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41.ライノアのデート

 ――はじめはとんでもない女性だと思った。



「ライノア様!」



 ライノアが待ち合わせの場所に到着すると、クロエがすぐに声をかけてきた。



「すみません、待ちましたか?」


「いえいえ、私もついさっき着いたところです」



 クロエはそう言って微笑んでいるが、きっと早くから来ていたのだろう。時間ぴったりに到着をしたものの、ライノアは申し訳ない気持ちに駆られた。



(ロゼッタ嬢なら躊躇なく『待った』『遅い』と言うのだろうな)



 デートの際は男性は早めに来て女性を待つべきだとか、着いたらすぐに女性の服装や美貌を褒めるべきだとか、どこからともなくロゼッタの声が聞こえてくるようで、ライノアは思わず笑ってしまった。



「――いつもと雰囲気が違いますね」



 ロゼッタの声に従ってそう声をかけると、クロエは嬉しそうに目を細める。



「今日はライノア様とお出かけなので、気合を入れて準備をしちゃいました。どうでしょう? 似合ってます?」


「ええ、とても」



 清楚で上品な白いワンピースがクロエによく似合っている。ライノアが返事をすると、クロエは嬉しそうに笑った。



『ちょっと、それだけ? あなたのためにオシャレをしてきた女性を褒め称えるのに『ええ、とても』だけだなんて、ありえないでしょう? お化粧とか髪型とか、センスとか色合いとか、もっと色々あるでしょう?』



 この場にロゼッタはいないのに。それでも、ライノアにはロゼッタがどう言うのか――どう考えるかが手に取るようにわかる。ロゼッタの言うことが正しいと、ライノア自身もそう考えていた。


 けれど、目の前にいるクロエはライノアになにも求めない。明らかに足りない褒め言葉でも満足そうだし、笑って受け入れてくれる。


 それでいい――以前のライノアならそう考えただろう。

 足りない自分を受け入れてくれる人間と現状を維持しながら、それなりに楽しく暮らしていければいい。誰かに気に入られようとか、上を目指そうとか、そういったことは考えたことがなかった。



(だけど、それじゃいけない)


「ライノア様はこういうカフェ、大丈夫ですか? 嫌だったら別の店にするので、遠慮なくおっしゃってくださいね」



 クロエがライノアに微笑みかける。ライノアは「ええ」と微笑み返した。



『わたくしはこの店がいいのです。あなたが嫌でも、わたくしはここでお茶がしたいから、付き合ってくださいね!』



 と、すぐに頭の中のロゼッタが主張する。


 はじめは、とんでもない女性だと思った。自己主張が激しすぎるし、正直すぎる。まどろっこしいのは嫌いだと言ってマルクルの反応を直接尋ねてきたり、己の価値観――お金至上主義を公言して憚らなかったり、奥ゆかしさの欠片もない。仮にも貴族なのだから、社交辞令を上手に活用して自分をよく見せるべきだと思ったことも一度や二度じゃなかった。



(けれど)



 ロゼッタはライノアにはないものを持っている。幸せになりたいというあまりにもシンプルで純粋な欲を。そのためにありとあらゆる努力をしているし、不要なものを切り捨てる強さと勇気を持っている。誰にどう思われようと、自分はこうしたいという考えを持ち、言葉にすることができる人間はそういない。そのせいで誤解をされやすかったり、時には嫌われることもあるだろう。


 それでも、ロゼッタは自分を曲げなかった。幸せになりたいから――そのためにお金が必要だと信じているから。



(ロゼッタ嬢は強くて弱い)



 どれだけ辛くても、悲しくても、ロゼッタは己の幸せを追い求めることをやめない。けれどそれは、傷つかないということではなかった。


 ライノアが思うにロゼッタはすでにボロボロだった。散々傷ついた後で、それを満たすために見つけた幸せへの道標が『お金』という存在で。お金を――幸せを求めるあまりに自分をたくさん犠牲にして、傷ついて、傷ついて――それでもまた立ち上がる。ロゼッタは幸せになることを決して諦めない。



 そんなロゼッタをライノアはすごいと思った。それから、自分はこのままでいいのだろうかと問いかけるようになったのだ。



「この間から思ってたんですけど、ライノア様の雰囲気、なんだか少し変わりましたよね」


「……そうですか?」


「ええ。服装からして以前よりもオシャレっていうか、なんだか洗練されている気がしますし、髪型とか顔つきとか、はじめて会ったときとは別人みたいで……」



 クロエの言葉にライノアは微笑む。



「ロゼッタ嬢が聞いたら喜びそうです。あの人は会うたびに『もっと身なりに気を使うべきだ』と僕に言ってましたから」



 その瞬間、クロエはほんのりと表情を曇らせた。ライノアはまっすぐにクロエを見つめると、大きく深呼吸をする。



「クロエ嬢、僕は……」


「ロゼッタがライノア様を変えたんですよね」



 そう言ってクロエが微笑む。ライノアは大きくうなずくと「すみません」と口にした。



「謝らないでください。本当はわかっていたんです。見込みないんだろうなって。今日一日一緒に過ごしてよくわかりました」



 クロエの瞳には薄っすらと涙が滲んでいる。こんなときにまでいい子になる必要はないのに――そう思うが、以前のライノアならばクロエのような女性を好んだだろう。そのほうが楽だし、気を使わなくて済む。相手は大して傷ついていない、自分は悪くないと思えるから。



「正直僕は、自分のことなんてどうでもよかったんです。己の能力をそれなりに活かせて、それなりの生活が送れたら満足でしたし、今のままでも十分幸せだと思っていました。だけど、それではいけないと」


「わかります。ロゼッタを見ていたら、私ももっと貪欲にならなきゃって思いましたし、頑張ろうと思ったから」



 クロエはそう言って目を細める。



「ロゼッタのこと、よろしくお願いします。あの子、本当はあんまり強くないから」


「知っています」



 だからこそ愛おしい。守ってやりたいと思った。



「そのためにこそ、僕は変わらなければならないと思いました」



 ロゼッタが求めているのはライノアのような男性ではない。ロゼッタが求めているのはお金だから。


 それでも、幸せになりたいと藻掻き苦しむロゼッタを本当の意味で幸せにできるのは、自分だけなのではないか――いや、自分でありたいとそう思う。



「ライノア様、ありがとうございます」



 静かに涙を流すクロエに、ライノアはそっと微笑むのだった。


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