【第百二十六話】その男、同情せず
「かくして、善良だった筈の一市民はカードの魔力によって悪魔と化した。 自身の願いを歪曲した形で成就せんと突き進み、果てには狂人を増やして世界を破壊したのだ。 ……これで、全てとは言わないが語るべき部分を語らせてもらった。 感想を聞いても?」
「……色々と言いたいことはある」
博士の語る過去は、その殆どが本人とは関係の無い事で進んでいた。
転移の理由、帰還が今でも出来ない理由、黒幕が誕生した理由。細かい部分を突けば責めることは出来るが、かといってそんなことを口にしたところで何が変わる訳でもない。
臨時的な会議室は重苦しい沈黙で支配されていた。
隊員も世良も十黄も、終わりの始まりと呼ぶべき部分を知って動揺している。
嚇怒の雰囲気は既に薄れていた。明確に零になった訳ではないが、しかし博士自身に露骨なまでの失敗は無い。
「話を聞いた限りでは管理が杜撰だと指摘したいが、そもそもこの世界にカードの中身を常時抑制出来る設備は無い。 情勢を鑑みて緊急封印を選んだ気持ちも十分に理解出来る。 些かに早計であったにはあったが、では間違いであったかと問われれば否とは返し難い」
「いや、もっと慎重になるべきだった。 勝利に浮かれ、未来ばかりを見据えてしまったから足下の落とし穴に気付かなかったのだ。 例え一瞬であれ足下を見ることが出来ればこの世界が破滅に陥ることはなかっただろうさ」
それはたらればの話だ。確かにそうしていれば失敗は無かったのかもしれないが、既に起きてしまった現実の前では無駄な思考である。
今すべきは後の話だ。最早怪物達を止めねば元通りにならぬ以上、博士はそちらに意識を割かねばならない。
後悔している暇など無いのだ。私が悪いと語るのであれば、博士として彼は結果を世に刻まねばなるまい。
「兎にも角にも、全ては過ぎた話。 自責の心があるのなら元通りになる為に行動し続けるべきだ。 何の益にもならない過去を思い返す時間は無い」
「……何の益にもならない、か。 中々辛辣な意見だね」
「では同情でもするか?」
「いいや」
博士は首を左右に振った。一喜としてもそうであってくれなければ困ると沈黙の肯定を返す。
既に舞台は作られてしまった。今更製作過程を見返すよりも、舞台がハッピーエンドで終わるように動かすしかない。そしてその力は、今正に一喜の手の中にある。
重苦しくなった空気の中で世良も十黄も何も言葉を発さない。怒りも憎悪もそのまま健在ではあるが、一喜の言葉で彼等も足を止められたのだ。
感情的に責め立てることは何時でも出来る。だが、それで起きてしまった全てを元通りに戻すことは出来ない。
そうなるくらいであれば、この吐き出したい感情の全てを飲み込んで次の未来へ目を向けた方が良い。まだ自分達は生きているのだから。
「私は一日でも早くカードを全て回収し、今度こそ完全な封印処理を施す。 そして世界の再建にこの命の全てを費やそう」
「その為に我々と手を結びたいと?」
「あれは放置していて良い存在ではない。 欲望に突き動かされるまま、何もかもを終わらせてしまう。 ――それを止めることが出来るのは、やはりどうしてもメタルヴァンガードしかいないと私は思う」
確信を込めた博士の台詞に、皆が否を口にすることは無い。
これまでもメタルヴァンガードが無い状態で怪物を倒すことには成功している。一概にメタルヴァンガードだけが有効打になるとは言い切れないが、一喜もまた決定打となるのはメタルヴァンガードだろうと考えている。
単純な火力と装甲が高いのは勿論、カード切り替えによる柔軟性も戦闘を有利に進めていく手札の一つだ。
特にカードの性能を限界まで引き出す必殺技の類は他では再現し難く、突破口や最後の切り札として機能する。
奥の手も一喜は知っているし博士もまたその知識はあるが、流石にそこまでについては二人共語ることはしない。来るべき時が来れば説明する必要が出ると思うも、今はまだだからだ。
「メタルヴァンガードしかないという意見には同意だ。 俺達にとってもあれは最後の希望だからな。 そして、いやだからこそと言うべきか。 お前達と手を結ぶ必要はやはり思い付かない」
博士の過去を知った。世良の憎悪を知った。
世界が異なれば各々が抱える問題も変わる。一喜の世界の問題はなるべく早く解決したいものではあるが、彼等程性急に解決するものでもない。
両者と比べれば傍観者を気取ることは可能で、同時に今後の選択権も握れる。この有利過ぎる盤面は一喜の胸に少々の優越感を覚えずにはいられない。
けれど、それで上から目線になり過ぎるのは良くない。彼等の問題に対して確りと目を合わせた上で、現実的な結果を突き付けるのだ。
責任を負う立場に居るように振舞い、ただの楽観主義者ではないように思わせる。勢力としては一番少ない一喜達だが、だからこそ隠せる部分は徹底的に隠しておかねば不利になりかねない。
「我々は積極的に世界を救うことを目的としてはしていない。 相手が此方との積極的交戦を望まないのであれば、時間を稼ぐ意味合いでも受け入れる」
「――相手は君達の世界でも猛威を振るったカードだぞ?」
「我々のカードは既に全て集め終わっている。 封印処理についても問題は無い。 恨むべき対象ではあるし、それが此方側の世界にまで侵略するつもりなら独自に撃破に動こう。 態々協力体制を取るべきとは思えないな」
強気な一喜の発言は否応無しに周囲に強者としての印象を叩き付ける。
世界が変われば同一人物でも性格が異なるのは博士も理解していたが、彼の知る一喜と目前の一喜はあまりにも違い過ぎた。
あの敵を悪として認識している意味では一緒でも、そこに現実的な思考が常に挟まっている。
善性側の人間ではあるのだろう。そうでなければ今頃世良も十黄も奴隷のような扱いを受けていたに違いない。
善と悪の両方を備えた極めて一般的な人間。狂人ではない以上、その精神性もまた一般的だ。
「君の世界に侵略と言ったね。 なら、君の世界と此方は今も繋がっていると?」
「ああ。 場所を語る気は無いがな」
一喜の即答に博士は顎に手を当てる。
メタルヴァンガードを運用するには専用の設備が複数必要になる。修理をするにせよ、新しい武装を用意するにせよ、それがなければ戦闘に積極的に使っていくのは難しい。
博士にはその土台が無かった。だが、一喜にはその土台がある。
土台だけではない。やろうと思えば複数のメタルヴァンガードを送り込むことが出来るのだ。
これは極めて希望的であり、同時に魅力的である。博士としてはそちらの世界に行きたいくらいだ。
そんな相手と協力関係を結ぶのは難しい。何せ全ての要素が此方よりも揃っているのだから。
「……今この場で結ぶことが出来るとすれば、それは非戦契約くらいだろう。 組織同士の戦闘を回避し、事を起こす際に連絡し合うのが限界だ」
「助け合い、とまではいけないか」
「それは双方の戦力が極めて拮抗している場合だ」
博士としては繋がりは欲しい。これは組織としての繋がりではなく、嘗て所属していたオールドベースの常識を知る者として。
その為ならば非戦契約であろうと結ぶべきだ。現状においてはその内容に特に致命的なデメリットは無いのだから。
隊員の数名は一喜を睨んでいる。その視線を一喜は意識して無視し、博士とのみ彼は会話することを選んだ。
決めるのは全てお前であると目で言われた博士は、息を吐いて終了の合図にした。
「解った。 今はそれでいこう」




