【第百十八話】その男、最後の軍と出会う
一番前に進み出た人物は一喜の思っていた以上に渋い声の持ち主だった。
十数人の同じ格好の者達は男の言葉に合わせて何かを言う真似はせず、基本的に会話のほぼ全てを任せているようだ。
それはつまり今声を発した人物こそが集団の責任者になる訳であるが、一喜は一先ずそれを脇に退かした。
「確かに俺が大藤・一喜だが……」
訝し気な声を隠さず、その上で相手を警戒させる目的でジャケットの内ポケットに手を伸ばす。
大藤・一喜の名が出て来た時点で相手は普通の組織人ではない。かといって世良達と会話をしていたことから怪物側であるとも断言出来ないだろう。
となれば、他に一喜が知る中でその名を知っている組織は後一つ。この予測が正しいことを証明するが如く、男は安堵の息を露骨に漏らした。
「――ああ、それは良かった。 私は君に会いたかったのだ」
フードの部分をゆっくりと男は外す。
中から現れたのは白髪で、しかし若い見た目の男だ。けれども年齢相応とはとてもではないが思えず、老人のような雰囲気に違和感を抱かずにはいられない。
「突然で申し訳ない。 私はオールドベース所属の博士であり、技術者だ。 その意味は君にならとてもよく解るだろう?」
「……! それは」
オールドベースの予測は当たっていた。だが、それよりも重要なのは眼前の相手が博士と技術者を同時に担っていることだ。
どんな組織にも一定の技術者と呼ばれる人間は居る。流石に博士と呼ばれる人間は限定されるが、オールドベースに所属している以上は彼の役割は一つしかない。
即ち、怪物を打倒することが出来る兵器の製作。
意味深な博士の態度からその兵器はやはりメタルヴァンガードなのだろう。嘗て見た一部分だけ展開された装甲の少女の姿を思い出し、ついとそれを作った人物を凝視してしまう。
「近い内に来るとは事前に部下が伝えていたと思うが、想像以上に時間が掛かってしまった。 ……まったく組織の柵というのは煩わしいものだ。 こういう部分は何処の世界でも変わらなくて大変だよ。 君もそう思わないかい?」
「……ああ、そうだな。 何処の世界でも面倒な部分は面倒なままだ」
博士の発言に警戒させてやろうと考えていた一喜の方が警戒度を引き上げた。
メタルヴァンガードのような兵器を作った人物がメタルヴァンガードを知らないというのは有り得ない。
形状そのものは一喜が確認したあらゆる姿とは異なるものの、カードの装填方法や使用に関しては完全に一致していた。
それらの証拠が揃えば、目の前の博士こそがこの世界に最初のメタルヴァンガードの技術を持ち込んだと考えるのが妥当だろう。そしてそれは、一喜とは異なる世界からの来訪者であることも意味している。
原作のように進んだ世界なのか、原作とは異なる道を進んだ世界なのか。
「良かった。 どうやら君も理解ある人間だったようだ。 ……それだけに、以前の件は業腹だったろうね」
「もう終わった話だ。 警戒自体はしていたが、かといって過度に激昂しても双方の理にはならない。 何らかの理由があったと考えるのが利口だ」
博士は随分と申し訳なさそうな顔をしている。
それが嘘であるかどうかは一喜には解らないが、話を進める為にもここで溝を深くさせてしまうべきではない。
怒りが無いと言えば嘘になる。理不尽な目に遭わされたのだから、寧ろ不満を口にしない者の方が少ないだろう。
「……理解してくれて有難い限りだ。 既に部下については処罰してある。 現時点ではメタルソルジャーの使用権限も無い。 万が一勝手に動かすのであれば、その時点で処刑の対象だ」
「そう、か。 であれば即座に攻撃される恐れは無いと?」
「他の使用者や上層部には特に厳しく不戦を頼んでおいた。 ついでにちょっと脅迫もしておいたから、まぁ直ぐに襲われることはないと断言しよう。 此方ではそれなりに地位は高いからね」
博士は事もなげに語るが、彼がそれを成し遂げるのは簡単ではなかっただろう。
如何に地位が高くとも、相手は怪物を短時間に次々撃破するような存在だ。しかもそれが嘗ての英雄と同じ名前をしているともなれば、異世界の事情とも合わせて確実な捕縛を目指したいと考える。
博士の背後に並ぶ集団も護衛としての役割以外に捕縛目的でもあるのだろう。彼等はまったく不動の姿勢で二人の事の成り行きを見つめてはいるものの、流れが悪くなれば実力行使に出ないとも限らない。
脅迫だけで相手が素直に従うとは考えるべきではないし、その強引さは寧ろ反発を招く要因だ。それは博士自身も理解している筈だと、一喜は内心で相手の状況を推察する。
「――で、そろそろ本題に入ってほしいのだが。 此方とて暇ではない」
「解っているとも。 だがその前に、先の戦闘の結果はどうだったかね?」
「黒幕とやらが出て来たが、話をしただけで勝手に撤退したぞ。 死者は敵側の怪物二名だ」
「それはそれは……」
顎に手を当てる博士を他所に、不動のままである集団の目が一喜の言葉に疑念に変わる。
黒幕。そう呼ばれる相手をオールドベースの人間は知っている。いや、当時の侵略を知っている各国上層部であれば誰であれ掴んでいる情報だ。
常に守られ温和な態度を崩さない、一見すると強いとは思えない風貌をした人物。
殺そうと思えば殺せてしまいそうな姿をしているのに、どうしても一度も殺害に成功しなかった怪物の首魁。
それが目の前に居る状況でまともな会話を繰り広げることは本来であれば不可能なのだが、一喜達はそれをしたという。
信じられるものではないし、傍に居るであろう相手の護衛が睨みを利かせて口も動かせぬ筈だ。
されど、彼等に発言の権利は今は無い。
疑念を表出させはしても行動に移さず、博士もまた彼等の状態を察してはいても指摘するつもりはなかった。
そんなものはどうでも良いのだ。
黒幕が出て来たかなど些事。重要なのは戦闘の結果によって一喜達が大きな怪我も負わずに此処に姿を現したこと。
戦闘音は少し前から聞こえて来ていない。相手が探す轟音の類も聞こえないことから死亡したという言葉は正しく、尚更メタルヴァンガードが自身の知る物と同一であるかもしれないと期待させられる。
だから、何としてでも繋がりを作りたかった。これがラストチャンスになるだろうと漠然とした予感も抱きつつ、感嘆する想いも胸に口を動かす。
「その言葉を疑問に思うことは私には有り得ない。 故に、私は君達と良き関係を築きたい。 これが本題だ」
「良き関係……」
本題については一喜の予想の範疇だ。
メタルヴァンガードを知っていれば必ず確保したいし、それが出来なくとも敵対はしたくない。
特に直にメタルヴァンガードの性能を知ることが出来る博士クラスの人間であれば、ただの一般人よりも出来る範囲を理解している。
良き関係。それはつまり、一喜達の勢力とオールドベースが結びつくこと。
協力関係、同盟、突き詰めれば運命共同体。
この人類共通の危機を前にして、組織的な利益よりも安全を最優先にして手を組まないかと博士は告げている。
「君達の武力はこの世界の何処よりも強力だ。 対怪物としても十分に有効であり、それは君も理解しているだろう。 尤も、異なる世界同士である我々ならば当然ではあるが」
「まぁ、な。 寧ろこれが通用しないようだったらもう逃げるしかないだろ」
「違いないね。 何とかこの世界でも再現をしたかったが、それを成す為の資源がそもそも乏しい。 技術の進歩も遅く、私が開発したあらゆる設備はこの世界ではオーバースペックにもなっている。 ……この世界の人間が負けるのも道理だよ」
「それでも生き残るなら戦うしかない。 なら――」
「ああ。 ……そこの少女よ、悪いが君達の住居に座れる場はあるかい?」
話が長くなるのは確定だ。一喜としてもオールドベースの情報を知ることは大事であり、向こうは向こうで離したくはないと必死になっている。
一喜と博士の視線を受けた世良は暫し空へと目を向け、やがて頭を掻いて二人に視線を動かす。
「あんたらの会話に私達も混ぜろ。 それなら良いぞ」




