【第百十五話】その女、真の怪物と相対する
望愛はモニターに映る結果が正しいのかと疑った。
楕円の闇の中から出現したのは二体。片方は女の形を捉えているが、声を発した人物は不明としてモニターは表示している。
加え、望愛の目から見てもそれが人であるかは解らなかった。人の形をしているように見えるのに、彼女の頭はそれが人間であると断定出来ないのだ。
影は一歩を踏む。そして、傍に居た黒一色の簡素なドレスに身を包んだ女は負傷している味方の筈の女性に鋭い目を向ける。
羽根を焼かれた女性はその目に怯えた。酷く深く、侍る女に恐怖を抱いて止められない。
「無様」
『――』
初めて発した女の言葉は氷であり、絶命への死刑宣告。
何かを反論する前に怯える女性の背後に一本のライフルが出現し、誰かしらが反応を示す前に爆音と共に引き金は押された。
吐き出された弾丸は女性の皮膚を突き破って骨と脳を貫通するだけに終わらず、首から上全てを吹き飛ばす。
引き千切られるように宙を舞った頭は拉げ、最初に出会った頃のような美しさはそこには無かった。
スプラッター映画に出現する血塗れの肉塊となった頭は無造作に道路に転がり、何も反応を起こさない。怪物としての生命力すらも根こそぎ奪い、侍る女は涼しい顔で女の頭を踏み潰した。
無惨、無慈悲、無情。
先程戦った女も酷いモノだったが、これは輪を掛けて酷さが増している。
格下に対して不遜すらも無い。不要な存在に大して意識を向けることなく、塵に捨てるような感覚で女性を殺して見せた。
それが一般の人間からすれば示威行為に映ると考えてもいない。眼前の影に侍る女は本当に要らないと思っただけなのだ。
望愛には解ってしまう。彼女の過去に部下に対する非情な態度を隠しもしない取引相手の姿が残っていたから。
「御見苦しい姿を見せてしまい、誠に申し訳ございません」
――良いとも、良いとも。君が私の為にした行動に否など無いさ。可能であれば道が残ってほしかったが、囚われてしまっては何れ踏み外してしまっただろう。
女は先程までの態度を返して、影に向かって真摯に頭を下げた。
影はそんな彼女の行動を朗らかに許す。女以外の誰にも理解出来ぬような言葉を放つ様は、此処が戦場であることを忘れてしまうような陽気さに溢れている。
緊張感が無い。そも、眼前の敵を敵と認識していない。影が望愛に注ぐ視線には親愛が籠っている。
――ああ、済まないね。先の言葉は気にしないでおくれ。死に逝く者が出て来てしまった事実を残念に思っただけなのだよ。
『誰……ですか』
緩やかな言葉を聞きながら、望愛は厳しい声で尋ねる。
腰に装着した別のカードに手を添え、姿を変えた瞬間に必殺を放てるように意識を先鋭化させていく。
不気味だ。気持ちが悪い。
影が発する理由の無い愛情を望愛は心底不快に感じている。それは間違いなく、眼前の敵が彼女にとって最も嫌悪すべき対象と酷似しているからだ。
警戒されているのを感じた影はおやおやと呟き、女は僅かに意識を望愛に向ける。放たれる威圧の全てが女から出て来るもので、僅かであれども並の人間が失神するには十分な威力を伴っている。
その証拠に直接当てられた訳でもない瑞葉は早々に現実逃避をするかの如く意識を手放した。
――誰か。誰と言われれば自己紹介をしようじゃないか。私は元凶で、黒幕で、世界一運が良い男。人は私をルネサンスと呼ぶ!
影ことルネサンスは胸を張って自信満々に己の名を呼ぶ。
尤もそれは彼にとって偽称のようなもの。彼を慕う者達が名付けたが故にそう名乗っているだけの、謂わば側としての名前に過ぎない。
そして同時、彼は自分の本名を決して口にする気は無いのだと望愛は理解した。
相手は元凶。この世界を荒廃させたのは彼が発端であり、同時に多数の怪物を生み出した黒幕だ。
複数の怪物をこの街に送り込んだのは彼の意があったからこそ。慕われている様子から彼が統率しているのは確定で、ならばルネサンスそのものを倒せば統率は乱れてくれる。
とはいえ、それで望愛が攻撃をしようとすれば女が黙っている筈も無し。早々に片付ける為に動き出すであろうし、相手の攻撃を望愛が回避出来る自信は先程の一瞬で砕け散った。
『ルネサンス、さん。 貴方は一体どうしてこの場に?』
――何、単純な話だ。彼女達を打倒した君達に直接会ってみようと不意に思ったのだよ。
ルネサンスは楽し気に目的を口にする。だがそれは、一組織の長としてはあまり褒められない選択だ。
特に世界中から敵視されている現状では何処で暗殺が行われるかも解らない。今はまだ怪物を殺す手段が無くとも、何れ殺せる誰かが現れないとも限らないのだ。なるべくならば長は守られるべきであり、それは複数人で行うものである。
それでも出て来たのは、ルネサンスの知的好奇心が動いたからか。彼は望愛の鎧を上から下まで眺め、何度も首を縦に振る。
――いやぁ、懐かしい姿だ。前のそれは赤いバイザーだった気がするが、それはまた違う物なのかね?
『……これを、知っているんですか』
――知っているとも。何せ私達が私達として君臨する過程で一番の抵抗を見せた者の姿だ。あれからメンバーが変わったことで知らない者も多くなったが、今でも古参の者達は覚えているのではないかな。私の女王はどうかね?
「はい、覚えております」
ルネサンスの隣に居る女王は苦々しい表情を隠しもせずに浮かべて肯定を示す。
女王には嫌という程望愛の纏う鎧が過去の鎧と重なって見せた。下位の支配者達を打倒し、上位者達すらも撃破した人類の守護者を。
まるで世界が用意したような存在は、死ぬ最後の瞬間まで人々の安寧を守る壁として邪魔してきたのだ。
女王が本気を出したのはあれが最後だった。王も王子も守護者との戦いを最後に本気を出すような真似をせず、何故か倒した相手に敬意を抱いている。
死んだ後も怪物の心に楔を打ち込む存在。正しく不協和音を作り出す者として、女王が忌々しく思うのは然程不自然ではないだろう。
元より仲が良いとは言い難い組織ではあるも、深く干渉しない範囲であれば会話をすることも一緒に食事をすることもあった。
それが件の楔によって崩れたことも一度も二度ではなく、故に同種の者が出て来たのであれば滅ぼしたいと思うのが女王の本音だ。
「あれは何としても潰さねばなりません。 潰さなければ、我々の栄光は未来永劫に訪れないでしょう」
力強く断言する女王の言葉に、望愛は口元を舌で湿らせた。
どうして過去にメタルヴァンガードが居たのか。その謎の正体については望愛には見当がついている。そして当然、話を聞けば一喜も正体に辿り着けるだろう。
それよりも重要なのは、メタルヴァンガードがやはり対怪物において切り札になりえることだ。
今はまだ持ち主の技量が低い所為で過去の使い手には及ばない。望愛が動かしたのも今回が二回目であり、戦闘としては一喜が一番経験がある。
その一喜でも眼前の相手と互角に戦えるかは不明だ。彼とて元は平和な世界出身で、少なくとも経験豊富の兵士であった過去は無い。
――成程、では君は彼女を即座に殺すべきであると?
「ご許可がいただけるのであれば即座にでも」
意識の傾きが更に望愛に寄せられる。
奥底から滲み出る憎悪や怨嗟の密度が増していき、ルネサンスの許可が無ければ今頃は既に爆発していた。何とか引き金を押さぬように理性が本能を縛り付け、されど彼女の雰囲気がより鋭利になっていくことは止められない。
勝負が始まろうとしていた。
自然、カードを一枚引き抜く。それが一体どんなカードだったのかも見ずに、望愛の目は相手の目に留め続けている。
自身が知っている情報、相手の先の攻撃から予想出来る手札、そしてルネサンスの行動。
三つの全てを高速で思考し、極限と呼ぶべき程に意識を集中させた。
最早瑞葉のことなど意識に入らない。それどころか周囲の音すらも遠のいていき、全てが女王とルネサンスに向けられる。
その瞬間、ルネサンスは顔を横に動かした。そしておやと言葉を漏らしてくつくつと静かに笑い声を漏らす。
――縁とは実に不思議なものだ。一度切ったとしても中々終わらず、因果となって今度は目の前に現れる。
『糸口!』
ブースターの音が空に舞った。
マスク越しに聞こえた声に、糸口もルネサンス同様に空へと顔を動かす。
頼れる味方は、確かな力強さを持ってそこに健在していた。赤いバイザーを煌めかせて。




