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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第百二十四話】博士、善意が生まれた瞬間を知る

 何が悪かったのかを辿れば、巡の両祖父母が元凶だ。

 彼等が強行に子作りを求めたからこそ、未だ地盤の確りしていない両親達は無理に子供を作って亀裂を走らせてしまった。

 この時点で父親と母親が自身の親に反抗していればまた違った結末があったのだろう。親子とは決して浅くない因縁を持つものだが、それでも全てが良好な関係を築けるものではない。

 合わないのなら合わないなりに離れて暮らすことも選択としては有りだ。それが出来なかったのは、一重に金銭的問題が関わっている。

 父親は仕事を何よりも生き甲斐に感じていた。趣味の時間も持たず、会社の付き合いで飲みに行く以外で外食に出ることもなかった。

 そのお蔭で金は貯まる一方だったが、そんな人間は極僅か。彼の両親は金使いが荒く、多額ではないものの借金を持っていた。

 

 母親の場合はそもそもの金を親に握られている。

 昔からの洗脳めいた教育によって金に関する権利の全てを母親は持たず、けれど彼女金に関して不幸になることはなかった。

 それは彼女の両親が金を生む金の鶏を多く有していたから。

 有力な会社を持ち、才能溢れる若人を多数取り込む算段を付け、自身もまた経済以外にも口が利く立場を持っている。

 世の中は法や倫理で回るものだが、しかし全てがそうである訳ではない。

 時には悪を良しとすることも求められ、警察の人間と協力して意図的に反社会的な行動を取ることもある。

 母親の両親は決して悪党になることはなかった。悪を以て悪を制することも是として、社会の流れに停滞の余地を与えぬようにしている。

 

 故に、この悪夢の切っ掛けは母親の両親が急速に昇進していく父親を見つけたことにある。

 突き詰めた努力の結果。

 時には他部署からの妨害を受け、それを跳ね除けて父親は確かにとある会社で躍進していた。

 五年だ。五年程度の時間で一般社員が会社を代表する人間の一人に数えられたのならば、同界隈の中では噂になるのも必然。

 父親は他の会社の社長達とも積極的に益のある話を繋げ、最後に母の両親が関わる会社の幹部と仲を深めていっていた。全ては金の為ではなく、この仕事を長く続けたいが為。

 遊びすらも眼中に無い姿勢は、成程経済界の人間であれば欲しくも感じるだろう。

 

 だから欲した。だから奪った。だから縛った。

 金を使って、女を使って、子供を使って。父親側の両親は心配の二字を並べてはいたが、やはりその心中には金による悪意が存在していた。

 破綻は必然だったのだ。子供が生まれればこれまで通りの生活は出来ず、どうしても変化を余儀なくされる。

 そして父親は変化を嫌っていた。母親は変化を望んでいた。

 その意見の違いが、ネグレクトや母親の浮気に繋がってしまったのだ。


「――母が消えた時、父は酷く安堵した顔をしていました。 これで邪魔な奴が一人は消えたと」


 呟くように放たれる巡の言葉に、諸星は何も言えなくなった。

 政略結婚。今ではもう古臭い考えのそれは、しかし大物の家系では有り触れた話ではある。

 金持ちは羨望の的にされ易いが、その金持ちとて決して楽な道を用意されているばかりではない。親の言いつけによって好きでもない人間と付き合いを強制され、まったく会ったこともない人間と結婚させられることもある。

 巡の一件はその中でも最悪な部類だろう。結婚生活が上手くいかなかったことは勿論、最終的には完全な破綻を迎えた。

 彼等の両親が崩壊した家庭を見て何を思ったのかは定かではないが、今此処で巡一人の生活をしている時点で碌な考えを持ってはいないだろう。

 

「その父も仕事のし過ぎで病気が発生していたことを知らず、知った以降も仕事を最優先にした所為で手遅れになりました。 最後には職場で倒れてそのままという形です」


「…………」


「昔日ではこれが家族なのかと絶望したものでしたが、今ではそうではないと解っています。 父は単に自分の欲を満たしたいだけの畜生で、母はそんな父に食い物にされた無知な人だったのです」


 息を吐き、机の上に置いていた袋から飲み物を取り出す。

 何の味も無い水のペットボトルの蓋を開け、そのまま半分までを一気に飲み干した。

 

「……私は、私はそんな無知と畜生から生まれました。 人の悪い面をこれでもかと直視させられ、今でも人を信じることは出来ません」


 語る姿は老人のようだった。今にでも折れてしまいそうな枯木であり、そんな姿に諸星は同情せずにはいられない。

 両親は世間体を気にして子供へのネグレクトを隠し、巡は悪意を直視させられて人を信じることが到底出来なくなった。

 二つの要素が巡の孤独を深め、しかしある日に彼は出会いを果たした。


「ですが、仕事をしている際に本当の善人を見ました。 仕事を手伝ってくれて、御飯を奢ってくれて、葬式にも顔を出して私の代わりに泣いてくれる人が。 親がどうういう人間かを教えていなかったので私が泣かない理由を誤解していますが、その誤解も決して悪い方向ではなかったのです」


 それは今働いている職場の上司だった。

 丁寧に仕事を教えてくれて、積極的にコミュニケーションを取ってくれて、困った事態が起きれば何も要求せずに手を差し伸ばす。

 これまでの親達とは違う、胸を暖かくさせてくれる人間だ。相談にも嫌な顔一つせずに乗ってくれたのだから、そんな人間の周囲に人が集まらない筈がない。

 その人物の周りは笑顔が溢れていた。今時珍しいくらい、他人同士でありながらも笑いに包まれている。

 強烈に憧れた。いや、憧れた程度では済まない。――これは最早、執着と呼ぶものだ。


「希望を感じずにはいられませんでした。 その人にとっては当たり前の行為であっても、私のような者には救いです。 暗い境遇の人間ほどあの魅力には抗えない」


 巡が憧れた相手には無数の好意が集まっていた。

 その殆どが彼のように境遇に暗いものが落ちている人間だったが、件の人物は好意そのものを理解はしつつも全て気にしない形で回している。

 気にする方が失礼だと感じたのだ。好意を向けてくれる事実を大したことではないと断じてあげるのではなく、受け止めた上で見損なわれないよう感謝と共に態度で信頼を返す。

 悪とは正反対の正義の姿は、それ故に増々の好意を集めた。そして自然、各人の中には自分もと実践してみようとする意識が芽生えた。

 

「誰かを助ける。 誰かを掬い上げる。 私のような人間には難しいですが、しかし同時にそれを成し遂げれば自分は変われるかもしれない。 あの畜生や無知とは違うのだと」


 故に今回、巡は諸星を助けた。

 偶然の状況でスマートに出来た訳ではなく、助けると語るには些かに打算の割合が大きいが、それでも巡の行動は善意あるものだ。

 諸星は彼の行動を否定しない。少々無防備に過ぎるとは思うも、それは確りと教える人間が居なかったからだ。

 ならば、それを教えていけばいい。他でもない、助けられた人間が。

 

「……訳は解りました。 少々無防備が過ぎると思いますが、それは貴方があまり自覚していないからでしょう。 これからはそれを知った上で行動した方が良いと、先ずはお節介として言わせてください」


「はい。 よくよく考えてみればホテルにでも泊まらせるべきでしたよね」


「そうですね。 けれど、善意ある行動なのは事実です。 ――そして現状、私はその善意がなければ生きてはいけません」


 打算が混ざった善意を人は偽善と呼ぶ。

 それは一見すると悪く言われがちであるも、巡が抱くのは自身への変革だ。元の真っ当な人間に進化することを目指しての行動であれば、それを諸星が否定することは出来ない。

 更に言えば、諸星自身の命は彼に握られているようなもの。次のお人好しに出会える確率は一体どれくらいかを考えた時、彼の選ぶ道は一つしか残されていなかった。

 

「お願いがあります。 ご迷惑をおかけしてしまうのを承知で、私を助けてください」


 大の男が、情けなくも頭を下げて願う。

 これは巡自身が不安を抱かない為のものだ。自身のやったことが全て駄目だったと考えさせない誘導である。

 巡はそれを、確りと見抜いていた。見抜いていた上で、己の内から生まれる暖かい感情を表情に浮かべる。


「勿論です。 出て行きたくなるまで居て良いですからね」


 顔を上げた諸星が見たのは、年不相応なまでに父性に満ちた微笑だった。

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