【第百十七話】その男、イベントに襲われる
闇のような空間が広がっていく。
ルネサンスは穏やかな笑みを浮かべたまま踵を返して闇へと歩んで行き、僅かに遅れて睨みを利かせていた女王が闇へと沈んでいく。
死体は放置したまま。彼等にとっては死んだ者などどうでもいいのか、どのように一喜達が扱っても黙認する気なのだろう。
やがて二人が完全に姿を消した後に闇は閉じられ、辺りに沈黙が流れる。
本当に彼等は帰ったのかを一喜や望愛はセンサーを全開にして探り、五分程調べた二人は顔を向き合わせて揃って息を吐き出した。
ベルトからカードを引き抜いて着装を解除した一喜は傍の瓦礫に座り込み、望愛は何処かに座る余裕も無いのか地面に倒れるように尻を付ける。
疲労感が二人の全身に重く圧し掛かっていた。メタルヴァンガードを運用する為の肉体作りをしていない現状、一時間や二時間でも着装し続けることは危険だ。
予め覚悟していたお蔭で一喜は気絶までは陥っていないが、あそこから更に戦闘が行われれば最中に気絶していた可能性が大いにある。
連戦をするならば一喜が休んでいる望愛に戦ってもらうしかない。しかし、その望愛も二回目の着装による戦闘で体力の殆どを持って行かれている。
彼女は一喜以上に根本的な体力が不足していた。その所為で耐え切れる時間も少なく、一喜が復活するまでの時間稼ぎには適さない。
彼女はそれを今回の一件でよく理解させられた。弱めの化け物相手であれば精神的に追い込んで勝ちの目を拾うことは出来るが、あの女王のような存在相手ではとても勝てそうにない。
ましてや黒幕であるルネサンスを殺すのは女王よりも不可能だろう。あれが女王よりも弱いと考えるのは難しく、根本的な肉体改造を彼女は疲れた頭で決意した。
「はぁ……基地を作るぞって言った傍からあんなのが来るとは」
「そうですねぇ、周りの建物ももっと壊されてしまいました。 中で修復作業をしていた蜘蛛もかなりの数が壊されたでしょうね」
地面に座り込んだ望愛が周りを見れば、二ヶ所の戦闘の所為で多くの建物が瓦礫の山に成り果てている。
よくよく見れば瓦礫の中には黒い部品が見え、それらが元蜘蛛だったことが解るだろう。
購入してまだまったくと時間が経過していない。それなのに追加で購入せねばならないとなると、今後の生活に不安しか抱けなくなった。
ルネサンス自身は此方の土地に手を出す真似はしないと宣言したが、それとて明確な証明書がある訳でもない。そもそも、人の道理を無視する連中に証明書の類が効力を発揮する可能性は皆無だ。
相手の言葉には何の力も無いのである。よって、これからも一喜達はあの化け物達と戦うことを念頭に置かねばならなかった。
「少し休憩した後に周りの様子を見よう。 安全の為、二人一緒に行動するぞ」
「解りました。 ……ああ、そういえば」
出来ればこのまま元の世界で寝たいところであるが、周りの変化がどれほどのものかを確かめておかねばならない。
それが済んだ後に基地内を一時的に放置して家に戻って今日はそのまま寝ようと一喜は決めた。
望愛もまた同様の意見であるが、今この場には無視出来ない存在が一人居る。
彼女は未だ地面で転がったままの瑞葉に指を向け、あれをどうしましょうと尋ねた。
一喜は指の先に居る瑞葉に眉を顰めるも、そのまま無視をするのも関わった手前具合が悪い。
今どうなっているかも定かではない世良達の印象を悪化させるのも得策ではないだろう。
「……先に回収して無事な建物の何処かに放り込んでおけ。 見回りを最優先だ」
「そうですね、処理をしておきます」
手厚い扱いをする気は無い。両名は一時間程休憩を挟み、ゆっくりと活動を再開した。
瑞葉を新しく建造中の拠点に運び込み、その足で見回りに動き出す。
望愛は物資が置かれている場所にある自分のバッグからメタルヴァンガードの腕部着装アイテムを取り出し、数枚のカードを追加でポケットに捻じ込んだ。
着装は今は出来ない。その上でカードの力を引き出すにはこのアイテムや武器を直接持ち出すしかなく、彼女はその中で武器を持ち出す真似はしなかった。
振り回す余力が無いのに武器を持って来ても邪魔になるだけだ。これは一喜も同じであり、短く準備を終えた二人はそのまま別方向へと足を向ける。
範囲は瓦礫の山となった箇所全て。
戦闘範囲内となった場所は見事に瓦礫の壁を形成し、道を遮る高さは小さくとも二mは優に超える。
中には道具を使わねばならぬ程の高さにまで積み上がった山々も見受けられ、商業施設に繋がるルートはこれで見事に遮断される形となる。
一喜の拠点とキャンプへの道もこれで同時に塞がったようなものであり、少なくとも何の道具も無い人間が登ることは難しい。仮に腕力で登れたとして、全身に少なくない傷を負うことになる。
飛び出たコンクリートの基礎や鋭利な瓦礫を見やり、これはこれで壁として使えるなと一喜は放置を決めた。
「どうせ俺達の居る方向には大した物は無いんだ。 これを見て漁る連中も諦めるだろうよ」
足音が聞こえる様子は無い。
建物の近くには赤い液体が広がる肉塊が幾つか散見され、そのどれもが逃げ遅れたキャンプの人間であろうことは想像に難い。
犬や猫といった動物の気配すらもない現状、この死体達は腐敗集を撒き散らしながらバクテリアに分解されていくのだろう。
願わくばなるべく早く無くなってくれと胸で思いつつ――不意に聞こえた四足動物の足音に顔を動かす。
「お前……」
瓦礫の山の上から姿を現したのは機械の犬。
ブレイジングドッグのカードを用いることで稼働する世良達にあげた犬は、彼を視界に収めた瞬間にその横へと飛び降りた。
そしてズボンの一部を千切らない程度に噛み、何処かへと引っ張る。
その強引さに一喜は困惑するものの、命令を与えた誰かについては直ぐに見当がついた。
「付いて来いって命令したのは世良か?」
「……」
ズボンを噛みながら頷く犬の姿にやはりと同様に頷き、解ったとだけ返す。
噛む動作を止めて犬はゆっくりと前へと先導し始め、一喜は背を追いながら一体何の用だと少々の苛立ちを覚える。
今はそちらに構っている余裕は無い。瑞葉とて邪魔に感じているくらいなのだ。これで追加で何か起きているのなら、厳しい言葉の一つや二つ出ても致し方あるまい。
相手とてそれは理解している筈だ。特に世良は一喜が無茶をして倒れていた姿を実際に目にしている。
強引な真似をするならもっとタイミングを選ぶ。ならば、今がそのタイミングなのだと彼は待ち受ける何事かに内で身構えた。
瓦礫の山の所為で通れなくなった道を大きく迂回し、目的地まで三倍の時間を掛けて倉庫街周辺に到着。足が悲鳴を上げる中でそれを無視しつつも、流れる汗に不快感を覚えながら周囲に視線を巡らせる。
此処に来たのは少し前が最後だが、幾分か違いが見受けられた。
先ず第一に綺麗な建物が増えている。蜘蛛の努力によって内装に至るまで完璧に修復し、後は電気や水道が問題無く使えれば元の建物としての機能が復活するだろう。
そして更に、浮浪者の数が目に見えて増加している。
元は一人も居なかったような場所にも関わらず、今では綺麗になった建物を拠点として生活をしているようだ。
住人はほぼ全てキャンプの人間だろうが、世良達が何の対処もしていない時点で追い出し等はしていないと見るべきだろう。
そんな状態で食料だけを貰いに動いているのであれば相手にとっては業腹ものだ。少なくとも二度と食料を渡したくないに違いない。
住人となった者達も漠然とそれは承知している筈だ。それでもなお、この建物での暮らしを是としているのは単純に住居性能が段違いだからである。
襤褸のテントと綺麗な建物。果たして住むならばどちらを選ぶかという話だ。
「――んで、あれが俺を呼び出した理由か」
そのまま歩いていき、倉庫街の入り口で一喜は理由を見つけた。
世良と十黄達が会話をしている黒い外套を身に纏った集団。彼等は近付く一喜に気付き、同様にゆっくりと接近していく。
見る限り、外套の所為で顔や服を確認することは出来ない。その代わりとして腰に武器と思わしき出っ張りの姿を視認し、警戒感を高める。
出っ張りのサイズは大小様々。無い者も居れば露骨に大きく長い物を携帯している姿も確認出来る。
両者は十歩の距離で止まり、先頭の人間が半歩前に進んだ。
「失礼。 貴方が大藤・一喜様でございますか?」




