【第百四十三話】その男達、化ける
いの一番に走り出した者達の思考は一つだった。
――誰よりも速く、あいつらの荷物を自分の物に。
弱肉強食の世で権利を主張する上で、早い物順は重要となる。奪われるにせよ奪うにせよ、最初に確保出来れば後は逃げれば良いのだから。
追いかけて奪う工程は面倒で、確実に物が手に入る保証がない。非力な者から奪う程度であれば難易度は大きく下がるも、奪った者が自身と同様の人でなしであれば最終的にはどちらかが血を見ることになるだろう。
先手必勝、電光石火、あるいは突撃万歳。
相手が何を用意しているのかを碌に確かめもせずに突き進んでいく様は一般人には恐怖するものだが、此処に居る三人は普通ではない。
怪物を見て、怪物から逃げて、そして怪物を打倒した者が居る集団だ。
世良が前に一歩。古びた拳銃の撃鉄を引き、腕を上空に向ける。
弾は貴重だ。可能な限り使うべきではない。これを手に入れることが出来たのも運が良かっただけで、次も手に入る保証は無い。
それでも彼女には一切の迷いが無かった。躊躇いも無しに引き金を押し込み、盛大な音と共に弾が中空に放たれる。
銃撃の音は慣れる者には耳によく響く。走る者達が銃の存在を知らぬ訳ではなかったが、何の躊躇いも無しに放たれる銃撃に足を強制的に止められた。
腕がゆっくりと降り、最後に彼等に向けられる。次はお前達だと突き付ける様に怯えは皆無だ。
突撃していた者達の数は二桁にも届かない。一喜と言葉を交わしていた男も、余裕な素振りを見せていた小男も女も直ぐには動かなかった。
ただ、その表情に真剣な色が宿る。相手は決して安全な敵ではないのだと察して、次の出方を三人は見据えた。
銃撃の音を聞いて動きの止まった彼等に対し、十黄が今度は動く。
誰よりも先に前に出てから腕を組んで胸を前に張る。上から下へと視線を向け、まるで自分達の方が上であると姿だけで宣言していた。
「相変わらずのようだな、塵共。 話をしたいって言ってるのに、そっちの判断はやはり略奪か」
「……随分強気な態度だな」
「まぁ、やろうと思えば殲滅は出来るしな。 でも俺達は利口だから、馬鹿みたいに殺すのは止めているんだ」
十黄らしくない挑発的な発言に突撃した者達の殺意が増していく。
だがそれで十黄が止まる訳もない。寧ろもっと怒れと口を回す。
「なぁ、俺達は話がしたいって言っただけだ。 話し合った結果として決裂になったのなら、俺達は直ぐに此処を離れる。 お前達を真似もしないさ」
「そうしないって可能性はあるな? それに……そもそも食料が欲しい時点でこっちには良い話じゃないんだよ」
言葉を吐き捨てるように告げる。
男の発言は正論だ。食料が金よりも価値がある現状、それを欲しいと望むのはあまりにも論外な話である。
奪って来るなら命を懸けて排除を選び、負けて逃げることになっても奪い返す算段を考え続ける。
魚は文字通りの生命線であり、故に話し合いの余地など無い。そう考えた上で男は突撃を止める声を発しなかった。いやそもそも、彼は突撃するような連中の命を最初から惜しんではいなかったのである。
「ウチのモットーは実力主義だ。 文句があるなら実力で通りな」
今度は男も戦う姿勢を見せる。
犬歯を剥き出しにした笑みを見せる様は肉食獣を思い浮かばせ、小男もまたナイフを手で遊ばせた。女は背中に隠し持っていたアーチェリーを展開しながら右手で持ち、金属の矢を番えて構える。
一触即発。臨戦態勢。
何時でも大規模な戦闘が発生するであろう状況が出来上がり、一喜を含めた三人が予想通りと脳内で思考を一致させる。
相手とまともに話をしようとするならば方法は複数ある。
穏便な手段となれば食料を提供しての懐柔案だが、これは相手の善性を信じられなかったので却下している。
なので次の案として、一度激突した上で途中で戦闘を終了させる案にした。
戦いをする関係上危険ではある。しかし、それで殺し続けては逆に相手の戦意を高めるだけだ。
戦いはしても殺さず、あくまでも戦意喪失を第一。
それを目的とするのならばと、一喜は一枚のカードを胸元から引っ張り出す。
「なら、これである程度は解るな?」
「なにが――」
引っ張り出したカードは普段使いの戦艦。
怪物が見せ付けるように使うカードを一喜も同様に解り易い形で彼等に見せる。
怪物を知っている者であればこのカードの意味を知らぬ筈がない。
実際、カードを見た者は悲鳴を上げ始めた。粗末な武器を放り捨てて一目散に逃げ出し、男すらも背中に冷や汗を流す。
最も対峙してはいけない相手。それが何を意味するのかを、一喜はよく理解していた。
「悪いが偽物じゃない。 実際に使っても良いが、どうする?」
「…………てめぇ」
「はは、解り易い反応ありがとう。 で、これを見た上で戦うのか?」
戦意を一気に削ぐことには繋がったが、かといってこれは諸刃の剣だ。
誰かを屈服させる最も簡単な方法であると同時、最も敵を作り易い方法でもある。
味方を増やすという意味ではこれは愚策も愚策であり、怪物を前にして諦める意思を見せない者には逆効果だ。
そして、眼前の男はその類の珍しい人種だった。
「っは、成程。 今更考えを変えたってか――まぁ、おたくらは梯子を外すのが好きだからな」
額に浮かび上がる汗は一喜が見る限り嘘ではない。
恐怖を感じているのは事実である。その上で虚勢を吐く程度の胆力もある。
嫌味に満ちた言葉は一喜達の予想を正しいものにしていた。即ち、彼等は怪物が求めているものを具体的ではないにせよ理解している。
理解しているから、それを満たしてやる事で生き長らえることが可能だとこれまで判断していたのだ。
それが一喜がカードを出した段階で終わりになったと悟った。
梯子を外すのが好きとはつまりそういうこと。所詮は彼等も怪物の掌の上で踊るしかなかった集団なのである。
怪物が本気で動けばこの集団も終わりだと誰しもが理解していて、故に逃げることを諦めて立ち向かうことを選んだ。
万が一など微塵も考えていないだろう。死ぬのは前提として、ならば一矢と男は無理矢理に奮起した。
一喜は思う。その姿は、やはり外で監視していた生活風景と合致しない。
悪行を重ねて悦に浸っているようには見受けられないのだ。寧ろあれらは全て、彼等が生きる上で行った演技にも男からは感じられた。
「いいか、クソッタレめ。 お前達がどんだけクソな真似をしたところで、何時か絶対に誰かが終わらせる。 それをするのはきっと、通照さんだ!!」
叫びに合わせ、男は駆け出した。
数舜遅れてアーチェリーより矢が放たれ、小男も背に隠していたもう一つのナイフを取り出して二つの刃物を打ち鳴らす。
その全てが一喜を殺す為のもので、殺意は極大に過ぎた。
一般人相手なら気絶しかねない殺意を浴びせられ、されど彼の手は流れるように動く。
戦闘においては一喜は常に殺害を選択していた。殺すことでしか問題が解決しないと解っていたから、情けも容赦も無しに全てを切り捨てた。
だが今はそれをしてはならない。彼等はきっと、今後生きていくべき人間なのだから。
「世良、十黄」
「解ってるッ」
二発の銃撃が連続して鳴る。
飛び来む男達は碌に避ける真似もせずに四肢のどこかに命中し、勢いを落された。
アーチェリーの矢が二人の男の間を抜ける。今一番に警戒しなければならない遠距離への攻撃を前に、一喜は避けるのではなくリュックに繋がった剣を強引に前に持って行った。
一喜の目は眼前に迫る矢に。剣とリュックを繋げるカラビナの所為で上段の構えることは出来なかったが、刀身を前に持って行くだけでも矢を防ぐには十分。
軽い音を立て、矢は刀身にぶつかって地面に落ちた。女は舌打ち一つで再度矢を番えようとするが、それよりも先に一喜が動く。
――Sword mode.
柄の先にあるカラビナを外し、一喜は引き金のボタンを押した。
そここそが剣の電源。皆殺しの力を発揮する刀身からは無機質な機械音が鳴っていた。




