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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第百三十五話】その女、兄に宣言する

――何を言っているのかと、望愛は思った。

 

「冷酷にまでなる必要は無い。 けれど、優しさを与えることを是とし続けるような生活は止めた方が良い。 救う側も救われる側も不幸になるだけだ」


 自身の兄の語る言葉が望愛には異次元の言語に聞こえている。

 優しさを優先している?仕方ないと思えば援助もしてくれる?あの人の想いが何れ破滅に辿り着く?

 綱吉は一喜と長い付き合いだった訳ではない。寧ろ時間的には半日も一緒ではなかったと言って良い。

 一喜の全てを見抜くには時間が足りないのは勿論、関係が悪化している現在では穿った見方になるのも必然だ。

 人は第一印象が全てだと語られるが、それが今も継続している形になったまま。

 これが正されない限りは二人は再度顔を合わせて会話することもないかもしれない。


 しかし、そういった妥協的な思考は望愛の中には僅かしかなかった。

 兄に対する失望が、憤怒が、思考を先鋭化している。恐ろしいのは鈍らせずに方向性を反対にしていることだ。

 彼女は今日、兄に会って普通に話をするつもりだった。長年に渡って支えてくれた沢田の頼みと一喜の許可、自身の迷いが合わさって一度完全なプライベートな形として会話をしたかったのである。

 先の一件に対して一喜の落ち度は無かった。落ち度は己自身であり、我儘を言っていただけの状況は双方に迷惑を掛けただろう。

 だからそのことについて叱責されたとしても、望愛は素直に頭を下げて謝ろうと考えていた。

 兄はやはり兄だったのだと、その時点では心の小さい部分に希望を抱いていたのだ。


 だが、蓋を開けてみればどうだろう。

 望愛を心配しているのは解る。愛情を抱いてくれているのも解る。けれどもそこに、一喜に対する罪悪の感情が無い。

 一喜はただ利用されようとしていただけだ。あの異世界が危険な世界だと知って、それでも兄は何かに使えると手を伸ばそうとしていた。

 一喜の許可など無い。恐らく彼に隙が生まれれば、その隙を突いて部屋の占拠にまで綱吉は画策した可能性は十分にある。

 誠実さはそこには無かった。大事ではない存在に対して容赦無く骨まで利用しそうな気配は、正しく望愛の嫌悪する存在である。


「それで私が納得すると思ってるの?」


 空気が凍る。激情によって燃えていた心が今度は凍てつき、悪感情の悉くを表出させていく。

 それは顔にも表れている。ハイライトの消えた目は底の見えぬ闇を表し、白い肌はホラー映画の人形が如くに不気味に映った。

 

「……私がね、今日何の為に此処に来たのか解る? 沢田が兄さんが危険な状態に入りかけているって言われたから、先輩の許可を貰って来てるの」


「それは……」


「あの日、私は失望した。 今だって信じてる訳じゃないし、本音を言えば無視してやろうって気持ちの方が強かった。 迷う素振りを先輩に見せなかったら、きっと此処には来てなかったと思う。 それぐらいには兄さんとの思い出は大事なの」


 綱吉は望愛の言葉に目を見開く。

 改めて彼は彼女を見た。そして、そこで纏っている服を今更に認識した。

 白いワンピースに黒のカーディガン。服そのものは質が高いとは言えなかったが、重要なのはその点ではない。

 単純な服装だった姿は、綱吉の古い記憶を呼び起こす。

 時間が出来て、仲が良い同僚は別の案件に追われ、両親達もパーティーに出掛けていた。

 家に帰って寝るにも眠気は訪れる様子は無く、小腹が空いていたのを覚えている。

 だから良い機会かもしれないと、彼は家で今日も過ごしている望愛を食事に誘った。

 初めて外食に誘い、当時まだ中学生だった彼女は兄の言葉に目を輝かせながら護衛のメイドと共に何てことはない庶民的な飲食店で食事を楽しんだ。

 

 健康がどうだとか、格式がどうだとかは関係無く。仲の良い同僚が勧めてくれた場所で妹も楽しそうに食事をして最後には手を繋いで歩いて帰った。

 その時の服が白いワンピースに黒いカーディガンで、何時の間にか小さく染められていた白い布に妹が慌てていたことを彼は忘れていない。

 あの時の綱吉は、まだ権力の魔力を強く感じてはいなかった。

 仲間を作り、共にプロジェクトを成功させ、皆で努力を重ねながら結果を出そうと――照れ臭さを覚える程の青さで日々を明るく過ごしていたのである。


「今日話をして、あの頃の兄さんが少しでも表に出て来てくれたなら何も言わなかった。 もしかすればって、ありもしないことを考えた」


 望愛が望んだのは愛だ。自身の名前と同じく。

 愛を求めて、そして返して、お互いに愛情を渡し合えたのならばきっと素晴らしい日々を過ごせる筈だと望愛は今でも信じている。

 最初の頃の二人にはそれがあった。互いに愛情を与えることが出来たからこそ、その繋がりが暖かい思い出として存在している。

 

「でも結局、兄さんもあの家の人間だね。 権力を持った途端、下の人間の言葉を聞かなくなる。 止めてほしいって言っても止めず、何とかして自分の目的を達成しようと言葉を募らせる」


 それは自分もだと――――望愛は自身に対しても告げる。


「我を通すなら相手の言葉も聞いて、理解してよ。 なんでもかんでも決めつけるんじゃなくて、全部知ってから決めてよ」


 涙など流れない。悲しみなど抱かない。

 静かに、そして芯に迫るように。それこそが人間のコミュニケーションなのではないかと教える。

 当たり前と言えば当たり前の話だ。人間とは双方向の理解によって強固な関係を築けるもので、表だけの関係が長く続いた試しはない。

 我儘を貫けば孤立し、他者の意見を内包すれば人は集まる。

 糸口の人間は我を通す為に他人の意見を潰す傾向が強い。それは望愛も一緒で、一喜の意見に否を告げることが多かった。

 ただ、望愛には自己を捧げる程の献身性がある。一喜を潰すのではなく自分を潰しているからこそ、二人の関係は未だ悪化の気配を見せない。


「愛しているのは知ってる。 あんな環境で色々してくれたんだもの、解らない筈が無い。 それは嬉しかったし感謝もしてる。 でもね、私だけを見ないでよ。 もっと他にも目を向けてよ」


 丁寧語の崩れた彼女の言葉は、だからこそ本音に塗れている。

 嘘も虚飾も存在しない、真に彼の為の言葉は綱吉の心の壁を容易に粉砕した。

 愛してくれて有難う。こんな自分を妹として認めてくれて有難う。今も身体が弱くなってしまう程に心配してくれて有難う。

 でも、もう良い。そうせずにもっと他に目を向けてくれ。

 

「兄さんには兄さんの人生がある。 私には私の人生がある。 だからもう良いの」


「……」


 綱吉は何も言葉を発さず、静かに弱かった妹を見やる。

 純粋で清らかな天使。それが昔の望愛だった。頑張って演技をしても見る人が見れば簡単に見抜けてしまい、けれど彼女のその素直さに微笑ましさを感じた。

 ――逆に言えば、それは彼女を弱い存在として見ていたということだ。

 彼女が成長すると考えず、何も身に付けないままに終わると確信していたことになる。

 相手を人間として見ていなかった。もっと単純な、それこそ犬や猫を見るような感情を綱吉は抱いていたことになる。

 そこに辿り着いた時、彼は自身の根底が揺らぐ音を聞いた。

 馬鹿なと言いたくなって、しかし口は震えるばかりで動いてくれない。彼の感情は彼女の発言を否定したくて、理性は過去の自分と比較してその通りじゃないかと責め立てた。


 お前が彼女を大事にしているのは、お前が彼女を弱いと思っていたからだ。

 お前が一喜を望愛から離したいのは、成長する彼女の姿を見たくなかったからだ。

 大事?馬鹿が。本当のお前は、彼女を大事になんか思っちゃいない。

 本当に大事だと思うのなら、天使という言葉が頭から出て来る筈がないだろう。


「これからの私を見て。 これからのあの人を見て。 妨害しないなら教えるくらいは許すよ」


「……ああ、そうだね」


 胸に落ちた確信。

 嵌まった感覚を覚えた綱吉は不穏にしか見えていなかった望愛の瞳を本当の意味で見て、熱を発する強さを感じたのだった。

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