44.クロエの幸せ
ロゼッタがトゥバルトとウィルバートの二人に別れを告げて一カ月が過ぎた。
(なんだか平和ですわねぇ……)
それまでずっと慌ただしい日々を過ごしていたので、ロゼッタはすっかり気が抜けてしまっていた。もちろん、変わらず仕事はしているが、夜会にも通っていないし、攻略対象者が一気に減ったことで、これまでとはまったく違った日々を過ごしている。
(セリーナ殿下の夜会のドレスもできあがったし、ヘアメイクもバッチリ決まったから)
数日後に王家主催の夜会が開かれるのだが、女官や文官と違って、ロゼッタの仕事といえばセリーナを着飾ることだけだ。こと夜会についてはロゼッタはプロなので、そこまで意気込む必要はない。他の侍女たちと一緒に穏やかに準備を進めていた。
そんななか、クローヴィスからは定期的に手紙や贈り物が来ているものの、プロポーズの返事を急かされてはいない。ロゼッタにとって、それはとてもありがたいことだった。
(そういえば、クロエはライノア様とどうなったのかしら?)
デートの詳細についてクロエが語ることはなく、二人がその後、どうなったかをロゼッタは知らない。
ただ、ライノアは人が変わったかのように仕事の鬼になっているようで、ロゼッタのところにまで評判が聞こえてきていた。
「みんな、少しいいかしら?」
と、セリーナから声をかけられる。ロゼッタは他の侍女や女官たちと一緒に、セリーナのもとへと集まった。
セリーナの横にはなぜかクロエが立っていて、ロゼッタはそっと首を傾げる。
「突然だけど、クロエの結婚が決まったの」
「え?」
その瞬間、ロゼッタは思わず驚きの声をあげてしまった。クロエはセリーナと顔を見合わせると「黙っていてごめんね」と微笑む。
「少し前から父に縁談を勧められていたの。お相手は四つ年上の子爵様で、郊外に領地を持っている人なの。だから、ひと月後には仕事を辞めなければならなくて……」
クロエの説明を聞きながら、ロゼッタは静かに息を呑む。
(そんな……)
ロゼッタと一緒に婚活をしてきたクロエの結婚が決まった。それはとても喜ばしいことだ。けれど、不安と寂しさに襲われ、ロゼッタはそっと胸を押さえる。
クロエが仕事を辞めること、後任の説明をセリーナから受けた後、集まった一同は解散した。――と同時に、ロゼッタはクロエをひっ捕まえ、執務室の奥へと連れて行く。
「どうして事前に相談してくれませんでしたの?」
「ごめんってば」
バツが悪そうに笑うクロエに、ロゼッタは唇を尖らせる。
「お相手は四つ年上の子爵ですって? ちゃんとクロエを任せるに足る人ですの? 経済状況は? ルックスは? 人柄は?」
「ロゼッタは心配性だなぁ。大丈夫、ちゃんと会って確かめてきたわよ。お金は――ロゼッタの価値観から言えばそこそこというか、不合格かもしれないんだけど! 誠実で優しい人だった。婚約が決まってから毎日のように手紙をくれるし、この間も王都まで会いに来てくれたの」
「どうしてそのタイミングでわたくしに紹介してくれないのよ!」
ロゼッタが言うと、クロエはクスクスと笑い声をあげた。
「だって、照れくさかったんだもの。ずっと一緒に婚活をしてきたでしょう? それなのに、こんな形で私だけお金持ちじゃない人との結婚を決めてしまったし……」
「そんなことは別に構わないわ! わたくしはクロエが幸せになれることのほうが大事だもの!」
「ロゼッタ……変わったね」
クロエはそう言って、瞳を潤ませながら目を細める。ロゼッタはウッと言葉を詰まらせつつ、静かにクロエを抱きしめた。
「ライノア様は?」
「きっぱり振られた。だけど、そうなるってわかっていたし、完全に吹っ切れてるから大丈夫」
クロエはそう言ってとても穏やかに目を細める。ロゼッタはキュッと唇を引き結んだ。
「だけど、本当に? ――本当に、クロエはそれで幸せになれますの?」
「なれるよ。……というか、なりたいと思ってる」
クロエはそう言ってロゼッタを抱きしめ返す。ロゼッタの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「変だよね。散々『お金』とか『ルックス』にこだわってきたのに、いざ結婚するってなったときに、相手が私のことをちゃんと見て、ちゃんと大事にしてくれるってわかったら、なんだかすごく幸せだと思えたの。……あっ、妥協とかじゃないよ? 本当に、心が満たされたというか、これが私の欲しかったものなんだなぁって実感したんだよね」
そう言って笑うクロエは本当に幸せそうで、ロゼッタはうんうんと小さくうなずく。
「だから、ロゼッタも自分の心に素直に――本当に幸せになれる道を選んでほしいんだ」
「クロエ〜〜!」
ポロポロと涙を流すロゼッタに、クロエは困ったように笑った。ハンカチで涙を拭ってやり、頭をポンポンと撫でてやる。
「結婚式には呼んでくださるんでしょうね?」
「もちろん! だって、一番の親友だもの」
二人は顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべるのだった。




