【第百十一話】その少女、暴かれる
『負けるものか……ッ』
銃刀の柄を握る力が更に増していく。
想定された耐久値を無視した握力に柄は悲鳴が如くに軋み、容赦無く振るわれ続ける。
常人には一振りの動作で三つの斬撃が生まれたように見え、彼が回避した先の建物が綺麗に三等分に切断された。
そちらに一喜は意識を向けることも無く突っ込み、銃の乱射及び銃そのものの設置も同時に進めていく。
銃のカードの特性は無数の銃器の製造だ。銃に限定されているとはいえ、それが一度銃と認められれば珍妙な形をしていても製造は可能となる。
一喜が地面に置くのはマシンガン。地面に捨てるように投げ、その先端は四方八方に向けられている。
加え、一喜はマシンガン達の姿を透明化させる。光学迷彩の力を用いて、更に三枚分の力で強引に成立させた技術に少女は舌打ちを隠せない。
武器を向け合い、殺し合いを演じ、少女には眼前の相手が経験不足であることを既に見抜いている。
この状況下で彼が優位を保てているのは、カードの使い方を熟知しているからだ。
長年連れ添った相棒のようにカードの力を引き出し、次の一手に通じるだろう札を常に隠して忍ばせている。
少女自身、カード持ちの存在と戦ったのはこれが初めてではない。奪われたカードを奪還する為に戦ったことはあるし、そもそも仲間内で気が合わない者と殺し合いをしたこともある。
その際は微塵切りにして次の使い手を探すように自身の主に進言したが、女王から仕置きを受けて痛い目に遭ったものだ。
『君は、同類だ!』
『……』
『君と戦って解った。 同じ条件でなら私が勝つ』
共に駆けていた壁や屋根から離れ、地面に着地した。
向かい合った少女の言葉は正しくその通り。否定の言葉は一喜から出ず、ならばと少女は言葉を募らせる。
『君だって何かに負けて、力に縋ったんだ! 私を負け組だなんて言うなら、君だって同じだ!!』
あの日、少女は怪し気だった人物の商談に乗った。
夢を叶える力と、周りからはまったく言われなかった優しい言葉を貰って。
焦りと怒りが支配する中で、陽炎の如き人物はただひたすらに他者である筈の少女の心情を慮った。
きっと苦しかったのだろう。きっと悲しかったのだろう。
きっと怒りたかった筈だ。自分の生きたい場所は此処ではないと、口から火を吹きたかった筈だ。
それが出来ないことは悪だ。悪である限り、それは駆逐されねばならない。
『この力で私は夢を掴む。 ただ静かに、脅威の無い世界でゆっくり過ごす夢をッ』
少女の夢は酷く普通だ。一喜自身も大したものではないと思ってしまう程に、彼女の叶えたい未来は些細である。
だがそれは、一喜が普通の生まれであるからだ。特権階級特有の縛りを一度も受けたことがないからこそ、普通の希少性を理解しきれない。
その上で、一喜は彼女に言ってやらねばならないことがあった。
『そうしたいなら勝手にしてくれ。 別に俺はお前達を積極的に駆逐したい訳じゃない』
少女の言葉を雑に流して男は返す。
その発言に少女は訝し気に表情を変えた。何せ一度だって、そんなあまりにも適当に投げてくる相手と出会ったことがなかったから。
『いいか、俺は俺のしたいことに手を出さないなら何もしない。 何処かの国を滅ぼしたりだとか、虐殺を繰り返してくれてもまったく気にしない。 今回のこの戦闘だって、お前達側が先に手を出さなかったなら起きなかっただろ』
『――嘘を言うな。 君の力はあまりにも危険が過ぎる』
斬撃が飛ぶ。風の一閃を身体を傾けて回避して、少女の放つ殺気にどうしたものかと頭を悩ませる。
『それをどんな方法で手に入れたのかは私には解る。 これを手にした時点で、誰しも成したい夢があるんだ。 既に私達のメンバーを何人か殺害した以上、君の持つ夢も他者を滅ぼすことでしか手に出来ない』
『あー……』
本編とは異なり、この世界では彼等は常に無くしたいモノや目指したいモノの為に力を手にしている。
それが彼等の共通項であるのなら、成程一喜も同じだと見られて不思議ではない。
実状を知らない者からすれば一喜とて怪物だ。これは人間対怪物ではあるものの、この世界の一般の人間からすれば怪物対怪物の身内争いにしか映らない。
成したい夢を成す為に他者を殺す。それは敵にとっては常識的な話だ。そして一喜自身、目標を達成するには殺人は避けられないと確信している。
例え倒す気が無くとも、向こうがその気になれば殺すしかないのだ。結局、一喜がやろうとしていることは単純に虐げられている人間を元の生活に戻すようなことなのだから。
『……これを言っても何の説得にもならないが、敢えて言わせてもらう。 俺もある意味じゃ絶賛トラウマを抱えている最中だ。 お前が感じる理不尽に憤るのはまぁ解るし、仕返しが出来るもんならさっさとしたいくらいでもある』
『君は……』
『でも俺はそれをしない。 したって人生の無駄になるからだ。 戦い続けたって一度割れたもんは元には戻らないし、直したってそれは外側だけ。 何も知らなかった頃よりも割れやすくなった心じゃ、ふとした拍子に錯乱しちまうかもしれない。 なら、こいつらとは関わり合いの無い生活をしようって思った方が賢明だ』
両の手で構えていた武器を下ろす。
殺すしか選択肢が無いのは解っている。解っているが、しかし一喜は眼前の敵と自分を同じ存在だと認めたくはない。
成程、一喜は負け組だ。こんな危険な場所に赴く行為に高揚感を覚える程には元の世界に何の期待も寄せてはいない。
トラウマは今も継続され、社会生活をまともに送れる自信は今も零だ。復帰出来る気がしない以上、それ以外の方法で食い繋ぐ道を模索するしかない。
諦めたと言われればその通り。情けないと言われてもその通り。
一喜は弱く、脆い。強い言葉を使って威圧しても、内側では獅子のような心を持つことは出来ないでいる。
だがだ。その上で自分は彼等程に情けなくはなっていないと断言出来る。
関係者を排除するまでならば納得出来る報復を、彼等は全世界に対して行った。逃避すべき妄想の世界を実現すべく、何の関係の無い一般人をも殺戮した。
それは臆病だからだ。超人になってなお消えない弱者の意識が排除に乗り出している。
だから彼等の心は育たない。化け物となったその日のまま、彼等はただ年齢を重ねて日々を生きているのだ。
『恨むべきは直接手を出した相手だけだ。 それ以上を望むのは、最早八つ当たりも変わらない。 お前の行いそのものが嘗てのお前を量産するんだ。 ――そんなに自分以外の奴が幸福になるのが嫌か?』
『だッ…まれ!』
苦しさを相手に与えることは、即ち同じ境遇の自分を作り出すことになる。
その可能性を指摘されて少女は胸の内に激痛が迸った。
痛みを無視する為にと剣を振るい、引き金を押し、風刃と弾丸の小規模な弾幕を形成する。
残酷なまでに逃げ場を塞ぐ形で放たれた攻撃の波は、彼の発言に心動かされた証拠も同然だ。
内側から声が響く。無視してきた本音が脳に届く。
羨望が、嫉妬が、憎悪が。――なんでお前達はそんな笑顔でいられて、私は笑顔でいてはいけないのか。
私だって幸せになりたい。慎ましやかでも平凡な、あんな権力者とは無縁の日々で笑っていたかった。
ただそれだけ。何の悪意もそこには混ざらず、故に純な想いは容易く別の感情に染められやすい。
【Over】
ベルトのレバーが左に倒れる。
弾幕を目前として数十の武器が中空に現れ、一度下げていたアサルトライフルを持ち上げる。
エネルギーが収束していき、全ての銃口に赤光が満たされた。
一喜は赤いバイザー越しに少女の目を見る。今にも泣いてしまいそうな表情は、とてもではないが敵が見せるべきものではない。
目前に居るのはただの少女で、きっとただの少女でいるべき存在なのだろう。
ならば、ただの少女に戻してやるのが彼女の幸福だ。
【Non standard. Try metal vanish!】




