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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第百二十五話】博士、環境の変化で歪む

 諸星と巡での生活は非常に順調だった。

 お金を稼ぐのは巡の役目で、諸星は家事に精を出し、お互いがお互いに足りない部分を補う形で日々を豊かなものに変えては笑い合う。

 安穏としてはいけないのだろうが、諸星は怪物の脅威が無い世界に心を落ち着かせていた。

 同時、巡は自身が誰かの役に立っている現状に充実感を抱いていた。

 各々が偶発的な出来事によって完成された空間は、予想以上と呼ぶべき成果として寒々しい思い出ばかりの家を明るく照らしたのだ。

 最初は一日に何度も確認していた携帯端末の連絡も時間の経過と共に減っていき、最後には一日に数秒確認するだけとなった。

 元の世界からの連絡は未だ皆無であり、恐らくは発見する手立てを見つけられてはいない。諸星の上司であれば何か手立てを思い付けるかもしれないが、何も反応が無い状況では全ては憶測だけだ。

 

「――そういえば」


 一ヶ月が経過しただろうか、或いは半年、もしかすれば一年は経過していたかもしれない。

 ある日の夜に二人は夕食を摂り、その最中で巡は思い出したように視線をリビングの端に置きっぱなしになっている銀のアタッシュケースに向けた。

 それは今も開けられた形跡が無く、触れていたのも諸星だけ。巡自身は然程気にしていなかったが、長く一緒に居ると流石にケースの中身が気になるものだ。

 諸星も直ぐに巡の視線に気づいてアタッシュケースに顔を向け、表情を厳しいものに切り替える。

 

「あれの中身は、やっぱり秘密ですかね?」


「申し訳ありませんが、これについては誰にも話すことが出来ません」


 巡からの質問に対する答えは即座だった。

 硬く鋭く、そして冷えた声音。重々しさすら感じる口調に巡は悪い事をしたと表情を申し訳無さげに変える。

 

「あ、ああ、そうなんですね。 すみません、踏み込んだみたいで……」


「……いえ、此方も失礼でした」


 咳払いを一つ。

 空気は一気に死んでいき、二人の間には気まずい空気が流れた。

 人には立ち入ってほしくはない領域がある。そこに触れるとするならば、年単位で信頼を勝ち取る努力をしなければならない。

 そして諸星は、未だ眼前の若人に対して秘密を語る気はなかった。

 例え相手をどれほど信頼していたとしても、彼は絶対に自身の秘密を口にすることはしなかっただろう。

 アタッシュケースの中身の価値を知るのは博士としての立場を持つ自分だけで良い。

 異世界の誰にも知られること無く、そのままアタッシュケースは一度も開かれずに世界の何処かに消えていけば良いのだ。

 

 元の世界であれば封印処理は行える。

 しかしそれは処分ではない。厳重な管理をしながらも、現世から消えないのであれば何時かは誰かが強奪する可能性が残り続ける。

 ならばいっそ、元の世界にアタッシュケースなど残さない方が良い。価値を知らないままであれば見た限りにおいてあれはただのカードだ。

 そのまま二人は無言で食事を終わらせ、交代で風呂に入って直ぐに就寝した。

 ――これが亀裂だったと知れるのは、きっと未来を見通せた者だけだろう。


 人は見るなと言われた物を見たくなる。

 人は入ってはならないと言われた場所に入りたくなる。

 人は使ってはならないと言われた物を使いたくなる。

 好奇心が求め、本能が囁くのだ。きっとそこには、誰もが知らない秘密が眠っているのだと。

 如何に劣悪な環境で過ごしていたとはいえ、巡の性根は依然として人間味に溢れている。

 壊れ切った狂人であったならば別の欲でアタッシュケースに向けた興味を喪失させられたが、良くも悪くも普通だった巡は好奇心という欲にも従ってしまった。

 

 いや、きっと最初に囁いた別の存在が居たのだと――一喜と向かい合う博士は確信している。

 そしてそれは、間違いなくケースに眠っていたカードの悪意だ。

 一喜も博士も知るように、カードには意志がある。人を作り変え、欲を増幅させて狂人を量産してしまう意志が。

 アタッシュケースそのものにも簡易な封印処理は施されてはいる。しかしそれは、ずっと長く抑え込めるようには出来ていなかった。

 これも処理を急いだ結果だ。異世界に落ちた諸星は封印処理が甘くなっていることに気付かず、そのまま新たに購入した金庫の中に入れたままだった。


「――――おい!」


 だから、こうなったのは全て自分の責任なのだ。

 ある日を境に巡は帰って来なくなった。二日や三日であれば然程気にしなくとも、流石に四日も五日も居なくなるのは諸星にとって問題だ。

 彼の職場にも赴いて仕事に来ていないことも知り、何か手がかりがないかと家中を探し回って金庫の中身が空であることに気付いた。

 三つのダイヤル錠に二つの鍵。二つの鍵は諸星が肌身離さず持ち歩いていた筈なのに、そんなことなどお構いなしと言わんばかりに全てのロックは何故か傷一つ無く開かれていた。

 そんな超常現象が普通に起きて良い筈が無い。であればそれは、やはり元の世界における出来事と関係していると見るべきだ。

 

 探した。気が抜けていた自分を只管に罵倒して、何時の間にやら降り始めた雨の中を走り続けて。

 平和な時間なんて長くは続かない。そんなことは元の世界で嫌という程に経験していた筈なのに、怪物の脅威が無いからと何故か安穏とした日々が続くことを当たり前のように思ってしまっていた。

 故に、そう。これは確かに諸星という人間が犯したミスだ。他の誰が擁護したとしても、彼は自責を止めることはしない。

 息を切らせながらも走り続けて、諸星は人通りの無い公園に辿り着いた。

 それは彼が死ぬ間際に横になっていたベンチのある公園であり、特に何も考えずに寄っただけの場所だ。


 しかし、そこには諸星の見知った背中があった。

 地面には開かれたアタッシュケースが置かれ、自身が濡れ放題になっているのを気にせずに無言で立ち尽くしている。

 その姿はやはり普通ではない。メンタルにダメージを及ぼすような出来事も思い至らなかった彼は、だからこそ警戒を抱きつつ近付く。

 何をするにしてもアタッシュケースの回収は前提だ。そこから不足分を回収せねば、元の状態には戻らない。

 

「何を……何をしているんですか!?」


「――――ああ、諸星さん」


 怒気を抑え付けた所為で震えた声が公園に響き渡る。

 突然の声に巡は肩を揺らし、ゆっくりと振り返って彼を見つめた。夢の中に居るように声は朧気で、現実に確りと立っているようには見受けられない。

 手には一枚のカード。他の多数のカードが地面に散らばっている中、唯一巡はそのカードを持っている。

 それは数字ではない。ジャックでもクイーンでも、ましてやキングですらない。

 他のカードの中で、元の世界でも一切の反応を示さなかった例外。諸星やその上司ですらも解析が遅々として進まなかった最も不気味な存在。

 道化とも死神とも表されるジョーカー。最強とも最弱とも評価出来ない異常のカードは、この瞬間に巡を選んだ。


「諸星さん、酷いですよ。 こんな凄い物を持っていたなんて。 ……こんな物があれば、世界を幾らでも変えることが出来ますよ」


「そのカードから手を離してくださいッ。 それは危険な物なんです!」


「危険? ――こんなに可能性を見せてくれたのに?」


 ジョーカーの能力は誰も知らない。

 一度も本性を見せず、であれば今この瞬間に何が起こるのかも定かではない。

 夢現の意識の中で恍惚の表情を浮かべる巡の姿は麻薬中毒者そのものだ。他者の欲望を刺激する代物である以上、恐らくは巡の頭には理想の景色が浮かび上がっている。

 それが出来ると理由も無しに確信させられ、最後の枷を外すのだ。ならば、結末がどうなるのかなんて解り切ったことだった。


「出来る……私なら出来る……。 夢を、皆が笑顔になれる未来を……私が作るんだ」



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