42.ロゼッタのワガママ
(クロエたちは今頃どうしているかしら)
窓の外を見つめながら、ロゼッタはぼんやりとそんなことを考えていた。
直接聞いたわけではないが、今日クロエはライノアと一緒に出かけているはずだ。先日の二人の雰囲気を思い出すに、どんなデートになるのか想像ができなくて、ロゼッタはモヤモヤしてしまう。
(上手くいっていたらいいのだけど)
頭ではそう思うのだけど、そのたびに胸のあたりがズキズキと痛む。もしも『交際することになった』と報告されたらどうこたえよう――そんな想像をして、ロゼッタは何度も首を横に振った。
(どうもこうもないわ。おめでとう一択でしょう?)
クロエはロゼッタと違ってお金至上主義ではない。好きな人と幸せになる道を選んだのだから、たとえそれで金銭的な苦労しようと構わないはずだ。それに、先日のライノアの雰囲気からして、そこまで心配をしなくてもよい気はしている。ライノアのなかでなにかが変わったことを、ロゼッタは敏感に感じ取っていた。
「お休みのところ失礼いたします。ロゼッタ様にお客様がいらっしゃってますが」
「お客様?」
「はい、ドーハン騎士団長が」
取次を受け、ロゼッタは急いでトゥバルトのもとへ向かう。
「ロゼッタ嬢」
トゥバルトはロゼッタを見るなり、満面の笑みを浮かべた。
「急に呼び立ててすまない。ロゼッタ嬢の顔が見たくて――食事でも一緒にどうだろう?」
「もちろん、トゥバルト様がよろしければ」
ロゼッタはそう言って微笑み返す。それから、キョロキョロと視線を彷徨わせた。
「……? なにか?」
「あの、今日はフローリア様は?」
「ああ、フローリアなら家にいるよ」
トゥバルトはそう言って目を細める。
「君に会いたがっていたのだが、デートに誘うのに子連れというのは気が引けて」
「そう……ですか」
トゥバルトの腕を取りつつ、ロゼッタはなぜだか胸が痛んだ。
『すまない、ロゼッタ。これは必要なことなんだ』
(本当に? 本当に必要なことなの?)
トゥバルトとともに馬車で街へと向かう。けれどその間、ロゼッタの頭の中では父親の声が絶えず聞こえてきて、自問自答を繰り返していた。
ロゼッタの父親は借金を返済するため、アバルディアと結婚をした。結婚する前、父親はロゼッタを置いてアバルディアと出かけていたのをよく覚えている。父親はよく『これはおまえの幸せのためだから』と話していた。おそらくは借金を返済すれば、ロゼッタに裕福な暮らしをさせてあげられると信じていたのだろう。
けれど、父親がアバルディアと結婚しても、ロゼッタは幸せにならなかった。ロゼッタだけが冷遇され、ひもじい思いを強いられた。
一度結婚した以上、父親はアバルディアと離婚をすることはできなかった。そもそも、借金を肩代わりしてもらっているのだし、父親に選択肢など存在しない。
けれど本当は、ロゼッタを手放すという選択だけは、すぐにでもできたはずだった。
「ロゼッタ嬢、どうかな? 気に入ってもらえただろうか?」
「ええ、とても」
レストランに到着すると、当然のように個室へと案内される。トゥバルトはロゼッタが喜ぶ様子を満足気に見つめつつ、オススメの料理を紹介してくれた。
ロゼッタの父親はアバルディアとの結婚後も、ロゼッタを自分のもとに置き続けた。実の娘が目の前で冷遇されているというのに、だ。本当にロゼッタを想っていたなら、すぐにでもロゼッタの母方の両親へ預けるべきだっただろう。けれど、自分が寂しいからと、ロゼッタを手放さなかった。
『ロゼッタ、お土産だよ』
父親はアバルディアやその娘には贅を尽くしたお土産を渡すのに、ロゼッタには道端に咲いていた花を渡すような男だった。父親は、ロゼッタがそれを本気で喜ぶと思っていた。金はかけられずとも愛情は示せると――示していると勘違いしていたのだ。
もちろん、彼に自由にできるお金がないことは知っている。すべてアバルディアが手を引いていたことも、大人になった今なら理解できるのだ。
それでも、本当に愛していたなら、ロゼッタのためにできたことがあっただろうと言ってやりたい。――ロゼッタはトゥバルトへと向き直った。
「トゥバルト様にお伝えしたいことがあります」
いつになく真剣な表情のロゼッタにトゥバルトは少しだけ目を見開くと「ああ」と静かに相槌を打つ。
「俺は――振られるのかな?」
「……」
押し黙ってしまったロゼッタに、トゥバルトはそっと眉尻を下げた。
「すまない、困らせるつもりはなかったんだが」
「……ごめんなさい」
ロゼッタはそう言って頭を下げる。トゥバルトは小さく首を横に振った。
「理由を聞かせてもらえるだろうか?」
「理由は――わたくしのワガママなんです」
「ワガママ?」
トゥバルトが問い返すと、ロゼッタはコクリとうなずいてから大きく息を吸う。
「嫌なんです。トゥバルト様がわたくしを大事にすることが」
「え? けれど……」
「トゥバルト様がフローリア様をどれだけ愛しているか、わたくしは知っています。けれど、違うんです。それじゃダメなんですよ」
言いながら、ロゼッタは目頭が熱くなってきた。胸がズキズキと痛み、苦しさが込み上げてくる。
それは今、このときに感じている痛みではなく、もっと以前の――幼い日のロゼッタが抱えていた痛みと苦しみだった。
「トゥバルト様は優しい人だから、結婚をしたらきっとフローリア様のことも、わたくしのことも、大事にしてくださると思います。けれど、わたくしはそれじゃ嫌なんです。フローリア様はきっと、新しい母親を必要としているわけじゃありません。トゥバルト様が側にいてくれたら――フローリア様だけを大事にしてくれたほうが、ずっとずっと嬉しいはずです」
トゥバルトはフローリアのために、母親になれる女性を探している。ロゼッタははじめ、彼のその想いを利用しようと考えていた。トゥバルトからの愛情を求めない自分は適任だから。お金さえ出してくれればそれでいいから、と。
けれど、それでは誰も本当の意味で幸せになれない。
ロゼッタは顔を上げ、まっすぐにトゥバルトを見つめた。
「ロゼッタ嬢……どうして」
「わたくしがそうだったんです。本当は父親に、わたくしを選んでほしかった。他のすべてを投げ捨ててでも、大事にしてほしかったんです」
それは、ずっとずっと避け続けてきたロゼッタの本音。
本当はお金なんていらなかった。たとえ借金を背負い続けることになっても、ロゼッタとともに生きる道を選んでほしかった。アバルディアを捨てて、ロゼッタを迎えに来てほしかった。もちろん、それが叶わないことはわかっているけれど、幼いロゼッタはずっと、父親を待っていたのだと思い知る。
「そんなふうにフローリアを想えるロゼッタ嬢なら、ともに生きていくことができると俺は思う。あなたは母親として、フローリアを誰よりも幸せにしてくれる女性だ。俺一人で育てるよりも、ロゼッタ嬢と一緒のほうが、きっと……」
「あいにくですが」
ロゼッタは目尻にたまった涙を拭うと、満面の笑みを浮かべてトゥバルトを見つめる。
「わたくしは自分自身がとびきり幸せになりたいので、別の誰かを幸せにしてあげられるほどの余裕はないのですわ! わたくし、とっても自己中心的なんです。トゥバルト様に近づいたのだって、お金のためでしたし」
「それは……」
トゥバルトは「構わない」と言いかけてから、困ったように笑う。
「わかったよ。それでも……本当は、俺が君を幸せにしたかった」
トゥバルトの返事を聞き、ロゼッタはそっと目を細める。
「ありがとうございます、トゥバルト様」
幼い子供のような屈託のない笑みをロゼッタが浮かべると、トゥバルトは穏やかに目を細めるのだった。




