【第百三十七話】その男達、川に向かう
「犬と蜘蛛も全部集まってるな。 これで前回無くなった分の穴は埋められるか」
「あの時の騒動で壊れたのか?」
「ああ。 持ち込んで、あえなく短命に終わっちまった」
世良と一喜は隣り合って話ながら動き回る蜘蛛や犬に視線を向ける。
街の方に動かしていた分も集合したことで黒光りする機械の群れが蠢き、まるで昆虫の如き不気味さを醸し出していた。
それらの内、犬は再度街へと向けさせて蜘蛛は壁に近い順に建造物の修復を命令。
一喜の言葉にほぼ全機が動き出して姿を消していき、数分後には街中に居るキャンプの人間を捉えることが出来るだろう。
残っているのはモニターを展開している犬が一匹だけ。数をもっと用意すれば表示可能なモニターも増えるが、現状では緊急時に該当する映像以外に価値は無い。
これを使えば川の監視も容易にはなるも、拠点を守るのならば手は抜けないのだ。
遠目で確認するくらいならばメタルヴァンガードを使えば行える。それをせずとも、警戒させなければ異世界の人間を外から見ることは可能だ。
彼等はあまり外へと出たがらず、出たとしても短時間で終わらせたがっている。
食料や日用品が欲しいから動くだけで、内部で完結するのであればそうした方が良いと考えているのだ。
それは一重に治安の悪さや突然現れる怪物の所為で、大量の物資を持ったトラックが街の各所を巡ってくれれば人相の悪い者達も歓迎するだろう。
尤も、人格に難のある人間であれば交渉前に強奪に動きかねない。倫理観の薄い世ではまともな話し合いよりも奪った方が合理的であると判断し易いのだ。
「で、俺はまだ街内で何も起きていない内に監視に行きたいんだが」
「直ぐに十黄の奴を連れて来るよ。 雑貨の中に双眼鏡があったからそれを持っていくけど構わないね?」
「好きに使え。 他に使えそうな物も構わないぞ」
「OK。 案内と警戒は任せて」
川への道自体は地図で一喜は知っている。
とはいえ、それは崩壊前の古い情報だ。今の状態では現地民だけが道を知っているので、住民が案内しなければどこで足止めを食らうのか解らない。
その案内と周囲警戒として世良と十黄が動く。追加で世良に瑞葉への伝言を幾つか告げておき、彼は最優先で使うカードを決めて異世界産のリュックに飲み物や簡易的な食料を詰め込んでいった。
向こうで持ち込む物は此方では高品質になり易い。安全圏であればそのまま使うが、危険な場所に赴くのであれば持っていかない方が適当だ。
異世界の情報はこれから先、もっと厳重に扱う必要がある。教えるべき人間を絞り、物もあまり持ち込まないようにしておきたい。
「一喜」
「ん、来たか」
「いきなり世良に川に行くぞと言われたぞ。 随分性急じゃないか?」
メタルヴァンガード以外に使える武器の類を選んでいると、早々に準備を終えた十黄が世良と共に姿を現す。
更にその隣には烈の姿。双方共に新しい服に着替え、動き易さを重視して荷物は然程多くはない。
「烈。 お前は今日は留守番だ」
「なんだよ、別に良いじゃねぇか。 ただ見に行くだけだろ」
「何が起こるか解らないんだぞ。 万が一にも戦闘になれば、最悪お前にも戦ってもらうことになる」
「上等。 あいつらはこれからの生活に邪魔だろ。 潰すことになったら真っ先に潰してやる」
小柄な少年は犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを形作る。
未だ彼は小学生と同等の年齢ではあるが、放つ戦意は大人にも負けない。殺さねばならない状況で躊躇を覚える程行儀が良くもなく、目前の様子を見る限りでは喜々として殺しに行くだろう。
しかし、それが一喜にとって良くないのだ。十黄も同様の気持ちなのか、烈の肩を軽く叩いて落ち着かせる。
「やる気になるな。 もしこっちの姿を見つけてお前のそんな顔を見られたら、あいつらもやる気になる。 そうなったら苦労するのは一喜だ。 お前じゃない」
「ッ、そうだけどよ……」
「ぶっ飛ばしたい気持ちは一緒だ。 だけど、今はまだその時じゃない」
倒すのか倒さないのか、利用出来るか否か。
その見極めすら満足に行えていないままでは、ただの怪物と何も変わらない。
戦わずに済むのならそうした方が良いのだ。手を結んで益を共有できるのであれば、一喜としてはそちらの方が都合が良い。
一喜達が知るのは少しの事実と噂だけ。ならば、その噂の真偽を確かめておくのが順当な道筋だ。
十黄の言葉に烈は反対の声を発さない。彼は子供ではあれど、他人の意思を察することが出来る人物だ。
占領したくなる気持ちは解るし、誰かを積極的に暴力で従えているだろう者を許せない気持ちも解っている。
若く青い正義感は悪漢の暴挙を止めたいと願い、しかし現実的状況を語る十黄の言葉が待ったを掛けてくれた。
鎮火した心に残るのは冷静な思慮だ。このままでは我儘な餓鬼と変わらないと一度でも思えば、子供達のリーダー格である烈は止まらざるを得ない。
そしてそこに遅れる形で足音が鳴る。
骨董品のように古びた銃を腰に差した世良は、烈の姿を見つけて直ぐに察したように柔らかい微笑を浮かべてみせた。
「行きたいかい?」
「そりゃ勿論。 ……でも、我慢するよ」
「ん、良い子だ」
「子供扱いッ」
茶化す世良の言葉に怒りを込めずに烈は文句を返す。
それで終わり。少年が少年のままでいられなくとも、それでも子供らしいままで居させようとする空気は烈には悪くなかった。
彼をそのまま皆が暮らす建物に向かわせ、三人は顔を見合わせる。
一瞬だけ流れた和やかな空気は即座に真剣なそれに戻り、頷きでもって行動を開始した。
「此処から奴等の住む場所まで五時間は掛かる。 道中の建物で一度休憩を挟むぞ」
「ああ。 滞在は到着から二十四時間だ」
「丸一日か。 監視は交代制にしよう。 残り二人には雑事と休みを担ってもらう形で」
軽快に三人は道として機能している箇所を選んで進んでいく。
監視していく中で連中がどのような生活をしているのか、そして外から何を手にして戻って来るのか。
集団生活をしていても、数が膨大であれば完全に内部で完結出来ないだろう。それを見越して川の魚を占領している訳だが、かといって魚だけで全てを賄えるとは到底思えない。
農作物の作り方を知っていれば野菜は手に出来るが、彼等に待つという真似が出来るとは一喜にはあまり思えない。
面倒事を奴隷に任せ、暴虐による単純な解決を取る時点で短気なのは明らかだ。
「先にも言った通り、話が通じるなら話し合いに持って行く。 だが監視の段階で碌に話も聞かないような連中だと判断したなら――」
「――潰すって訳だね。 そりゃぁ、良い判断だ」
一喜の判断は世良と十黄から見れば甘いと言わざるを得ない。
明らかに潰すべき材料は揃っているのに、どうにか話し合いに持って行こうと考えて難しい道を歩もうとしている。
単純なまま終わらせてはならない。一喜の姿からはそのような印象を覚え、二人は揃って新リーダーの思考に頭を回す。
馬鹿が増えることは二人にとっても容認すべき事ではない。有能が増えれば増える程に人間の発展はまた始まり、今一度嘗ての日々を取り戻すことが出来る。
だがそれは、やはり平和を手にしてからではないかと二人は思うのだ。あの化け物が居る限り発展は有り得ないと考えて――それが何時訪れるのかを世良と十黄はまったく予想出来なかった。
「今日明日ばかりを見ている場合じゃないってことかね」
今を生きる。明日を生きる。
それだけでは苦しい現状は変わらない。脅威がある今でも一年後十年後を見据えて行動するのが、一喜の考えなのではないか。
世良にそんなことは出来なかった。今この瞬間も多大な不安を抱えているのに、未来の不安なんてどうして抱えることが出来ると言うのだろう。
誰に言うでもない言葉は、どうしようもなくこの世界らしくなかった。




