【第百四十一話】その男、心を開く
「で、一日が経過した訳だが」
深夜を過ぎ、朝日が登った晴天の空の下。
廃墟の屋上で一喜達三人は顔を見合わせる形で座り、各々が過ごした八時間で知り得た事実を最初に報告した。
交代の間際で聞いた部分が殆どを占めていたが、八時間という長い時間の中では当然ながら変化も起きている。
特に後者になればなる程に最初の考えとは異なる意見が脳裏に浮かび、まったくと否定出来なくなっていた。
顕著だったのは奴隷達を最も見ていた世良だ。最初は無理だと考えていた意見を彼女は撤回し、もしかすれば出来るのではないかと考えている。
暴力的な人間が居るのは解っているが、彼等は理由も無しにそのような振舞いをしているとは思えない。
奴隷側にも何かしらの理由が存在するからこそ、彼等は酷い目に合わされている。
そうだと考えることが出来れば、十黄は自身が見ていた仲間を弔う姿勢にも理解が示せるのだ。
「反対を最初に口にした身で何とも掌返しが酷いが、一度会ってみるのも悪くないのかもしれない」
「勿論安全は最優先だ。 彼等が仲間内以外を全員敵だと見做しているのなら、やはり排除しないといけないとは思う」
世良はばつが悪そうな顔をしている。十黄も眉を寄せて一喜に申し訳ない顔をしていた。
それを見て――一喜は笑みを形作る。
唐突なその表情に二人は驚愕を形作るも、一喜はそれを指摘せずに自身の意見を口にした。
「見るべきを見て意見を変えるのは当然だ。 俺は逆に奴等の残虐な姿しか見ていなかったから、このまま変化を発見出来なければ殲滅を口にしていた。 ……二人が会ってみたいと話すなら、意見の統一はこれで完了だ」
昨日の姿が脳裏を過る。
人は一側面だけで相手の本質を決め付けるものだが、一喜はそれを蛮族達にしてしまった。
勿論、彼等の行いが正しいとは口が裂けても言えはしない。どんな理由があるにせよ、彼等は他者を苦しめるように殺しているのだから。
終わらせるべき人間は早々に終わらせてしまった方が合理的だ。生かす事がそもそも間違いの人間に対し、加虐行為に及んだ時点で同じ穴の貉だろう。
けれども、そうしてしまう程の理由が奴隷にあったればどうか。人間は理性的な思考を中々維持することは難しく、どうしたって最後には感情的に決めてしまう。
怒りが、憎悪が、彼等の性根を歪めていたとすれば――まだ引き返すことは可能だ。
「接触は世良が休んだ後に行う。 それまでは俺と十黄で監視だ」
「私はこのままでも――」
「万が一の可能性を含めたくはない。 急ぎたくはあるが、それでメンバーが本調子になれなかったら最悪だ。 安全択を選ぶ。 ここに否は無い」
「俺も賛成だ。 世良、二時間でもいいから少し寝てくれ。 その間に準備はしておくさ」
「……解ったよ」
男二人の断固たる目を向けられては、世良としては頷く他ない。
自身の体調に未だ不調は感じられないが、それでも寝不足は確かに身体に響く。戦闘時にバランスを崩して劣勢になることを考慮すれば、知らぬ間の不調部分すらも解消しておくべきだ。
渋々といった態度で世良は苦笑して、彼女は階下の一室に向かった。
食事はまだ良い。起きた際に全員で一斉に取れば手早く済む。
二人だけとなった双方は胡座を掻いた状態で顔を向き合わせた。十黄の顔には普段よりも強く真剣味を感じられ、何かを言いたいと一喜に伝えて来る。
「一喜、もし戦闘になった時。 どちらかを守らなければならない状況になったら、迷わず世良を守ってくれ」
「……お前はどうする」
「何とか自力での脱出を目指すさ。 仮に出来なくても、俺が居なくて何か困るようなことがあるか?」
メタルヴァンガードは強大だ。それに対して崇拝に似た信頼があるのは否めない。
しかしだ。メタルヴァンガードでも出来ないことがあって、その時に優先順位を付けなければならないとするならば。
十黄は世良を優先してほしいと思っている。リーダーをやっていて、想い人である彼女こそ生きるべきだと本気で胸に抱いている。
十黄なりの未来の見据え方だ。今の自分で何かを成し遂げることが出来ると思えないから、出来る者を助けてほしい。
その願いは真実白く、清廉だ。社会の荒波では終ぞ生まれなかった純白の灯を前に、一喜はつい優しい顔をしてしまう。
「お前にはこれから多くを任せようと考えている。 今此処で居なくなるようなことは勘弁願いたいな」
「一喜……」
「そもそもだ」
十黄は優しい彼の顔を初めて見た。
普段は笑みよりも真顔が多い彼が、この一瞬で戦士とは想像出来ぬ程の優しさを湛えた表情を見せてくれている。
居なくなっては困るのだと、これから多くの時間を共有したいのだと。
その言葉に嘘が無いことは表情から明らかで、次いでウインクをした彼の仕草に妙な愛嬌を感じた。
「俺がそんなヘマをすると思うか?」
「――――いや、いいや。 そうだな、悪かった」
十黄は笑うしかなかった。はははと小声で放ち、胸に暖かいものが湧いて来る。
これが親愛なのだと彼には解っていた。仲間同士でしか感じ取ることが出来ない、正にこの世界では奇跡のような感情であると理解している。
自分は運が良かったのだと十黄は確信した。同時に、彼には敵わないとも。
男であるならば、如何なる場面でも皆を引っ張れる存在でいたい。
男であるならば、危機的状況でも強気に笑い返せる存在でいたい。
一喜には全てがある。どんな場面でも取り乱さぬ、鋼の如き精神が備わっている。
嫉妬する気も起きない。いや、嫉妬した時点で男らしさなど皆無だ。
彼は以前から一喜を英雄として認識していたが、その深度はますます増していた。
「俺にも武器はある。 一喜の足を引っ張る真似はしない」
「ああ。 それは信じている」
腰のホルスターに差さった銃を撫でる十黄に一喜は当然だと返す。
厳しい環境に居た経験は十黄の方が上だ。一喜は元の世界に戻れる関係上、どうしたって厳しい環境には居られない。
所詮、一喜の強さはメタルヴァンガードがあってこそ。それがなければただの一般人に過ぎない以上、彼は己の素の強さをまったく信頼していない。
強気な姿勢を貫いているのも演技の部分が強かった。自分が本当に原作のメタルヴァンガードに登場していたような気持ちを持っていなければ、不安な気持ちを表に漏れ出してしまいそうだ。
さて、と二人は意見を統合させて目を遠くに向ける。
未だ蛮族めいた者達におかしい部分は見受けられない。連中は何時も通りに起き出し、奴隷を虐め、外に行く者達を声援でもって送り出しては見えない部分へと姿を消して行く。
一喜と十黄が見ている場所は街へと向かう道がよく見える。
必然、街から此処に向かう者も彼等には見えることになるし、此処に住まう者達にもやってくる姿が見えるだろう。
周囲に壁らしい壁は皆無。罠の類も鳴子くらいなもので、まるで自分達が攻められることを想定していない。
ただ攻めて来るだろう道から自分達が何をしているのかを隠しているくらいだ。それでは空を飛ぶ能力を持つ者には筒抜けである。
とはいえ、一喜は此処で上空を見ることはしない。着装時の赤光と機械音が辺りに響けば流石の蛮族も警戒を色濃くすると解っているからだ。
それにそもそも、彼等がやる作業と言えば限られる。物資を探す集団が外に出たのだとすれば、中に居る者達がすることは住処の環境改善だ。
誰だって良い暮らしはしたいもの。食がある程度満たされるのであれば、衣食に意識を向けるのは至極自然なものだ。
彼等が真に衣食にも力を入れようとしているならば、世良の可能性がますます高まるだろう。
一喜は彼等との対話に必要な流れを組み立て始めた。




