31.帰国とロゼッタの変化
ロゼッタはひとり、ベッドに寝転がっていた。
(やっぱり住み慣れた自分の部屋が一番ですわね)
昨夜遅くに帰国をし、自分の部屋に戻ってからすぐに、ロゼッタは泥のように眠った。
隣国ではロゼッタも客人のひとりとしていい部屋を用意してもらったし、食事も美味しく、普段よりも仕事は少なかったはずなのだが、慣れない場所で過ごすことで知らず知らずのうちに体が強張っていたのだろう。また、長期間移動をしたことで、相当疲れが溜まっていたらしい。
気づけば今はお昼すぎ。こんなに長い時間連続して眠ったのははじめての経験で、ロゼッタは自分自身に驚いてしまった。
(さて、時間は有限。動き出さねば)
今日から三日間ロゼッタは休みをもらっている。ゆっくり体を休めるように、とのセリーナからの配慮だ。
しかし、隣国から持ち帰った荷物や戦利品の整理をしなければならないし、やりたいことが山ほどあるので、三日はあっという間に過ぎてしまうだろう。
どれから手を付けよう、と考えたところで、ロゼッタがゆっくりと目を見開く。頭の中にはひとりの男性の姿がはっきりと浮かび上がっていた。
(他にもするべきことはたくさんあるのに)
いつの間にか、自分の中で勝手に優先順位ができあがってしまっている。ロゼッタは便箋を取り出し、深呼吸を一つ、手紙を一通書きはじめた。
(返事をくださるかしら)
考えながら、心臓がドキドキと高鳴っていく。
最後に会った日が随分昔のことのようだ。実際はそう日数が経っていないものの、離れていた間にクローヴィスやトゥバルトばかりと接していたためか、なんだかとても懐かしく感じられる。
なにをどう書いたら、彼に響くのだろう?
どうやったらすぐに返事をくれるだろう?
ロゼッタに会いたいと思ってくれるだろう?
(――どうしてわたくしはそんなことを考えているの?)
ハッと顔をあげ、ロゼッタは自分自身に問いかけた。それからすぐに首を横に振り、ふっと笑い声をあげる。
(そんなこと、わかりきっているじゃない。お金のためよ。わたくしは彼が持っているお金が欲しいだけなのだから)
決して、お相手が好きだからとか、恋愛感情によるものじゃないと自分自身に言い聞かせる。そうしないと、隣国でのあれこれを――クローヴィスからの本気の告白を思い出してモヤモヤしてしまうのだ。
隣国からの帰り道、クローヴィスはむやみにロゼッタに絡んでこなかった。馬車で同乗を強いられることもなかったし、適度な距離が確保されていたと思う。
あんな告白をしておいて――という気もしたが、ロゼッタとしては助かった。正直言って気まずいし、セリーナにも気を遣ってしまうからだ。
(わたくしは決して、恋愛感情で動いているわけではない)
ロゼッタはクローヴィスや他の人間とは違う。
”彼”に会いたいと思ったのは、それが自分の幸せな未来につながると思ったからだ。ただ顔が見たいとか、声が聞きたいとか、そんなことは決して考えていない。
けれど、文字を書くたびに手が震える。顔が熱くなっていく。ドキドキして心臓が痛くなる。――これは気の所為で済ませられるレベルではない。
ロゼッタは手紙を送り終えると、荷物の整理をはじめた。
(これはクロエに渡す分、それからこれは他の同僚たちに)
なにかしていないと返事が来ないか気になって、ソワソワと落ち着きがなくなってしまう。たった今手紙を送ったばかりで、相手に届いてすらいないとわかっているにもかかわらず、だ。
(どうかしていますわ)
何度振り払っても付きまとってくる邪念に、ロゼッタはイライラを募らせていく。
ロゼッタは自分自身が嫌で嫌でたまらなかった。誰かに振り回される人生はごめんだし、カッコ悪いとすら思っている。それなのに、どう足掻いても心と体が思うように動いてくれない。手紙の返事を待たずに、会いに行きたいなんてことを思ってしまうのだ。
(ウィルバート様のバカ)
ロゼッタはクッションを手繰り寄せて抱きしめると、ぎゅっと顔を埋めた。
逆恨みも甚だしいが、こんなふうにロゼッタを変えてしまったウィルバートが憎い。
隣国にいたときには、物理的に距離が離れすぎていたため、彼への気持ちが抑えられていた。けれど、いつでも会いに行ける、と思うと心が落ち着かない。他のことが考えられなくなってしまうし、見えなくなってしまうのだ。
(わたくしはお金を愛している)
何度も何度も、自分に魔法をかけるかのように言い聞かせながら、ロゼッタは残りの荷物を整理していく。あっという間に片付けが終わってしまった。
(――よし、決めた)
「あれ? ロゼッタ?」
数十分後、ロゼッタはセリーナの執務室にいた。仕事用のドレスに着替え、同僚たちへのお土産を持参し、ロゼッタはクロエたちに微笑みかける。
「明後日までお休みでしょう? もしかして、お土産を渡すために来てくれたの? 復帰後でよかったのに」
「それもあるけど、なんだか無性に仕事がしたかったの」
ロゼッタの言葉に、同僚たちが目を丸くして顔を見合わせた。
らしくないことは本人が一番よくわかっている。けれど、こうでもしないと自分が自分じゃなくなるような心地がして、どうしても嫌だったのだ。
「そりゃあ、人手が多いほうがこっちは助かるけど」
「でしょう?」
どうかこれ以上理由を聞かないでほしいと願いつつ、ロゼッタは満面の笑みを浮かべるのだった。




