【第百二十八話】その男、憂うばかりの世界に嘆く
「先輩!」
世良と十黄から別れた一喜は元来た道を戻っていた。
朝の作業から始まった異世界生活によって、時刻は既に昼を回っている。戦闘が終了してからまだ数時間程度しか経過していないが、彼の耳は荷物を物色する複数の足音を捉えていた。
そんな中から聞こえて来た一際大きな声。
接近する姿に視線を向けると、未だ大した汚れの無い金糸の髪の少女が見える。
その表情は心配に染まり、息も荒かった。彼の目前で足を止めた彼女は息を整えるように何度も呼吸を繰り返し、次いで眉を寄せて形ばかりの怒りを顔に浮かべる。
「何処行ってたんですか! あんまりにも帰って来るのが遅かったのでまさか不意討ちでもされたのかとッ……」
「落ち着け、落ち着け」
周りの様子を確認するにはあの話し合いは長過ぎた。
その所為で望愛に余計な心配を与え、要らぬ不安を生ませた。あまりにも彼女の顔に心配の念が宿っていたことで一喜は咄嗟に手を伸ばし、半ば以上無意識で少女の頭を優しく撫でる。
その動作に少女は解り易く固まった。反射的な動作に彼も直ぐに撫でる手を止め、かといって一度やってしまった手前どうしたものかと直ぐには手を離せなくなる。
「んんッ、ちょっと予定外な接触があった。 後、糸口に話しておきたいこともある」
「…………」
「糸口?」
「――――は!」
硬直していた望愛は、一喜の最初の言葉が頭に入らなかった。
それよりも彼の手の温もりに意識が向けられ、何とも男らしい硬さのある手に頬の紅潮が止められない。
頭を撫でられた経験なんて、幼い頃に兄にしてもらって以来だ。その時は純粋に優しくしてくれる兄に甘える形になったが、これは違う。兄妹としてのやり取りよりももっと驚いて、温かくて、甘い。
別段、望愛は撫でられることを好いてはいない。
髪のセットが崩れるし、兄以外の異性なんて怪物か怪物の家族、後は精神的年下ばかりでまったくと興味が無かった。
恋人が出来るなど思ったこともなかったからこそ、好いた相手が手を出してくれる事実に胸が震える。
男女の関係とは、かくもこうまで心を揺さぶるのか。
内から湧き出る暖かさは何時までも浸っていたい程で、けれど二度目の彼の呼び掛けに望愛の意識は強制的に元に戻された。
飛び跳ねるように後方に退いた彼女の姿に一喜はやっちまったと内心で自己嫌悪する。
女が頭を撫でられて喜ぶなんてのは、所詮は幻想だ。漫画や小説では一般的に登場するが、それはやはりファンタジーであるからこそなのだろう。
こういった面があるからこそ、異性との触れ合いなんてものを一喜は好まない。やるにしても事務的なものに抑えたいと考えていて、だからこそコンビニでは誰に対しても優しい店員を心掛けている。
皆に優しければそれが標準になるからだ。社員の中でも似たような真似をしている者が居るが、一喜程異性を抵抗してはいない。
「あ……すいません」
「いや、良い。 不躾な真似だったな。 戻りながら何があったか話そう」
申し訳ない顔をする望愛に努めて気にしないように振舞い、そのまま二人は並んで元の拠点へと歩き出す。
道中で一喜の身に起きた出来事は望愛を驚愕一色に変えた。
自身達と違う異世界からの来訪者。時間的には此方側が後で来た形になるが、兎も角異なる三つの世界の人間がこの地には集まったことになる。
そちらはメタルヴァンガードの世界のようであるが、しかしそうであると断定するには一喜は迷いを抱いていた。
望愛もまた博士が持つ情報で同様に違和感を抱いている。
メタルヴァンガードの作品において、本編時点では確かにジョーカーの力は使われていない。
使われたのは映画だ。所謂本編後の話であり、ジョーカーの力はキングを超える程に強大だった。
それはファンである一同全員が太鼓判を押す程で、望愛も中身を見た際には何というトンデモ性能と頬を引き攣らせていた。
そのカードもまた一喜の手にはある。死神の絵柄が刻まれたカードは不吉の象徴を示し、映画ではこのカードの所為でキング達が起こした事件に並ぶ被害を僅かな期間で成し遂げてみせた。
――――その情報が、博士の頭には無い。
「本編が終わった直後だったから、でしょうか?」
「いや、そもそも本編が終了した段階では早急の封印処理は行われていない。 厳重管理に留めて復興作業を優先していた」
「あれ? ……ではその時点から違うことになりますよね?」
そう、違うのだ。
博士の語る内容は本編とは異なっている。それが意味するのはつまりと、一喜は苦い顔を隠しもせずに見せた。
「ただでさえ異世界があるのに、今度は並行世界だ。 本編とは異なる時間が流れたメタルヴァンガードの世界が向こうにはある」
基軸となる世界をこの荒廃した場所とするなら、一喜の世界と博士の世界は両方共並行世界ではある。
しかし一喜にはメタルヴァンガードと呼ばれる作品の記憶が存在し、神の視点としてそれが普通の流れになっているのだ。であれば、博士達の世界は同一の下地がある別の可能性に到達したメタルヴァンガードであり、そこで何が起きているのかを正確に予想することは難しくなる。
加えて言えば、向こうはメタルヴァンガードの技術を現実的なものとして認識している状態だ。
彼の世界が自身達と変わらぬ世界であると誤解させたのは一喜であるが、その所為で協力を持ち掛けられた場合は同一の品を求めて来る可能性がある。
「元から隠すことを最優先にしていたが、今回はそれが裏目に出たな。 下手に協力関係を結ぼうとすれば何を要求されるか解ったもんじゃない」
「そうですね。 断ったのは正解だと私も思います。 我々の最大の強みは現状、メタルヴァンガードに関わっているとされる虚像と戦力だけですから」
協力関係を結ばずに非戦闘程度で終わらせたのは妥当だと望愛は内心で頷く。
戦わないことだけを約束することで接近の機会は多くなるも、その分だけ向こう側からの情報を入手することが出来る。
一喜の話に出たメタルソルジャーや純粋な戦闘員、後方支援に徹する人員。他にも上層部とされる存在達の思想。
全てを把握することが出来れば、少なくとも手を結ぶべきか否かの判別は可能だ。
相手が裏を持っていれば、それは望愛が見抜ける。一喜とは比較にならない程に優しい顔をした極悪人と会話した彼女だからこそ、次に話し合いの席が用意されれば真偽を確かめられるだろう。
「……黒幕の登場に、並行世界からの遭難者。 一日で起きるにしては随分とまぁ過剰なイベントだ」
「ですが、収穫はありました。 まだ完全に動きを予想することは出来ませんが、直ぐに私達が攻められることはないでしょう」
「そうだな。 その間に可能な限り拠点化を進め、双方に対する第三の勢力として立場を作りたいところだ。 いや、出来れば此方なんて無視してほしいが」
「無理な話でしょうね。 もう既に勢力として扱われていると思いますよ?」
止してくれ、と彼は溜息を零した。
既に道は戻れない。踏み出した以上、その路線を突き進むしか先は無いのだ。彼もそれは理解しているが、出来れば戦いなんてせずにゆっくり過ごしたかった。
されど、この世界は今正に混沌状態だ。ポシビリーズが勝ってもオールドベースが勝っても、先の未来が保証されることはない。
取返しの付かない状態まで文明が後退した時、その技術に寄り掛かっていた者は支えを失って滅びるだけだ。
望愛は考える。
黒幕の人格はまともとは言えない。オールドベースも博士の口振りから一枚岩であると言い切れない。
調整役が必要だ。双方に寄り掛からず、文明を元に戻していく組織が。――果たしてそれが自分達であるかまでは、今の彼女には解らなかった。




