【第百十九話】その男、異世界人と語り合う
世良が用意した部屋は倉庫街ではなかった。
倉庫街の傍にある新品同然のビルの一階。そこは嘗て会議室として使われていた部屋だったようで、内部には修復されたホワイトボードやパイプ椅子と机が綺麗に揃って置かれていた。
一喜が周りを見渡してみるが、中に蜘蛛の姿は無い。入口は一ヶ所しか存在せず、仮に脱出するのならばビルの外側に取り付けられた窓を破るしか方法が無い。
着装をすればその限りではないものの、世良や博士達と接する距離が思いの外近かった。
これでは着装する前に相手の妨害が先に来てしまう。それ故に、一喜は案内された部屋の中で一番に窓を背にした椅子に座る。
露骨な態度にオールドベース側は何も思わないでもなかったが、現状において一番人員が多いのはオールドベースだ。
この場を用意した世良達とて他に居るのは話を聞いていた十黄くらいなもの。瑞葉は居らず、他に子供を任せるとしたらどうしても烈と立道になってしまう。
そしてオールドベース側で席に座ったのは博士一人。他の隊員達は周囲の壁に並び、さながら富裕層を守るSP達を想起させられた。
「さて、場を用意してくれた世良殿には感謝を。 きっとこの話は長くなってしまうだろうからね」
「別に構いはしないさ。 例の異世界云々についても知りたかったからね」
「俺もその点は同じです。 にわかには信じ難い情報ですが、しかし大藤さんも貴方も互いに解り合っている。 ……場を提供した以上、知るべき権利はあるでしょう?」
「勿論だとも。 ただ、そこに居る我等の恩人になるかもしれない人物からは直接聞いてはいないのかね?」
「聞いたさ、勿論。 聞いた上で、それでも私達は信じ切れない。 オカルトなのは当然だとして、アイツは何も証拠を見せなかった」
博士の目が一喜へと向けられる。
そこに込められた僅かな疑問に、彼は肩を竦めた。
「躍起になって信じさせても意味などない。 やるとするなら、本当に価値のある人間に対してだけだ。 もしくは……絶対に裏切らない存在にだな」
「成程、納得だ」
博士もまた同様に肩を竦め、彼の言い分を理解した。
オカルトを信じさせるのはあまり難しいものではない。疑心を抱く者達にそのまま不思議な現象を見せてやればいいし、何なら経験させてみてもいい。
衝撃的な経験とは、それだけで根底の価値観を壊すことに繋がる。一度有り得ない出来事を経験すれば、不可思議に対する理解度は急激に上昇するのだ。
しかし、それはつまり情報漏洩の危機である。自身というストレージから外部のストレージにデータを送り、それを無関係な者達に奪取される可能性を孕む。
情報が有益であればある程、希少性が高ければ高い程、それは誰もを魅了する極上の価値を有する。
ならば、確実に彼等は辿り着く。その情報の源泉へと。
一喜が危惧するのはそこで、そしてオールドベースとしても危惧している部分だ。
博士が齎した技術は全てではないにせよ、莫大な益を組織に与えた。
完全ではないにせよ超効率的な食料の生産方法に、怪物からの攻撃を辛うじて数発は耐え切れる建造物の建築方法。
極めつけはメタルヴァンガードそのもの。対怪物に向けて提供した技術は設備が比較的不足している状況でも出来る超技術の類だ。
交渉として使えるのは勿論、単純な武力制圧としても怪物に対して一定の戦果を叩き出すことに成功した。
その結果によって東京のように一部自身の設備で生活が出来ているような場所と協力関係を結ぶことに繋がり、人類の守護者としての地位を朧気ながらも築くことになっている。
博士が絶対に外部に技術を与えなかったからこそ出来上がった環境。
何よりもオールドベースを優先し、そこに属する者達も自身の優位性を少しでも保ちたいが為に秘密を守り、結果的に秘密組織のような集団に落ち着いた。
大々的に行動することは即ち、怪物以外の危険な勢力から狙われる要因となる。
東京を管理する政府の重鎮達もそれは解っているのか、暮らしている人々には地下で製造された分を供給している話になっていた。
「君も私も、元の世界での技術は此処よりも優れている。 その一部分を持ち出すだけでも不要な輩が近付いてくることだろうね。 特にこの街の傍にはキャンプがある。 何処で漏れるか解らない以上、何も言わないのが得策だ」
「理解が早くて助かる」
「有難う。 ――その上で、君に願いたい。 似た技術を持ち、似た常識を持つ私と手を結んではくれないだろうか」
互いに納得出来る常識を有している。
それが解った博士は、流れるように本題を口にした。
突然の言葉に誰もが即座に言葉を発さず、数秒の間沈黙が流れる。一喜は博士を見つめ、博士もまた一喜を見つめた。
「……オールドベースと、ではないんだな」
「ああ。 彼等の価値観は、やはりどうしてもこの世界のものになっているからね」
一喜が抱いた疑問に、博士は朗らかに答える。
異世界から此方に来たのはオールドベース側では博士のみ。博士は元の世界の価値観を未だ有しており、時折オールドベース側の価値観と合わないことがある。
「君と同じかは解らないが、私の世界のオールドベースには一つの社訓とでも言うべきものがある」
「――生ある限り、希望を灯せ」
「!?ッ……ふふ、その言葉を私以外から聞いたのは久し振りだ。 そう、それだよ」
僅かに目を見開いた博士は、次の瞬間には遥か過去を思い返すように天井に顔を向ける。
一喜がそれを知っていたのは単純に番組を見たからだ。主人公が組織を案内される際に説明された部分の中に件の話が含まれていたのを彼は覚えている。
何時何処で使うかも解らない内容だったが、まさかこんなところで使えるとはと内心で安堵し、次いで過去に思いを馳せている博士を戻す為に咳払いを一つした。
懐かしい過去を思い返すのはこの後でも構わない。一喜はなるべく早めに話を終えようと積極的に口を動かすことにした。
「昔を懐かしむのは後にしておけ。 それよりも俺の返答だが、まぁ答えとしては否だ」
「理由を聞いても?」
「単純に信用が出来ない。 俺達の世界とはまた異なる世界から来たのは解るが、それだけで理解し合えるとは普通思わないだろ? お前が此方で作ったオールドベースとて生活の為の技術はあっても、怪物から身を守れる程の力は無い」
「耳が痛い話だね。 対抗するだけの力を得ることには成功したが、次を作る為の材料は未だに不足している状態だ。 もしも我々の本部と同様の設備を求めるなら、それは無理だと言わざるを得ない」
博士の頭の中ではこの時代では絶対に作れない技術の数々が入っている。
材料と設備さえあれば作れるそれらは、しかし今の状況では足りるだけの資源を準備出来ないでいる。
まだ比較的材料を用意し易かった昔ならばいざ知らず、現在では多くの人間が諦観の沼に沈んでいる状態だ。
オールドベース内でも原材料の生産を細々と続けてはいるものの、やはり最優先が食料である以上はどうしたって限界がある。
そして、生産された資源の殆どは戦闘で損壊したメタルソルジャーの修理に消えていく。
よって、新しい街に本部と同様の設備を新たに作ることは出来ない。それを手を結ぶ条件とするのであれば、残念ながら博士は否と答えるしかないだろう。
「不足が続いた所為で新しい力を用意出来ないのなら、現在の状況を保つので精一杯……いや、寧ろ徐々に悪化しているんじゃないか? そして、その不足している分を補うには俺と手を結んだ方が手っ取り早い。 俺達のメリットは精々、住みやすい場所の提供と周辺との話し合いを円滑にしてくれることくらいか」
「悪い話では……正直あると思う。 私達で用意出来る物は用意するが、全てを成すにはどうしても根本的な問題が解決していない。 それが達成されるまでの間は君に守ってもらうしかなく――」
「――ああ、いい。 その辺は話を聞いて此方も理解した」
彼等が提供してくれる内容は、一般人であれば諸手を挙げてとは言わずとも歓迎したい内容だ。
この世界で平穏無事に過ごせる時点で幸運であり、故に博士が語る程に悪い話であるとは一概に言えない。
けれども、安心出来る場所に住まわせる条件にメタルヴァンガードを要求するのは流石に対等とは言えなかった。
かといって博士自身が差し出せるものはあまりにも少ない。残りの部分は将来的な支払いをと無謀な賭けに出ようとして、それを一喜は遮った。
解っている、解っているとも。一喜は博士の様子から自身とは違って帰還出来ないのだと解ってしまった。
今までメタルヴァンガードが傍にあることが当然といった世界からそれが無くなり、新しい世界には怪物の要素だけが残される。
何としてでもメタルヴァンガードを作ろうとしただろう。何としてでも残していた分のベルトを死守したかっただろう。
けれどもそれは失敗して、残るは残滓ばかりとなった。
博士はメタルヴァンガードを欲している。そして同じくらい、怪物を倒すことに必死になっている。
賭けに出なければならない程に一喜の視界に入る男は焦りを抱いていた。――そこにはやはり、彼が話していない部分が関わっているのだろう。
「信用出来ない理由はもう一つある。 あんた、隠していることがあるな? 出来れば話したくない部類の」




