45.ロゼッタはもう逃げない
それから数日後、王家主催の夜会の日がやってきた。
ロゼッタはセリーナの身支度を整えた後、自分もドレスに着替えて会場へ向かう。セリーナの希望で一緒に出席することになっているからだ。
(なんだかとても久しぶりな気がするわ)
最後に夜会へ出席したのは隣国が最後。あの時も同じことを思ったが、婚活のため毎日戦闘服に身を包み、クロエと一緒に夜会へ繰り出していた頃が本当に懐かしくなってしまう。
(さてと)
隣国では完全に「お客様」だったロゼッタも、今夜はそういうわけにはいかない。セリーナの侍女として、夜会に華を添えるという重要な役割があるし、なにかあったときに進行役の文官たちと連携を取る必要がある。もちろん、なにもないのが一番だが、気を抜く暇はないだろう。
「ロゼッタは本当に男性の目を引くわね」
と、先に会場入りしていたセリーナから声をかけられた。
「セリーナ殿下」
「さっきから何人もの男性がロゼッタに熱視線を送っていたわよ」
「ありがとうございます。……ずっと、そうなるように努力してきましたから」
今夜のロゼッタはセリーナと同じ色合い、同じコンセプトの、グレードを落としたドレスを着ている。他の侍女たちもおそろいだ。ひと目でセリーナの侍女だとわかるようにそういうドレスを着ているわけだが、磨き抜かれた美貌の前ではドレスの質は問題ではないらしい。セリーナは小さくため息をついた。
「この調子だとあなたの結婚希望者は後を立たなさそうね。わたくしとしては、そろそろうちのお兄様に決めてほしいところだけど」
そう言ってセリーナはちらりとクローヴィスを見る。
クローヴィスは令嬢たち数人に取り囲まれていた。兄弟たちの中で一番見目麗しく、婚約者もいないクローヴィスは人気者だ。彼の結婚相手になりたいと願っている女性がこんなにもたくさんいることを目の当たりし、ロゼッタはへぇと息を呑む。
「クローヴィス殿下ったら、モテモテですわねぇ」
「モテモテですわねぇって……そのモテ男はあなたがいいって言ってるんだから、こたえてあげてもいいんじゃない?」
この一カ月、二人の結婚について黙ってきた分、セリーナはここぞとばかりにクローヴィスを勧めてくる。
「そうですわね……」
クローヴィスはきっと、ロゼッタのことを幸せにしてくれるだろう。先日もウィルバートからロゼッタを守ってくれたし、ロゼッタを心から愛してくれる。それはわかっているのだが――
「あっ、お兄様だわ!」
と、セリーナが声をあげた。「お兄様」というのはクローヴィスではなく、一番上の兄である王太子のことだ。その傍らには王太子の補佐官であるライノアもいた。
(まあ! ライノア様ったら本当に、なんというか……変わったのね)
ライノアはこれまでの夜会よりも数段上等な服に身を包んでいた。形や色合い自体が洗練されているし、胸元には大きなブローチが光り、スカーフやイヤリングなどで品よくまとめられている。オシャレで金銭的な余裕があり、仕事ができる男という感じだ。別人だと言われても納得するほどの変わりようである。
ライノアはロゼッタの視線に気づいたらしい。そっと目元を和らげると、ペコリと頭を下げてきた。これまでにはない反応に、ロゼッタは思わずドキッとしてしまう。
と同時に、令嬢たちがライノアを熱心に見つめ、話しかける機会をうかがっていることに気づき、なんとも言えない気分に駆られた。
(オシャレをするよう助言してきたのはわたくしなのに)
どうしてこんな気持ちになるのだろう?
やめやめ、と違う方向を見たロゼッタは、今度はトゥバルトの姿を見つけた。今夜は護衛として来ているのではなく招待客の立ち位置らしく、国王陛下と穏やかに談笑している。
トゥバルトもまたロゼッタに気づくと、笑顔で手を振ってくれた。
(わたくしの都合でお別れしたのに)
変わらず優しくしてくれるトゥバルトに嬉しくなる。ロゼッタが手を振り返すと、トゥバルトはふわりと目を細めた。
王女であるセリーナのもとには、ひっきりなしに令嬢たちが挨拶へとやってきた。社交界に出始めたばかりの若い令嬢にとって、セリーナの侍女というのは憧れのポジションだ。彼女たちからはセリーナだけでなくロゼッタにも羨望の眼差しが向けられていた。
タイミングを見計らって会話を切り上げ、できるだけたくさんの人と交流を持つ。やがて、挨拶をしに来たのが令嬢ではなくセリーナの結婚候補者たちに切り替わったタイミングで、ロゼッタはセリーナに目配せをしてからその場を後にした。ロゼッタがいたままでは男性陣の気が散る可能性があるため、事前にそうしようと打ち合わせておいたのだ。
(さてと、これからどうしましょう?)
仕事として出席しているので、積極的に男性と交流をする気はない。というより、ロゼッタはもう新規開拓をやめたのだ。
今夜クロエは裏方として働いているので会場にいないし、一緒に回るような女性は他にいない。壁の花に徹しようと決めたそのときだった。
「本当に恥知らずな小娘ね」
と、背後から冷たい声が浴びせられる。
振り向くまでもない――声の主はアバルディアだった。
「セリーナ殿下はどうしてこんな娘を側に置くのかしら? こんな下品なアバズレを侍女として採用するなんて、王家にとって大きな損失だわ」
「そうよそうよ!」
アバルディアの隣には彼女の娘――ロゼッタにとって義理の妹がおり、ロゼッタに向かって嘲るような笑みを浮かべている。
「ロゼッタ……」
と、二人の背後にロゼッタの父親がいることに気づいて、ロゼッタは小さく息を呑んだ。彼は申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、アバルディアを止めようとはしない。ただただ、その場に突っ立っているだけだ。
(もしかしたら、とは思っていたけど)
国中の貴族が集まる夜会だ。クロフォード伯爵家を完全に排除するのは難しい。招待状を送らずとも、他の貴族と一緒に入城してしまえば止めることができないし、クローヴィスにもどうしようもないだろう。
事前に心の準備をしていたロゼッタだが、戸惑いがないといったら嘘になる。ロゼッタはぎゅっと拳を握った。
「あなたに代わって、この子を侍女に置くように陛下に直談判をさせていただこうと思っているの。だって、この子のほうがよほと可愛いし、セリーナ殿下のお役に立てるわ。金持ちの男性に擦り寄るような女が殿下の侍女だと知ったらきっと、陛下も私に同意してくださるはずよ」
アバルディアがニヤリと笑いながらロゼッタを睨みつけてくる。ロゼッタはちらりと国王陛下を見た。
「ウィルバート様から色々聞いたわよ? あなた、彼と結婚しようと思ってたんでしょう? 他にも数人の男性に言い寄っているそうじゃない? 金を基準に男性を見るなんて最低だわ。がめつくて浅ましい……本当に軽蔑する」
アバルディアに共鳴するように、義妹がクスクスと笑い声をあげる。無関係な周囲からの視線も集まりはじめた。
「お義母様、わたくしは――」
「言い訳しようっていうの? バカねぇ。あなたが金持ちの集まる夜会に通い詰めていたことは既に調べがついているのよ? 公爵夫人のお茶会にも出席して、どうやったら金持ちの男性を射止められるか尋ねていたんでしょう? 本当に恥ずかしい。こんな子が伯爵家の籍に入ったままだなんて、私には許せないのよ」
アバルディアがキッと父親を見つめる。父親は「それはさすがに……」とつぶやきながら、ロゼッタから視線を逸らす。ロゼッタはクスリと小さく笑った。
「言い訳なんていたしません」
「は?」
ロゼッタの返答に、アバルディアが片側の口角をあげる。ロゼッタはまっすぐアバルディアに向き直った。
「だって、わたくしはお金が大好きですもの。いい暮らしをしたいと思うこと、お金を基準にして男性を選ぶことのなにがいけませんの?」
「なっ……常識的に考えて悪いに決まっているでしょう?」
アバルディアが声を荒げる。ロゼッタはふぅと息をついた。
「常識ってなんでしょう? こんな場で義理の娘を糾弾するような方に常識を語られたくありませんわ」
「なんですって!?」
「だってそうでしょう? 国王陛下や王族の皆さまがいる場でするようなお話じゃございませんもの。本当に恥ずかしいのはどちらです?」
アバルディアがワナワナと体を震わせる。けれどロゼッタはもう、アバルディアを怖いとは思わなかった。
(これまでのことは無駄じゃなかった)
ロゼッタはあの夜、ライノアからもらった言葉を思い返す。
幸せになりたい、アバルディアの呪縛から逃れたいと藻掻いてきた日々があるからこそ、今のロゼッタは存在する。ロゼッタはアバルディアに立ち向かえるぐらい強くなった。幸せになりたいから。絶対になると決めたから。
だから、ロゼッタはもう逃げない。己の正直な気持ちをここでアバルディアに伝えるのだ。
「許せない。この私に向かってなんてことを……!」
アバルディアが勢いよく手を振り上げる。ロゼッタが静かに息を呑んだその時だった。




