30.告白
曲が終わったところで、ロゼッタはトゥバルトと微笑み合う。と、背後から強く手を引かれて、思わず声をあげてしまった。
「ロゼッタ嬢」
「え? クローヴィス殿下」
誰かと思えば、それはクローヴィスだった。人前ではいつも浮かべている笑みが消え去り、切羽詰まった表情を浮かべているように見える。
「あの、なにか……」
「こっちに来て」
クローヴィスはそう言うと、ロゼッタを連れて人混みをぐいぐい抜けていく。道中、驚いた表情のセリーナの表情が目に入る。ロゼッタが口を挟むまもなく、クローヴィスは会場を出てしまい、二人は夜の庭園へと到着した。
「クローヴィス殿下、さすがに強引がすぎますわ!」
ようやく立ち止まったところで、ロゼッタが抗議する。と同時に、クローヴィスがこちらを振り返った。
「クロ……」
けれど、彼の顔を見た瞬間、ロゼッタはなにも言えなくなってしまった。切なげに細められた瞳に、固く閉じられた唇。まるでクローヴィスの苦しさが自分に乗り移ったかのようだった。
「好きなんだ」
クローヴィスが言う。ロゼッタは思わず目を見開き、ゴクリと息を呑んだ。
「ロゼッタ嬢のことが、好きだ」
ロゼッタがなにか言う前に、クローヴィスが言葉を重ねてくる。
こんなにはっきりと想いを言葉にされたのははじめてだった。もちろん、「本気だ」とか「好きな人」だとか「口説いている」と言われたことはあるけれど、今回は明らかに言葉の重さが違っている。
(だったら、わたくしも、きちんとお返事をするべきだわ)
ロゼッタはクローヴィスを見つめ、口を開く。
「殿下、わたくしは――」
「頼むから断らないでくれ」
けれど、ロゼッタがこたえる前に、クローヴィスがそう懇願してきた。クローヴィスはおずおずとロゼッタに手を伸ばし、ゆっくりと縋るようにして抱きしめてくる。
「クローヴィス殿下、けれど」
「好きなんだ、ロゼッタ嬢のことが」
力強く抱きしめられて、ロゼッタは小さく息をつく。
「どうして?」
問いかけても、クローヴィスは返事をしない。もしかしたら、自分でもよくわからないのだろうか? ロゼッタはクローヴィスの肩をポンと叩くと、少しだけ首を傾げる。
「自分で言うのもなんですが、わたくしなんてお金のことしか頭にない、顔だけの女ですわよ」
「そんなことない」
すぐに駄々っ子のような口調で返事がかえってきたことに驚きつつ、ロゼッタはそっと目をつぶった。
「本当に。クローヴィス殿下ならご存知でしょう? わたくしがどれだけお金のことを愛しているかを」
「もちろん知っている。だから、ロゼッタ嬢は俺のことを愛してくれなくていい。俺のものはすべてロゼッタ嬢に差し出すから――ただ俺を拒絶しないでほしい。受け入れてほしい。……まだ他の男の手を取らないでほしい。お願いだから」
それは、とても不思議な感覚だった。自分は間違いなくここにいるはずなのに、自分じゃない――まるで、どこか遠くから己を眺めているような気分だ。
(わたくしが欲しいのはお金だけ)
それ以上でも以下でもない。
けれど、本当にそれだけだっただろうか?
これまでにロゼッタの心が踊ったのは、美しいドレスに身を包んでいるとき、光り輝く宝石を身につけたとき、美味しくて最高品質の料理を食べたとき、高価な化粧品を惜しげもなく使い鏡に映る自分の顔を愛らしく仕上げられたとき……。
けれど、どうしてそれらが嬉しいのだろう? どうして追い求めずにいられないのだろう。
(わたくしはただ、幸せになりたい)
過去の自分ができなかったことを、欲しかったものを手に入れたい。そのためにはどうしてもお金が、ロゼッタの願いを叶えてくれる男性が必要だった。
だから、男性からの愛情はいらない。ロゼッタも彼らを愛する必要なんてない。必要なのはお金だけ。お金さえあれば幸せになれるのだ。
(本当に?)
頭の中で誰かがそう言うのが聞こえてくる。
先程ランハートの話を聞いたせいだろうか? 恋愛感情なんて不要だと思うのに――それを否定しきれない自分がいる。
本当は、自分に縋るクローヴィスを愚かだと突っぱねれば済む話なのだ。本人からどれだけ断らないでほしいと言われても、価値観の違いばかりはどうしようもないと、はっきり断ってしまえばいい。
それができずにいるのは、自分が幸せになれる道がひとつではないと――お金以外のものに価値を見出しはじめているからなのかもしれない。
(そんなはず、ない)
口先だけの愛情にはなんの意味も価値もない。そんなこと、ロゼッタが一番よく知っている。そうでなければ、幼い頃のロゼッタは幸せだったはずだ。こんなふうに苦しんでいないはずだ。
「クローヴィス殿下、わたくしが欲しいのはお金だけです。殿下がわたくしにお金を約束してくださる限り、わたくしはあなたを拒絶はしません」
ロゼッタは目に見えないものは信用しない。心の拠り所になどしない。
他人から見てどれだけ滑稽だろうと、愚かだろうとも、その価値観は絶対に譲れないのだ。
「それから、今はまだ、誰の手を取るか決めたわけではございません。そもそも、望んだところで相手がわたくしを選んでくださるとも限りませんし」
クローヴィスがキュッと唇を引き結ぶ。ロゼッタはそっと目を和らげると、クローヴィスの両手を優しく握った。
「まったく、こんな女にのめり込んでしまうなんて、気の毒ですわね」
「自分でもそう思っている。けれど、それでも好きなのだから仕方がない」
苦悩に満ちた表情のクローヴィスを見つめつつ、ロゼッタが笑う。それから「ありがとうございます」と伝え、ロゼッタはそっと目をつぶるのだった。




