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29.トゥバルトの幸せ

 ロゼッタが会場に戻って程なくして、ダンスの時間となった。

 両国の関係が深まったことを示すため、ライラとクローヴィス、セリーナとランハートがファーストダンスを踊るらしい。



「隣を失礼してもいいかな?」


「トゥバルト様」



 壁際で佇んでいたロゼッタのもとに、トゥバルトがやってきた。ロゼッタは「もちろん」と微笑みつつ、セリーナたちのダンスを見つめる。



「ランハート様とはどんな話を?」


「そうですわね……」



 やはりトゥバルトもこちらの動向を気にしていたらしい。ロゼッタは少しだけ考えたあと「内緒です」と笑う。すると、トゥバルトはハハッと大きく笑い、そっと目を細めた。



「今回はせっかくロゼッタ嬢と一緒に隣国に来れたというのに、あまり交流が深められなくて残念だよ」


「まあ、そんなふうに思っていただけますの?」


「もちろん」



 あまりの嬉しさに、ロゼッタは瞳を輝かせる。

 もしもクローヴィスの妨害がなければ、ふたりはもっと長い時間一緒にいられたし、交流を深められただろう。そう思うと、少しだけ――いや、かなり残念だ。



「けれど、トゥバルト様は帰国が待ち遠しいのではございませんか? お嬢様と……フローリア様にお会いになりたいのでは?」


「……! わかるかい?」


「ええ」



 隣国に来てからというもの、トゥバルトは暇さえあれば小さな手帳を取り出して、優しい表情で中を覗き込んでいた。雰囲気から、おそらく娘の姿絵が収められているだろうと予想していたのだが、どうやら当たっていたらしい。



(トゥバルト様にとって一番大事なのは愛娘であるフローリア様)



 人は己の価値観を尊重してくれる相手に惹かれるものだ。ならば、ロゼッタもそこを見越して攻めていくべきだろう。ロゼッタと結婚することはトゥバルトにとってメリットが大きいと、そう思ってもらわなければならない。



「フローリア様にお土産は買われましたか?」


「いや……正直俺はあの年頃の子がなにをほしがるのか、ちっともわからなくてね。仕事でほとんど時間も取れなかったし、ズルズルと先延ばしにして今日まで来てしまったのだが」


「でしたら、帰りの道中でわたくしと一緒に選ぶのはいかがでしょう?」


「ロゼッタ嬢と?」



 ロゼッタの提案に、トゥバルトは表情を明るくする。



「ええ。わたくし、元々お買い物が大好きなんです。フローリア様とは同じ女同士ですし、どんなものなら喜んでいただけるか、適切なアドバイスができると思いますの。もちろん、トゥバルト様からフローリア様のお話を聞きながら、ということになりますが」


「そうしてもらえるとありがたい!」



 トゥバルトがロゼッタの手を握る。ロゼッタはニコリと微笑んだ。



「よかった。実は、遠征に行くたびにフローリアへお土産を用意するんだが、あまり喜んでもらえなくて」


「まあ……これまではどんなものをご用意なさっていたのですか?」


「ありとあらゆるものだよ。ドレスや靴、カバンやリボン、ぬいぐるみ、他にも色々……。けれど、どれをあげても、娘は困ったように笑うんだ」


「そうでしたか」



 フローリアのことを思い浮かべているのだろう。トゥバルトは今、とても優しい表情で笑っている。



「娘さんのことを、心から愛していらっしゃるんですね」


「もちろんそうだ! 親ならみな、同じ気持ちなんじゃないか?」


「――トゥバルト様は幸せですね」



 ロゼッタは曖昧に微笑みながら、心のなかでため息をつく。

 ロゼッタがトゥバルトを幸せだと思う理由――それは彼が、親なら子を愛すると純粋に信じているからに他ならない。


 親なら全員、子どもを無条件にかわいがる。大切にする。幸せにしたいと願う――そんなことを思えるなんて、本当におめでたいとロゼッタは思う。


 おめでたい――けれど、できるなら、そのまま真実を知らずにいたほうが絶対にいい。



「そんなに可愛いお嬢様がいらっしゃるなんて、本当に幸せだと思います」


「ああ、俺は世界で一番幸せだ。ほしいものはみんな持っている。情熱を持って取り組める仕事に、素晴らしい領地と領民。有用な使用人たちと、それから愛しい娘。けれど今は――他にも欲しいものができた」


「欲しいもの、ですか?」



 ロゼッタが首を傾げると、トゥバルトはそっと身を屈める。それからロゼッタの前に跪き、恭しく手の甲に口付けた。



「ロゼッタ嬢を」



 ドキッとロゼッタの胸が高鳴る。トゥバルトは目を細め「一曲踊ってくれるかい?」と尋ねてきた。ロゼッタはトゥバルトについて、ダンスホールへと移動する。それから、音楽に合わせてふたりで踊りはじめた。



(驚きましたわ)



 まさか、あんなことを言われるとは思っていなかった。それまでフローリアの話をしていたこともあり、突然の告白に戸惑ってしまったのだ。

 トゥバルトはこれまでクローヴィスほどロゼッタに迫ってはこなかったし、裏表がないように見える分、なにを考えているかがわかりづらい。


 ロゼッタがためらいがちに顔をあげると、トゥバルトと視線が絡んだ。熱い眼差しにロゼッタの体が熱くなり、先程よりも胸がドキドキと大きく鳴る。



(これは……マズイですわ)



 トゥバルトの本気が感じられるから、無性に恥ずかしい。むやみに目を合わせたら、一気に持っていかれそうだ。さすがは騎士団長。真っ向勝負にめっぽう強いのだろう。


 反対に、ロゼッタはいつも駆け引きばかりしているせいか、ストレートに感情をぶつけられることにとても弱い。どうしていいか、よくわからなくなっていた。



「国に帰ったら、娘にも会ってくれるだろうか?」


「え?」



 ロゼッタの頬が赤くなる。トゥバルトはそっと目を細めた。



「お土産を一緒に渡してほしいんだ。それから、フローリアにロゼッタ嬢を紹介したい」


「フローリア様にわたくしを紹介……! ええ、喜んで」



 これでまた一歩、金持ちの男性との結婚が近づいた。大好きなお金のことをこれでもかというほど想像し、驚きや戸惑いの感情を無理やり吹き飛ばす。

 そんなロゼッタを見つめながら、トゥバルトは満足そうに笑うのだった。


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