【第百三十八話】その男達、蛮族を見る
世良、十黄、一喜の三名は休憩を挟んで五時間の道程を無事に踏破した。
道中では浮浪者の姿は見えるものの、世良達も着替えたことで今の三名は比較的綺麗な服装をしている。
それは浮浪者にとって恵まれた者としては映らず、逆に簒奪する者として見えていた。
怯えた声で逃げていく彼等を微妙な眼差しで一喜は見送り、残る二名は情けない様に少々の羞恥心を抱く。
世界が変われば人も変わる。それは二人にも解っているが、基本的に一喜が出会った人間でまともな者は極僅か。
その極僅かな人間も理性を簡単に放り捨てることが出来る程度には倫理に緩く、であればこそ一喜の人殺しを限定的に避ける傾向は珍しい。
同時に、どんな状況でも屈する真似をしない姿は一度絶望した者には眩しく映る。
今も中央を歩くのは一喜で、世良と十黄は案内をしながらも周囲警戒を主に担っていた。
上司と部下、あるいは主と従者。一喜が一々精神的に気にしないよう、道中に意識を配って――それを当然と認識していた。
二人にとって、一喜はどうしても強者に見える。
話し合いでは常に強気で、殺し合いでもそれは変わらず。激情を見せても理性を放棄する真似はせず、自身の持ち得る札で必ず勝利を手に入れる。
身体そのものは常人の範疇を逸脱しないが、逆にそれが彼自身の強さを際立たせているとも言えた。
怪物との会話でも一歩も退かなかったのは正しく精神的強者。
その姿を実際に見ていた世良と十黄には、やはり化け物に勇気を持って挑む英雄を幻視せずにはいられない。
なれば、その英雄に選ばれた自分達が奮起しないなど論外だ。
出来る範囲を伸ばさねばならない。将来大量の人間を抱えることになる一喜の負担にならない為にも、誰の目から見ても相応しいと思わせる人間であらねば情けなくて叫んでしまいそうだ。
だから、二人は大声で弱音は吐かない。薄れた記憶に残るテレビの大物達の姿を思い出しながら、眼光鋭く辺りを威圧した。
それが浮浪者達の逃げる理由であるとまでは二人共思い至らなかったが、そうだと解ったところで変わるものでもない。
「見えたぞ、あそこだ」
街を少し離れ、川沿いを進んだ先。
未だ遠くに見える地点を十黄は指差し、一喜は先に見える光景に目を細める。
川幅は広く、そして底は深い。元々は人が住まう土地の一部だったのだろうが、土地を割ったかの如く出現している様子は違和感に過ぎる。
以前に怪物による一撃を受けた結果か、それとも天変地異によって自然的に割れたか。
どちらかは不明であれど、川は激しい雨が降っても即座に氾濫しない程度には深い場所に位置していた。
此処を封鎖するのは並の作業ではない。特にこの世界であれば、殆どを人力で解決しなければならない状況で封鎖などするべきではないだろう。
先ず確実に人が多数亡くなっている。そして屍の上で完成されていると見るべきだ。
川沿いには複数の白煙が登っていた。
遠くから小さく笑い声が漏れ、一喜が片手に持っていた双眼鏡で覗いてみると世紀末のような恰好をした人間達が笑顔で騒いでいる。
手には錆びた刃物や歪んだ野球バット。住居は周辺に転がっている家々をそのまま使っているのか、テントの姿は見えない。
「……蛮族だろ、あれ」
「ああ、勿論」
正直な一喜の感想に世良は同意した。
服は穴だらけ、袖が千切れ、一度も洗濯をしていないのか黒や黄の斑模様が見て取れる。
大口を開けて笑う様に品のようなものは無く、僅かに見えた歯も黄ばんでいたりそもそも無くなっていた。
不衛生という言葉が服を着て歩いているような集団。実際の数は不明なので全員とは言えないが、少なくとも一喜としては関わり合いになりたくないような者達であることは間違いない。
三人は更に近付いて行き、ある程度の距離で階層の高いビルの屋上を監視拠点とした。
全ての荷物を降ろし、不意の遭遇に備えて武器だけは装備して腹這いになりながら双眼鏡で相手の生活を観察する。
「見ろ、奴隷だ」
十黄の声に二人は無言で頷く。
住居の外には鎖で繋がれた人間が複数の杭の傍で横になっている。
鎖と杭は繋がり、その鎖は元は動物の首輪だったのだろう革製の器具に繋がっていた。首輪は人間の首に固定されているが、やろうと思えば外せるような構造だ。
しかし彼等は逃げる気配を見せず、ただただまばらに横になっては浅く胸を上下させていた。
精神的に折れている。諦観が身体を支配し、満足に動かすことが出来ていない。
奴隷の二字に間違いはなく、そこまでなった過程を想像して舌を打った。
「随分細いな。 ありゃあんまり食わせてもらってないぞ」
「それだけじゃない。 女の方が男よりも痣が多い。 全員がレイプされたってことだろうね」
「反抗の意思を挫く為、か」
一喜の胸に重いものが溜め込まれる。
実に、そう実に。テンプレと一括りにしてしまいたい程の胸糞だった。
実際に一喜が強姦現場を見たことはなく、強姦された女性の話を生で聞いたこともない。
あるのはテレビやネットで流れる体験談くらいなもので、こうして見せられてしまうと不快感で気分が悪い。
連中の中には女も含まれている。そちらもヤンキーよりも下品で、まだ元の世界の不良の方が綺麗だ。
男達も欲求不満の解消に使われたのだろう。勿論、その方法は決して性交だけではないのは暴力の痕跡が色濃く見えることから明らかだ。
まともに話が通じると思う方が馬鹿である。
理性は冷静に答えを弾き出すが、それをいやと心中で潰した。
成程、彼等に救いようはない。殺すべきで、殺しておかねば後々厄介な事を起こしかねない。
災いの芽は早期に潰すべし。これが世の常であることも解っているが、せめて何故そこまで悪辣な道を進んでいるのかを見ておきたい。
馬鹿をやるならそれなりの理由がある。時にはやりたいからやっただとか気分的な問題でやったとサイコな訳を作るが、全員がそうであったことはない。
「一先ずは俺が残る。 世良と十黄は休め」
「なら次は俺がやる。 別に良いだろ?」
「解った。 ……何か起きたら必ず起こしてくれよ?」
今はまだ奴隷達は何もされておらず、明確な変化も起きていない。
世良と十黄が一階下へと階段を降りていく音を聞きつつ、彼は奴隷よりも蛮族を集中的に見ることに決めた。
彼等の住まう場所の地面には焚火の痕跡が多く散見される。
一ヶ所で材料が揃えば何度でも始められる焚火が何故多数あるのかと考えれば、彼等は元々大規模なグループではないのではないかという推測に辿り着く。
始まりは大して大きくはなく、しかし時間を掛けて素行の悪い人間が加入した。
けれど彼等は組織として纏まっているのではない。元々のメンバーや仲が良くなっただけのメンバーで集まって焚火を囲っている。
焚火の数だけグループが存在していて、それはつまり何かあった際に協調路線を取ることは出来ないとも言えた。
所詮は推測なのでそこまで真面目な考えは彼等には無いかもしれない。実際にそこにいる面々も先程まで笑顔で話をしていたのに、何が起きたのか突然喧嘩を始めてしまった。
周りの連中は喧嘩中の二人の男を大声で応援するだけで止める様子は無い。
しまいには互いに武器を取り出しての殺し合いに発展し、錆の浮いた鉈のような物を持っている男が首に刃を立てて殺してみせた。
頭の無くなった胴体から流れ出る血が地面を濡らすも、そんなことは知らぬとばかりに殺した男は首を持ち上げて雄叫びを発する。
そんな姿に応援していた女達がうっとりとした目を向け、向けられた本人はウインクを返していた。
「蛮族って言っても限度があるだろ……」
監視を始めて僅かだが、彼は早速頭を抱えたくなった。




