメタルヴァンガード世界であれば無双は出来なかっただろう。どんなに暴れようともこの武器一本では街を滅ぼす前にメタルヴァンガード達によって止められていた。
「――」
リュックを脱いだ一喜は、確かな重みを持つそれを上段で構える。
購入時の重量と比較すれば明らかに子供が振るうことを考えていない重量に変化していたが、幸いなことに大人が振るう分であれば問題は無い。
片手で振るえるサイズの長剣を一振りするも、重さを感じるだけで特別感は薄いままだ。
最初に持ち込んだ際には重さが増したと思いはしたが、結局初期の武器であれば量産品としての認識しか一喜にはできなかった。
「……」
「剣、か? にしては……」
無言の一喜を前に男は手に持つ剣に意識を向ける。
見た目に大層は印象は覚えない。実際に激突しなければ解らないが、刃毀れ一つも無い鈍色の輝きには静かな殺意が見え隠れしている。
これが化物の専用武器であったのなら、単純な剣として見るべきではない。剣として以外の機能も搭載されていると判断した上で戦う必要がある。
銃撃による痛みを知覚しつつ二人は走り、彼等に釣られる形で逃げ出すことを躊躇していた僅かな者達も走り出す。
雄叫びと共に烏合の衆そのものの集団は三人を飲み込まんと急速に勢いを増し、世良と十黄が幾度引き金を押しても止まる気配が無い。
頭部に致命傷を受けて倒れた人間を踏み潰してでも目前の人間を殺さねばと走る姿は、正にゾンビ映画のゾンビそのものだ。
その姿を視界に収めつつ、一喜は握る力を増していく。
剣術の心得の無い彼では直線的な動作しか行えず、解り易い程の破壊力はカードを装填していない以上は見込めない。
今の剣は恐ろしい程に切れ味が鋭いだけ。ただ、その切れ味だけでもこの世界では有効な手札となる。
いよいよ間近に迫った敵集団。弓による遠距離攻撃もある以上、可能な限り壁を作った状態で戦っていきたい。
その為に使うべきなのは――やはり眼前の男達だ。
一歩足を踏み、一息で狂相を浮かべる一人の目の前に縦振りを放つ。
剣の見た目は決して小さくはない。相手の得物がナイフである時点で真っ向勝負はまず選択肢から外れる。
必然、彼等は回避を主軸とした戦闘を選ぶことになり、そこに一喜自身の狙いがあった。
剣が地面を叩き、目前の相手の瞳に悦が映る。真横へと移動した人物はナイフを上から下へと勢いよく振り落とすが、その速度は彼が想像している以上に遅い。
彼等は確かに魚を主にして生活していた。当然、食料が殆ど無い人間相手であれば無双することが出来ただろう。
だが、魚だけでは力は出ない。どんなに優れた才覚を持とうとも、前提となる肉体を構成する成分が大きく不足していれば問題が発生するものだ。
三食を頂き、アルバイトであっても日夜動き回って、相手を容易に死に至らしめる武器がある。
飽食の時代であったればこそ、成分に傾きが発生しなければそれなりに健康的な身体を作ることは出来る。
故に相手が反撃するよりも先に一喜の肉体は反射的に腕を振り上げた。
刀身は両刃。振り上げた剣とナイフは激突し、それを破壊した上で更に相手の右腕を根本から切断する。
感触は無かった。空気を斬った程度の抵抗感しか覚えず、相手は斬り落とされた腕に視線を向ける。
その隙を逃さずに一喜は敵の胸部を蹴り飛ばし、視界の端で次の相手へと剣を振るう。
逃さず、余さず、ただ全てを。
メタルヴァンガード状態と比較して貧弱な身体を無理矢理に動かして彼は戦う。
なるべく群れの中で暴れることを選び、弓の狙いを限定させながら。初めての生身による戦闘は一気に体力を奪うものであるが、さりとて出来ない訳ではないのだからと脳の一部を麻痺させながら突き進む。
血を被ろうとも、悲鳴を聞こうとも、肉を踏み潰しても。
男と小男が瞠目する程の積極的攻勢は、十黄と世良には鬼のようにも見受けられた。
「――。 ……アンタ」
「ッ、やはりこうなるか」
敵が倒れた事で壁が無くなり、女からの弓が一喜に迫る。
それを易々と彼は剣で弾き、悲鳴と血臭が漂う中で立つ男に声を掛けた。
男は苦々しい表情を隠さず、右腕を無くして悲鳴を上げる小男を見る。いの一番に突撃する際に僅かに速度を落としたからこそ、腕を無くしたのは一人だけだった。
最初に男が飛び込んでいればそちらの方の腕が消失していたかもしれない。
自分が生き残れたのは、一重に先を走らせた者が居たからだ。自分一人では剣の錆にされかねないと考え、群れが到着してからは潜んだ上での一撃必殺を狙った。
けれど、それは無駄な考えだ。例え一喜が見ていなくとも世良と十黄の目もある。
見た目がまだまだ十代の子供ではいざという場面で臆するかと願いはしたが、残念なことに二人の目は冷徹だ。
他者を殺すことに躊躇が無い。
銃を使う時点で彼等はまだ人間だろう。そして人間でありながら、同族を殺すことに疑問を挟んではいなかった。
ただ逃げるだけの従者ではない。それを再認識させられた男は、やってられんなと首を振る。
怪物に目を付けられた時点で破滅は確実。本気の姿を見せなかった以上、この戦いは怪物にとっては遊びの範疇だ。
しかし、なればこそ思う。どうして殺す真似をしなかったのかと。
「絶対にやってやると思ったが、その状態でも能力はそっちが上か。 まったく最高な話だよ、クソッタレめ」
「不足している物が多いからな。 持久戦になれば更に酷いことになる」
「ああ、そうだな。 ……で、止めは刺さないのかい」
怪物が他者を弄ぶ光景を男は知っていた。
それは嘗て、男がまだ此処に居なかった頃の記憶だ。最初の街で隠れて逃げる隙を伺っている際に見た、どうしようもない地獄の過去だ。
彼もまたそうするのかと、男は問い掛ける。その思いを一喜は知らず、故に首を傾げて呆れた表情を浮かべた。
「殺す気は無い。 言っただろう、ただ話をしたいだけだと」
「殺さない? 馬鹿を言え、バケモンが殺さない道理なんて――」
「誰が化物だと言った」
血の付いた剣を下ろす。戦う意思を示さぬ姿勢は、しかしまだ警戒の色を解くには至らない。
「俺はカードを見せただけだ。 本当に怪物になったのなら、こんな場所を潰すような真似はしない」
「っは、信用ならねぇ。 カードを持ってる奴はすべからく怪物だ。 例え今は違くてもな」
カードを見せた場合のデメリット。
こうなる未来は最初から解っていたから、一喜は相手の信用を稼ぐような言葉は発さない。
そも、男は別にこの集団の纏め役ではないのだ。なんだか慕われている様子ではあるものの、全体が動く程の信頼には達していない。
なれば、この男と態々言葉を交わす必要性が何処にあるというのだろう。誰も彼もを仲間にしたいのであれば説得は必須だが、一喜がしたいのはそういうことではない。
物資を揃え、建物を機能させ、怪物に負けぬ力を作り上げる。
最終的には不可侵的繋がりを結びたいところではあるが、そうするには怪物達の性格は基本的に終わっている。どう楽観視しても誰かが暴走するのが関の山だ。
そんな怪物達を抑え込める程度の戦力が揃えば、一喜としては後はどうでもいいと思っている。
元の世界が危なくなった保険でもあるのだ、この世界は。
自分が安穏とした生活を送る為であれば、邪魔な人間がどれだけ死んだとしても胸が痛むこともない。
酷いようだが、幸福を与えるにはまず自分が幸福にならねばならないのである。
「別にお前如きの信用なんていらんよ。 そも、この集団が欲しい訳でもないしな」
「欲しいもんだけ手に入ったら、後はどうでもいいってか」
「ああ。 食料は俺達にとっても必要不可欠だ。 それを独占されるのは我慢ならない。 最悪殺すことになったとしても、俺達は魚を貰う」
男の表情に険しさが増していく。ただでさえ強面だった顔が悪鬼のように変化していき、女も弓に矢を番えた。
脅しは煽りになるだけか。一喜は溜息を吐きたくなる気持ちを抑えて、耳に届いた別の足音に漸くかと視線を向けた。
「――何があった」




