【第百十二話】その男、少女を地獄に送る
必殺の砲撃は元が銃であることが考えられない程に殺意に満ち溢れていた。
実弾と呼ぶよりもエネルギーの塊と呼ぶ方が正しく、故にエネルギーそのものを切断出来なければ斬撃や銃弾が彼に届くことも自身を守ることも出来ない。
少女の放った斬撃も彼の必殺と同様に殺意に塗れている。風の刃が黒く見えるのは彼女の意志の現れであり、同時に現実の否定でもあるのだ。
この攻撃が通るのであれば現実は再度粉砕され、彼女の求める理想の世界こそが正しいと証明される。
反対に彼女の攻撃が破壊されるのであれば、結局は彼の言葉の方が正しいことになる。
これは譲れぬ意志の激突だ。そしてどちらかが妥協を余儀なくされる。
負けるものかと少女の目には闘志が滾り、更に数度の斬撃を発生させた。弾幕の全てを捌き切る意志を見せた少女の腕は徐々に怪物のものから離れていき、人間としての技術を発露していく。
一喜はそれをやはりと見ていた。
胸元に入った唯一の有効打は、彼女が放つどの斬撃よりも鋭さを持っている。それこそが彼女の真の実力であると想定し、必殺の為に用意した砲撃も本編時より遥かに数を増やしておいた。
余裕を削ぎ落せば人間は本当の姿を晒す。例え怪物に成り果てようとも、彼等の大元はどうしたって人間だ。
そして少女は自身が安穏とした暮らしを送る為の努力を忘れていない。否定することはあっても、あの過去が完全な悪であると断じてはいないのだ。
本能が否定するレベルで抑え込んでいないのであれば、必死になった瞬間に少女は本気を発揮する。
そして、結果は一喜の予想の通り。
弾を吐き出すことを忘れたように刃だけが飛び、砲撃に食らい付いては削り取っていく。
一直線に放たれた赤い砲撃は本来であれば力負けをすることは無かっただろう。一枚分のカードと三枚分のカードでは三枚分に軍配が上がるのは自明であり、現在の状況こそが異常極まる。
ゆっくりと、それでも確実に。
残像が無数に浮かび上がる速度で腕が振るわれ、刃が秒単位で百も二百も増えていく。
黒い嵐は自然災害を彷彿とさせた。仮にこの攻撃が街に放たれれば、此処で生活している殆どの人間が微塵と刻まれるだろう。
『……っ、っッ!!』
少女の額に汗が流れる。
怪物になってからこれまで殆ど流すことがなかった雫が頬を伝って地面に落ちた。
歯を食い縛り、激痛が駆け巡る腕を無視し、勝利へと自身のリソースを投げ込む。
このまま砲撃では消しきれない斬撃が増えれば少女は勝つ。一喜自身、銃の数を増やしても負けると確信している。
それでも、彼の表情に焦りは無い。リソースの全てを攻撃に注ぐのではなく、冷静に少女の様子を見つめ続けている。――――そして唐突に、少女の連撃が終わりを迎えた。
『――――あ』
少女の目が見開かれる。
剣を振るう腕は肩から千切れ、切断面近くの皮膚は紫に変色していた。
腕は勢いに任せて剣ごと飛んで行き、斬撃の嵐が新たに生まれることはない。押し込もうとしていた残りの斬撃も砲撃の威力で負け始め、燃料を追加で投入しない限りは勢いを殺し切ることは不可能だ。
今の彼女に新しく斬撃を発生させる手段は無い。
怪物としての限界を知らないまま本能に任せて剣を振るい、最終的には肉体の臨界を突破して崩壊を起こした。
少女は怪物としての姿を手にした時から本気を出したことがないのだ。怪物そのものの力を引き出すことはしただろうが、人間だった頃の技術と合わさった全身全霊の極致にまでは一度とて到達していなかった。
それ故に、どうしても自分の肉体が何処までいけるのか解っていない。
仮に解っていたとしても、一喜が煽った所為で冷静な判断を下すことも出来なかった。
超絶的な技術は一喜には身に付けられないものだ。才能があるとも思えず、あったとしても一喜はそれを素直に身に付けようともしなかった。
今であれば身に付ける意志はあるものの、指導してくれる相手も時間も彼には無い。
故に、それを封じないことには相手を打倒することは困難を極める。
今回はまだ大人とは言えない少女だったからこそ嵌まったのだ。感情的にぶつかり、引き出させることで余裕を削ぎ、その上で自身が持ち得ている情報から真実を導き出して勝利に繋げる。
容易ではなかったとしても、成功させねば明日は拝めない。だから彼は心を抉ることを良しとして勝負した。
『行けッ』
銃器の数が増える。
十、二十、三十、四十、五十。爆発的に空間を埋め尽くす砲台には既に赤光が充填され、即座に火を吹いた。
一度均衡が崩れたのなら、もう後は片方に傾くだけ。一気呵成にと攻め立てることで斬撃は光に飲まれ、そして呆然とした少女の全身を包んだ。
そのまま背後の壁を突き抜け、遥か彼方にまで砲撃が飛んで円形の巨大な穴が最後には完成した。
なるべく拠点からは外れるように砲撃をした為にそちらには然程大きな影響は無いが、それでもこの異常に他の怪物は気付くだろう。
様子を見に来ることで事態の深刻さを彼等も知ることになる。そうなれば真っ先に彼を排除する為に移動を開始するであろうと一喜は考え、この瞬間まで姿を現さなかった状況に望愛の姿を脳裏に過らせた。
『足止めに成功したのか、それとも今も戦ってるのか……』
出来れば勝ちを拾えずとも生きて時間を稼いでいられればそれで良い。
そう思いながらブースターを吹かして穴を突き進み、ボロボロの状態となった少女の下に着地した。
『生きてるか?』
『…………』
少女の右腕は肩口から千切れ、鎧は融解して肌に張り付いている。
溶かされた金属が肌を焼いていくことで少女には激痛が駆け巡り、幼さの残る美しい顔は苦悶に歪んでいた。
被害で言えば、少女は他のどの怪物よりも原型を留めている。肉体は残り、鎧すらも溶けはしてもそこにあるのだから殆ど無事だと言っても良い。
この分ではより上位のカード持ちを相手にする際には更なる火力が求められるに違いないと内心で嘆息し、瞳だけは睨んでいる少女に口を開けた。
『俺の勝ちだ。 このまま頭を吹っ飛ばせば、お前は死ぬ』
死ぬ。その事実に苦悶の表情に少々の怯えが混ざった。
再戦の機会はもうない。挑戦される前に殺されてしまえば、もう二度と夢を目指すことも不可能となる。
少女が求める理想郷は目指せず、自身の人生が最良のものであったと納得することも出来ない。
無駄、不要、塵。
絶望に叩き落される単語が激痛の中で脳を巡り、背筋に冷えたものが流れ込む。
必死になって身体を動かそうとするものの、左足は腿から先が焼けて千切れてしまっていた。
右足も重度の火傷を越えた炭化状態であり、これでは立ち上がることも困難だ。
死ぬことはないとはいえ、戦闘行為の一切が行えない事実に彼女は更なる絶望に落とされる。
何をしても、何を考えても、最早どうにもなりはしない。
末路を突き付けられて少女の瞳に雫が零れる。どうにもなりはしない未来に、ただただ悲哀を覚えた。
そこに化け物としての少女はいない。いるのはただ、激痛と絶望に苦しむばかりの年齢相応な少女だった。
腰にマウントしていたライトマシンガンを引き抜けば、金属音で彼女は肩を揺らす。
銃口を額に押し付ければ、死への恐怖に痙攣した。下半身が無事だったのなら、失禁をしていた可能性もある。
『このまま撃てば、お前はもう何も考えることはなくなる。 喜びや希望は感じ無くなり、しかし背後から追いかけてくる絶望を感じることもなくなる筈だ。 それはきっと、お前にとっての理想郷になるだろう』
『ちが……ぁう』
少女は必死に、力を振り絞って声を出した。
違う、違うとも。その先に彼女の未来は無い。何も感じられないのなら、そもそも安穏を覚えることも無くなるのだ。
死後に天国や地獄があるかは解らない。人はそれを誰かに伝える術を持たないのだから、真偽は永遠に不明のままだ。
けれども、この超常を使った時点であらゆるもしもを少女は考えていた。
もしかしたら、天国や地獄があるのではないか。
もしかしたら、時間を巻き戻してやり直せることが出来るのではないか。
流石に無いだろうと思いはしても、異次元の力を振るってしまえば僅かでもあるのではないかと考えずにはいられない。
『ごめ、さい。 ……ごめん、ッなさい』
『俺に謝ってどうする。 もう、全部が全部遅いんだよ』
もし地獄があれば、己はきっと殺した者達に責められるだろう。
家族が、名も知らぬ一般人が、散々に殴って罵倒を浴びせ続けるに違いない。
家族に対してはその責め苦を耐え切る自信はある。けれども、ただの人間になってしまった身で一般人からの責め苦に耐え切れるだろうか。
解らない、解らない、だからどうか――許してください。
嫉妬してごめんなさい。八つ当たりしてごめんなさい。私は本当にただ、普通に生きたかっただけなの。
『たすけ――』
『馬鹿が』
最後に一発。死への手向けとしての言葉を送って銃声が辺りに響いた。




