【第百二十七話】その男、未来を結ぶ
話し合いを終え、一喜と博士は立ち上がった。
オールドベース側は完全な納得が出来てはいないものの、それで騒げば最悪一喜に敵として認定されかねない。
不満を覚えながらも口は噤まれ、我慢した隊員達に対して博士は内心感謝の言葉を零した。
そのまま博士は出口へと向かおうとして、ああと顔を世良と十黄に向ける。
二人は厳しい眼差しを送っていた。ともすれば、切欠一つで即座に拳が飛んでくることだろう。
抑え込めたのは過去の話をしたことで、爆発を飲み込まねばならなくなった二人に博士は申し訳なさを感じずにはいられない。
話さねば恨むだけで済んだ。黙秘を貫けば、ただ元凶の一つとして罰されるだけで終わっていた。
けれど、それは許されない。一喜の鋭い目が、罪からの解放を望む人間を離しはしないのだ。
「……全てが終わった後、改めて君達に会いたい。 そして、本当の意味で私を罰してはくれないか」
「――嫌だね。 やるなら、もっと多くの人間と一緒にだ」
「……そうだね。 その通りだとも」
全てが終われば、博士が博士として存在する意味は消失する。
その時になって漸く彼は断罪され、真に罪を償う時間を設けられるのだ。そして、それは世良や十黄だけでの前ではない。
もっとの多くの人間が彼を知り、罵詈雑言の数々を放って裁くべきなのだ。
そうでなければ世良は納得しない。そうでなければ、十黄は今この瞬間に爆発を起こしてしまいそうだった。
抑えておける内に行けと十黄が顎で扉を示す。博士は頷き、隊員と共に建物を後にしていった。
此処での出来事は直ぐにでも本部で共有される。その時に上層部がどのような決定を下すかは定かではないが、博士は何を失ってでも争いを回避させるだろう。
メタルヴァンガードとは怪物を倒す為の兵器であり、人間同士の戦争に用いる兵器ではないのだから。
去っていく博士達の後ろ姿を窓から見つつ、静寂となった空間で世良は大きな息を吐き出した。
精神的に負担の大きかった話だったのだ。力無く机に上半身を投げだし、ノイズ音のような呻き声を漏らすのも当然である。
十黄はそんな彼女に心配気な念を送りつつ、顔を一喜に向けた。
一喜もまた二人に視線を向ける。両者の間にある空気は、先程よりかは幾分軟化していた。
「……本当の話、だったんだな」
「何も証拠は出していないが?」
「馬鹿を言うな。 武装した人間を用意するのがどれだけ大変で、あの博士みたいな奴の言葉がどれだけ本当なのか。 そんなことが解らない程間抜けなつもりはない」
吐き捨てるような言葉だ。
嘘だと思いたいが、しかして彼等は服装を統一して腰に武器を携帯していた。
右腰には警棒のような物が、そして左腰には拳銃の類が。探せば隠している武器もきっとあることだろう。
揃って何かを持つことはこの世界では難しい。そも、新しく何かを作り出すことすらも大変なのだ。成し遂げられる時点で組織の中でも規模は大きい。
そして、そんな武装した隊員達に守られていた人物の言葉が軽い筈が無いのだ。
あんな話を他者が聞けば笑い話の一つに終わる。仮に信じたような顔をしても、結局は嘘臭い話だと真面目に捉えてはくれない。
二人がこの話を信じることになったのは、二人が完全な初対面であると態度で見抜いたからだ。
その初対面である筈の二人がまったく同じ様な話をしている。ならば、あの時話してくれた異世界は本当だったと認識するしかないだろう。
彼等は硬い頭をしていない。子供らしく柔軟に、物事の正否を捉えている。
ならば、一喜は最早話は終わりだと別れる真似はしない。異世界はあるのだと、二人がそう信じてくれたのだから。
「戻ってきて……くれるか?」
上半身を持ち上げ、世良は椅子の背凭れに寄り掛かりながら尋ねた。
顔はバツが悪そうで、実際悪い事をしたと視線は逸らしたままだ。まるで叱られる前の子供のような姿に、一喜は思いがけず笑い声を漏らす。
笑い声は大きくなり、次第には部屋中に響き渡った。唐突な彼の笑い声に二人は目を見開き、何か変なことを言ったかと半目になる。
「ああ、悪い悪い。 何せあんまりにも子供っぽかったからな」
「ッ、私は子供じゃない!」
「くくく、そう言っている内は子供って習わなかったか?」
頬を赤に染めながら叫ぶ世良を揶揄い、最高だったと言葉を放って表情を変える。
弧を描いた口は真一文字になり、けれど余計に威圧することはしない。あくまでも真面目さを振り撒き、二人も揃って真面目な顔に戻した。
「まぁ、戻るかどうかで言えば戻るつもりはない。 既に次に向けて動き出しているからな。 それを止めることは出来ない」
「なら、何か手伝えることはあるか? 街は私達にとって庭だ。 此処のことを詳しく知らないあんたの力になれると思うが……」
彼女は疲れ切ったのか幾分か乾いた顔だ。
出来れば一息入れておきたいだろうが、彼女にとってこの瞬間は決して逃せない。
元の倉庫街に戻ってくれないことは予想していた。既に異世界の別の人物と行動を共にしている以上、二人だけで何かを始めようと考えていた筈だ。
ならば、その手伝いが出来ないかというのが彼女の案である。あの時に一方的に別れる真似をしたからこそ、謝罪の意味も兼ねて提案した。
「手伝えるか否かで言えば、手伝える部分は大いにある。 というよりかは手伝ってもらいたい部分の方が多いくらいだ」
「! それなら……」
「だが、今此処には俺達しかいない。 そっちもこっちも一度話をする必要があるんじゃないのか?」
「あいつらならあんたの為に動いてくれる。 だから大丈夫だ」
「それでもだ。 いきなり決定して動くよりも全員で予定を擦り合わせた方がスムーズに動き出せる。 特に俺達がすることは常に突発的であってはならない。 そうなるのは外的要因だけでいい」
客観的に見て、一喜に対して世良は酷い振舞いをした。
子供達は今も一喜には戻って来てほしくて、その為に手伝うのであれば皆はあっさりと首を縦に振るうだろう。
しかし、それは駄目だ。一喜は認められない。
物事がいきなり始まるなんてのは失敗の素だ。情報を集め、案を幾つか用意し、全員に役割を与えてそれが真っ当に出来るよう調整しなければならない。
これが一喜一人であれば突発的なことになってもまだ辛うじて飲み込めた。しかし今は一喜以外に望愛の存在もある。
彼女の承諾も今は必要だ。彼の決定には緩いので直ぐに了承を貰えるだろうが、万が一を考えて話し合いの時間を用意しておかねばならない。
「一週間時間を寄越せ。 その間に考えを纏めておくから、全員が手伝うなら荷物を纏めておけ。 倉庫街じゃ距離がある」
「……OK、解った」
「十黄は?」
「俺も同意見だ。 もしいきなり突っ走りそうになったら俺が止めておく」
「ああ、そうしてくれ。 ……そういえば瑞葉がこっちに来ていたぞ」
「瑞葉が? ……はぁ、あいつは」
最後に瑞葉の安否を告げ、三人での会話はこれで終わりになった。
互いに一週間を目途に行動を決めて別れる。横並びで歩く世良と十黄の頭の中では既に荷造りの段取りが浮かび、皆が否定すると考えてはいない。
彼が居なくなってから常に倉庫街には寂しさがあった。一喜が居たことで発生していた安心感は消え、良い物を食べていても腹が満たされるだけで心までは満たされない。
欠けていたのだ。たった一ピース程度のものではあれど、それは間違いなく彼等の根幹部分だった。
そこが埋まるのであれば、何を迷うことがある。命を助けられて、一緒に行動してくれる新たな仲間も作ってくれて、更に未来に目を向けさせてくれた。
恩だ。返し切れない大恩である。
これを返し切ろうとするならば、彼等は常に一喜に必死に手を伸ばす。
役立たずのままではいたくない。存在しないものとして見られたくない。我々はその他大勢の人間ではなく、一喜を支えた人間だったのだと胸を張るのだ。
二人の足取りは強かった。これから訪れる未来に再度目を向けることが出来るくらい、瞳は熱く燃えていた。




