【第百八話】その男、磨り潰す
『一先ずは――!!』
レバーを勢いよく戻しては倒し、そのまま三連砲を一発ずつ放つ。
出力は最低限。なるべく街に被害が出ないことを第一とし、その上で収束を心掛けておく。
地面に向かっての砲撃は罅割れたコンクリートを容易く抉る。既に接近を開始している少女の足を止めさせ、あわよくば装甲の一部分でも破壊出来ればと考えていた思考は楽観的と言えば楽観的だろう。
爆発が彼女に命中する刹那、軟体動物が如くに身体を捻ってギリギリの範囲外を抜けていく。
危険極まりない回避行動を取るのはなるべく遠回りをしない為だ。距離が僅かでも開けば通常の砲撃が発射されかねない。
多少は左右に歪みはしても直線的に迫る様に一喜に戦慄が走る。
少女がしていることは回避だ。だが、怪物特有の性能任せの動きではない。
センサーが捉えた足運びは滑るようだった。コンクリートの転がる段差が多い道なのに、障害物の全てが透明かのように足を過度に上げていない。
神業的歩法で段差自体は回避しているのだろうが、それが何時発生しているのかについては見ただけでは明確にすることは出来なかった。
これが性能任せだと誰が言えるだろうか。一喜は即座に全弾を撃ち尽くし、通常砲撃と魚雷をばら撒いて弾幕を形成する。
どれか一つでも命中すれば。そんな思惑はしかし、やはり最小限の動作で軽やかに阻止されてしまった。
『ん、これなら斬れそう』
一喜自身は素人の範疇を出ない人間だ。
短くも濃い戦い経験したお蔭で普通の人間と比較すれば対応力に優れているが、それを目的とした生粋の戦士と比較しては幾分遅い。
眼前にまで迫り、少女が狙うはベルト。無力化を第一とする様は実に合理的であり、そこに一喜の右腕が差し込まれるのも想定通り。
一瞬だけ力を込めて打ち上げるように銃刀を振るえば、僅かにせよ腕が上がる。
ただの人間が見ればそれは大した高さではないものの、彼女にとっては十分な隙だ。
打ち上げた体勢を回転させ、回し斬りで再度ベルトに攻撃。接触する瞬間に一喜は強引に左腕を動かし、彼女の眼前に魚雷を放って爆発させた。
一瞬で広がる巨大な爆風で両者は再度距離を取られ、その間に一喜はカードを呼び出す。
必要なのは重装甲ではない。今最も必要なのは、彼女の速度に迫る速さと柔軟性だ。
決める間に少女は吹き飛ばされた地点から足を曲げて一気に爆発的に加速。爆発時の土煙を衝撃だけで払い除け、一喜がカードを別に装填している姿を視界に収めた。
『着装!』
次に変わるのは細身の鎧姿。
戦艦程の厚みは無く、背部にある翼とジェットが特徴的だ。明らかな速度重視に少女は焦ることなく最短での軌道を自身の脳内で描き、動き出される前に一気に横一文字に武器を振るい――しかれどその姿は彼女の眼前で消えた。
『ッ、横!』
咄嗟に前方へと跳び、その真横を無数の弾が通り過ぎた。
嫌な予感と直感任せであったが、轟音の方向に顔を向ければ無惨なまでに建物は崩壊し切っている。
無防備な脇に複数の弾が殺到すればどうなるのかなど想像に容易く、少女の全身に冷たいものが流れ落ちた。
攻撃した方向に顔を向けると、一喜の姿は無い。
今度はいきなり攻撃されることはなかったが、かといって相手の姿が見えない状態では勝利することは困難だ。
相手は速度を重視した姿になっている。であれば、目で追えない程の速度で今も彼女の視覚外で飛んでいるのだろう。
――カードの特性を知り過ぎている。
少女達はカードを選んだ。けれど、中身まで知っていた訳ではない。
彼等の主はただカードを差し出しただけだ。それがどのような特性を秘めたカードだったのかは、実際に使ってみても全て判明している訳ではない。
使えること、使えないこと。全ては実際に試すことで徐々に徐々にと判明していき、少女も自身の持っているカードを何度も使って把握している。
そして、カードの力の全てを知っている者は居ない。彼女達が知り得ているのは自身のカードについてだけだ。同類が漏らさない限り、他を知る機会はあまりない。
――Mounting! Metal vanguard!
油断なく構えている中、突如周辺に機械音が辺りに響く。
そして次の瞬間、彼女は足音に小さい物音を聞いた。下を向けば、そこには複数個の楕円形の物体。
濃緑色のそれらを見た少女は咄嗟に後方に回避し、僅かな時間差で複数の手榴弾が一斉に爆発する。
怪物を倒せる程の威力となれば、例え手榴弾サイズでも並ではない。大きく地面が抉れる様を見つつ、次は突如視覚内に出現した数丁のアサルトライフルに刃を振るう。
それらは呆気無く両断されるも、小さな爆発を引き起こした。立ち昇る煙が視界を遮り、確保の為にと斬り払えば煙の先に百を超える銃が宙に浮いた状態で既に狙いを定めている。
『これでも食らっとけ!』
『――チッ』
耳元で聞こえた一喜の怒声に舌打ち。
銃は一斉に弾を吐き出し始め、それら全てを回避するのは不可能である。
刀身を振るい、自身に迫る無数の銃弾を弾き、しかして動きは完全に停止させられた。
少女にはこの攻撃に見覚えがある。確かと記憶を探り、その内昇格されるだろう女性が使っていた能力の筈だと思い出した。
彼女もまた同様に銃を無制限に出現させての面制圧を得意とし、であれば現在の数以上に銃器を出現させることが出来るだろう。
そうなる前に切り抜けねばならない。多少の被弾は覚悟で前へ前へと進み、設置されたまま消える気配も無い銃達を纏めて横凪ぎに払う。
風すらも刃とした広範囲の斬撃によって多数の銃は壊れ、周囲の瓦礫や建物すらも一刀両断する。
『ちょっとへこんだ……』
鎧に目を落す。普段であれば銃弾程度気にすることもなかったが、流石は怪物と同じ兵器。少女にとっては珍しく、故に久方振りに脳味噌が警鐘を鳴らす。
あの方は、出撃する同類達に自分に並ぶかもしれないと語っていた。その時点では誰もが多少の疑いを持ってはいたが、それでもあの方の発言自体を否定するような真似はしていない。
嘘か本当かは顔を合わせれば解る。戦い、大したことがなければあの方に危機感を抱かせたとして晒し首にするだけだ。
けれども、上位者として君臨する少女と一喜は明らかに拮抗している。
例えそれが慣れぬ攻撃による所為であれど、戦闘という形が成立しているのであれば今正に少女には負ける可能性が発生していた。
これを普通だと思える程少女の頭は花畑ではない。砂塵の舞う中で姿の見えない一喜に銃刀を構えながら警戒し、次の一手に神経を張り巡らす。
――TRIPLE ACCESS!!
またも機械音が轟く。
赤光が辺りを染め上げ、三つの塊となって少女の前に顕現する。
大空を飛ぶ戦闘機が、ガンロッカーに収納された銃器が、あらゆる物体を隠す不可視の布が。
それぞれが集まり、一人の人間に武装となって装着する。
砂塵を吹き飛ばしたその姿に少女の危機感はますます増大した。それは最早、嘗てキングやクイーンに感じた生命に及ぶ程である。
『俺は、こっからが本番だ』
――Mounting! Metal vanguard・Try wonder!!
細くしなやかで、しかし決して軟とは思わせぬ体躯。
急所等の僅かな部分にのみ鈍色の装甲は嵌まり、両の手には一丁ずつ連射式の銃が握られている。ブースターの形に大きな変化は無く、その首には不自然に首や肩を透明化させているストールがあった。
少女の脳味噌は困惑を極める。意味が解らないと驚愕が内心を駆け巡り、常人の理解を超えた位置に居る少女でもその姿に対する明確な答えを導き出せない。
何故なら、彼女は知っているのだ。
カードは一人につき一枚のみ。それ以外を受け入れることは誰にも出来なかったし、あの方も今後は出ないだろうと半ば確信をもって告げていた。
だが、その有り得ない事象が起きている。
ただの人間であろうとする男が三枚のカードを同時に使って潰れないなど、一体どれだけの奇跡の上で成り立っているのだろう。
銃刀を握る手に力が入る。そこに込められていたのは怒りと、今更思い出したくもなかった嫉妬心だった。




