【第百一話】その女、明日を望む
一度起動させた蜘蛛達は、例え一喜達が居なくとも活動を停止することはない。
彼等が働いている間も蜘蛛は与えられた役目を果たし、ゆっくりと着実に建物の修復を進めていた。
休憩無しの二十四時間。ブラック企業も真っ青な業務時間は機械だから出来ることで、蜘蛛達が生物であれば迷わず逃げていただろう。
蜘蛛達は役目通りに廃アパートを中心に建物を片っ端から修復させた。数が数だったので結局は六つの建築物までしか終わらなかったが、中身について一切の手抜きは無い。
それは休日を迎え、揃って異世界に来た一喜と望愛が確認している。
蜘蛛は元の建物と同様の硬度しか再現出来ないが、本より強化を望んではいない。
一喜達は廃アパートから姿を現した際、新品同然の複数の建物の姿に感嘆を隠すことが出来なかった。
「いや、本当に良いな。 人間よりも良い技術を持ってるんじゃないか?」
「数日で廃墟同然の建物が綺麗になるなんて……人間では不可能ですよ」
蜘蛛が一喜達の世界で活用されれば建築業界は根底から覆されるだろう。
数を揃える必要はあるものの、質の異なる職人を用意するよりも確実性は高い。維持費を人件費と考えれば計算もし易く、パーツの製造工場と提携が出来れば協力関係を築いて一時的な市場独占も望める。
勿論、それを維持することは法律的には不可能だ。
蜘蛛は夢のようなマシンで、されど夢は夢のままである。一喜達の世界に持ち込めば元の玩具になる以上、どうしたとて利益に通じることはない。
心の内で気落ちしたくなったが、それを意識的に無視して背中に持ったリュックを廃アパートの一室に置いて行く。
望愛もまた同様にリュックを背負い、その量は一喜よりも幾分か小さかった。
事前に無理をしない範疇で飲み物や食料を持ち込み、二人はベルトを手にしてアパート前で身体を向き合わせる。
「建物の数はまだ満足出来る程じゃないが、今日で壁の最初の部分を作るぞ」
「解りました!」
建物の数は予測を逸脱していない。
故に言葉に迷いは無く、望愛も快活に返事を送る。
本日の一喜達の業務内容は内部の範囲を決めること。そして決めた場所を囲う形で完成している建物を再配置する。
途中で日用品集めに精を出すこともあるが、絶対に終わらせておきたいのは二点だ。
「アパートは二階建て。 一部屋ワンルームで二十部屋はある。 この建物は絶対に死守しなければならないし、此処に誰かを住まわせるような真似をしてはならない」
「此処の隔離は当然として、それと並行する形でこの世界の住民が暮らすだろうエリアを設定。 最初は小さい範囲で構わない……ですよね?」
「当面は二人だけだろうしな。 それに壁となる建物を活用して居住エリアを作れば、彼等が住むことも出来る。 安全性は今のところお察しレベルだ」
街の全人口を一喜達は知らない。
故に、最初に受け入れる人口は百人と定めている。その百人を超える数が入ろうとした場合、問答無用で弾く。
それで恨まれたとしても知ったことではない。このような施設作りは始めた者に特権が集中するものだ。そして二人に権力が集中するからこそ、この世界の人間の安全度合いも決めることが出来る。
建物を壁としたのは、それが素材として丁度良い形をしていた以外にあるのだ。
それは住居であり、監視の目であり、警報機である。
住める場所で彼等は普段の生活を行い、常に周りに意識を向けさせるのだ。この世界では奪われることが当然となっている為、誰も彼もが警戒心が高くなっている。
キャンプ地でも同様の出来事があったが、人は密集すると問題を必ず引き起こす。
今回はその性質を利用して彼等に監視の目として意識せずに活動してもらい、怪物や危険な集団が接近した際の警報機としても活躍してもらうつもりである。
そうなれば必然として外に対する安全性が低下するが、その点について一喜はあまり気にしていなかった。
所詮、彼等は赤の他人。勢力として集めるし面倒を見ることもするが、過保護な親の如く気にすることはしない。
死んだなら死んだで代わりを探す。無慈悲極まりないが、此処で生活していく以上はどうしたとて元の世界の倫理観を捨てねばならなかった。
「今は何よりも人を集めて生活圏を作ることが大前提ですからね。 多少の死人が出てもそれは致し方ないでしょう」
一喜の判断を望愛は肯定した。
常識的な現代人であれば倫理に引かれて罪悪感に襲われそうなものだが、彼女に普通を当て嵌めるのは筋違いだ。
悪意を知れば、悪意に飲み込まれる人を知ることになる。ただの良い人でいるだけでは何も守れないことなど最初から分かっていた。
一喜との幸せの為なら人を切り捨てることに迷いはない。それは社会の怪物達と似た結論であるが、かといって悪戯に殺すような残虐性は宿ってはいなかった。
これは前に進む為の犠牲である。明日を掴み、各人の幸福を追い求める犠牲である。
死にたくなければ努力するしかない。
彼女の頭脳は既にこの世界の人間に対する教育にまで及んでいた。
さて、話が纏まれば次は動き出す番だ。
一喜は綺麗になった建物を付近にまで運び込み、その間に望愛が範囲を定める。
此処に法律があれば土地問題を考えねばならなかった。だが今はそれを心配する必要は無い。無法万歳だ。
望愛はアパートの二階から外を眺めた。
高い建物によって景色は遮られている。嘗ては普通の街であったであろう此処も、此方ではゴーストタウンとして寂し気な雰囲気を纏っていた。
此処を全部自分の手で変えられると彼女は思っていない。出来たとしても、所詮は余所者の変革だ。双方の常識が破綻を起こす可能性は大いにある。
「近くは自然環境が豊かだから……大きな建物を置くスペースくらいはあるね」
蜘蛛によって立て直された建築物は近い場所で徒歩十分内にある。
その間には自然豊かな空間が広がり、歩いてみれば自然の木の実を見つけることが出来るかもしれない。
この自然は残すべきだ。閉鎖的な構造になる以上、それを紛らわせてくれる自然環境は今後貴重になってくる。
携帯を取り出して彼女は歩き出し、アパート周囲の自然を写真に収めていく。
殆どは雑草ではあるものの、力強く生える草木は生命力も強い。割れたコンクリートの間からも生えて来るところを見るに土地自体も別段死んでいる訳ではない。
怪物達からすれば自然なんてどうでもいいのだろう。
今の人類ではどうやっても大規模な環境破壊には乗り出せず、放置していても人の生存圏は残り続ける。
文明の輝きが以前と比べて遥かに低下した今。正に怪物達にとってはこの世は極楽に近い状態だ。それを維持することは彼等の最優先事項である。
変化が加速すればこの街は頻繁に争いに巻き込まれ、数多くの喪失を彼女にきっと与えるだろう。
その喪失を可能な限り失いたくないのなら、防御ではなく攻撃に転ずる他無い。
彼女はこの地で、この場所で。元の世界では絶対に体験しないような出来事を味わうことになっていく。
携帯に収めた画像には寂れた街を背景に、力強く生きる自然が映っている。
それが何だか彼女には自分のようで、故に忘れたくはないと一つのファイルを作ってそこに画像を放り込んだ。
ファイル名は日々の記録。これから溜まっていくだろう画像達を想像して、望愛は小さく微笑みを作る。
「――これを他の人が見ることはあるのかな」
未来の自分達は果たしてどんな生活をしているのだろうか。
益も無い希望を脳裏に想起した彼女は、寂れた街とは真逆の幸福を胸に抱いていた。




