【第百三十三話】その男、元の集団に戻る
「来たよ」
「来たな」
荒廃する土地の上で、一喜と世良は顔を見合わせる。
お互いの顔には笑みが浮かび、世良の背後に居る面々も非常に嬉しそうな顔を隠しもしない。
特に喜んでいるのは瑞葉だ。彼女は両手を上げて歓喜を露にし、背に持つ大量の荷物を気にもせずに飛び跳ねた。
「お前達が来るのは半ば確信していた」
「だろうね。 私達もあんたを頼ることは避けられなかった」
望愛が一時的に離れた休日。
一週間の時間を使って世良達は倉庫街で使用していた荷物をある程度持って一喜の拠点に来ていた。
子供達の背には軽い荷物。大人組は他に重量のある荷物を背負い、此処まで来るのに一苦労している。特に瑞葉に至っては他よりも多くを持たされ、既に息が上がって座り込みそうだ。
これが瑞葉に与えられた罰だったのは誰が見ても明らかである。何せ彼女は望愛の戦闘中に意識を喪失し、目覚めた時には全てが終わっていた。
その間のあれやこれやに彼女はタッチしていない。そも、彼女は世良が黙認したとはいえ勝手に一喜の拠点に行っている。
あの時点における彼女の選択は裏切りとも取られかねず、故に誰もが仕方ないと解ってはいても内心に仄暗い感情を僅かに抱いていたのだ。
それを世良は敏感に察して罰を重くした。荷物の量を三倍にして、更に未だ倉庫街に置きっぱなしの荷物を全て彼女に運ばせる予定である。
慈悲として家具の類は皆で持ち込むことにしているが、それなりに離れた道を往復させられるのは苦行以外のなにものでもない。
しかし、瑞葉はそれを喜んで受け入れた。
自分の行動に未だ後悔があるとは思わないが、世良達に悪いとは思っている。一喜達に対しては特に唐突だっただろうと罪悪感を抱き、それを払拭する方法がないものかと拠点から倉庫街に戻る最中考えていた。
だから大量の荷物を運ぶのは渡りに船だ。それで全部許すと世良が言ってくれて、皆が納得してくれたのであれば何も文句など出よう筈もない。
「日用生活に使える品は集められるだけ集めてある。 先ずはそっちを自分達で選んでくれ。 整理はされてないから苦労すると思うが」
「あるだけ有難い話だよ。 部屋も決めても?」
「ああ。 ただ制限している場所があるし外周部には他の奴等を住まわせる予定もあるから少し説明の時間をくれ」
「了解了解」
外周部の建物には壁としての役割がある。各部屋の窓が監視窓の役目をする以上、世良達が暮らすには向いていない。
監視の役目を自動的に担うのだ。死ぬ危険性が最も高い場所に彼女達を住まわせる理由は無い。
一度彼等の荷物を他の物資がある場所に置き、そのままアパート近くの広場に皆を集める。
大人組と子供組は揃って彼の前に並び、どこか楽しみな表情を浮かべていた。
それが未来に対する希望であるのは言うまでもない。彼等はこの拠点で己の人生をやり直せると思っていて、一喜ならば人類を生態系の最上位に戻してくれると願ってもいた。
「よし、これで全員集まったな。 ――お前達はこの拠点に来た最初の住人だ」
演説をする気は彼にはない。
セールスマンの如く自慢の品を語り、同時に指導員の如く説明を語る。
彼等は最初の住人だ。一喜と仲がそれなりに深いが故に不満を遠慮なく口に出来るし、彼の求める作業に対して率直な意見をくれる。
それらを下に、この世界の人間が出来る限界点を定めて効率的に人員を動かすノウハウを獲得するのだ。
いきなり何もかも上手く回るものはない。試行を繰り返し、時には意見を激突させて一つの大きなものへと規模を成長させていくのだ。
「設備は満足に整ってはいない。 向こうから持ち込める物にも限界がある。 だから、この世界で用意出来る物は何であっても此処で用意するつもりだ。 ……この拠点に来たことで皆には忙しい暮らしをしてもらうことになるだろうが、自分で選んだのだからサボるなよ」
「解ってるって! 飯が食えるなら何処でだって天国だよ!!」
再認識させるつもりの最初の言葉は、しかしこの世界の人間であれば解り切ったこと。
如何に異世界が実際に存在するとして、一喜の持ち込める物を見れば大きな制限を受けているであろうことは想像に難くない。
本当に何でも持ち込めるのであればもっと拠点には機械が溢れ、武器が配置され、人員も来ていた筈だ。
烈のような子供でもそこまでは解る。中学生に入学寸前くらいの年頃ではあるが、彼はそれを察して何も言わずに明るく振る舞った。
「飯が食えればか。 世良、そういえばこの近くの川で魚は取れるか?」
「魚? ……あー、取れるっちゃ取れる。 場所は限定しないといけないけどね」
元の世界の望愛との会話を思い出し、一喜は世良に訊ねる。
彼女は突然の質問に疑問混じりの言葉を返すが、直ぐに頬を掻きながら煮え切らない発言を送った。
その態度に一喜が眉を寄せる。彼女の態度はどうにも、その魚を食べたくないと語っているようだった。
しかし隣に居る十黄は違うようで、彼は腕を組んで怒り混じりの息を吐く。
「魚が欲しいのか? ……なら、向こうに住んでいる人間と対話が必要だな」
「川の傍に人が住んでるのか?」
「まぁ、水場だからな。 俺達が普段使う川は彼等が使わない場所なんだが、そっちには魚が流れ込まないんだ。 何せ川を横断する形で網が広がっているからな」
人が生きる上で水は必需品だ。古代の人々も川の傍に集落を作り、時には水の流れる経路を操作しながら洗濯も風呂も一人で済ませていた。
不足は即座に死に繋がり、故に水を支配されると逆らう行為は難しい。
十黄の説明では、街から離れた川の傍でテントを張っている集団が居るのだという。
その地域には道路と自然しか存在せず、故に物資は自然由来の物を用いるか街に赴くしかない。
そして、彼等の源流はヤクザだ。脛に傷を持った者が集まり、形成された集団は非常に血の気が多いことで有名だった。
彼等は怪物達からも無視され、近付く人々を襲っては強奪に強姦にと犯罪を働き続けている。
そんな彼等の主食は魚だ。海から流れ込んだ魚達を川を塞ぐ程のサイズの網で捕まえ、日夜飢えを凌いでいる。時にはそれを売りに行くこともあるそうだが、その際には法外な対価を求めているのだという。
「最後のは噂話の範囲を過ぎないが、まぁやっていても不思議じゃない。 キャンプの人間も洗濯に向かった際に襲われ、その時に襲撃犯の傍にボロの恰好をした人間の姿を何人も見ている」
「所謂奴隷だな。 奴等はどうにも自分で何かを用意するってのが嫌いなみたいでな。 キャンプの中での話じゃ網を張ったのも捕まえた人間だったらしい」
話を聞くに厄介な集団なのは間違いない。
加え、彼等の行為は怪物達にとって無条件ではないにせよ都合の良いことだ。
悪感情を集める。或いは悪感情を自身の内から生み出す。それが怪物達の燃料になる以上、やり過ぎない範囲であれば連中は黙認する。
そして、だからこそこの街に川沿いの者達は来ないのだろう。
此処は以前まで人気が無かった。だが最近になって戦闘音や衝撃が街全体に響き、川沿いの人間にもそれは聞こえていた筈である。
勝敗まで把握しているかは不明だが、どちらかが勝ったと考えれば街の支配者は尋常の者ではないと警戒するのだ。
如何に素行が悪くとも、いや素行が悪いからこそ実力には敏感だ。
世の悪意から自身を常に守っていなければならない以上、迂闊に危険な場所へは行けない。
だから子供達も無事なのだ。危険な人間がキャンプ内にしかいないから、そこから離れることが出来れば洗濯することが出来る。
此処は怪物が居るから外の襲撃に怯える必要が無くなっていた。そう考えると皮肉な話であるが、現時点でその怪物役を担っているのは一喜だ。
一喜が行動すれば、それが街の今後を左右する。彼はそれを強く意識してはいなかったが、間違いなく土地の明暗が掌の上にあるも同然だった。
「食料を現地で調達出来るならしたい。 が、連中が話し合いに素直に応じてくれるとも思えないか」
「寧ろ積極的に舐め腐ってくるだろうさ。 怪物にはビビってるクセにね」
世良は言葉を吐き捨てる。一喜はそんな彼女を暫く眺め、やがてふうと溜息を吐き出す。
少なくともこれは解決せねばならぬ問題だ。話し合いで終わるにせよ終わらないにせよ、街の外を安全にしておくことは悪いことではない。
「解った。 川の件については此方でも考えておこう。 今は先ず、お前達の生活スペースや役割を決めていくぞ」




