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27.目に見えるもの、見えないもの

 王室主催の夜会とあって、会場は重厚かつ落ち着いた雰囲気だった。



(ついつい浮かれてしまったけれど、セリーナ殿下とクローヴィス殿下にとっては、この夜会も大事な公務の場なのよね)



 他国の王族や貴族と交流を深める貴重な機会。クローヴィスにエスコートを受けているセリーナの後ろを歩きつつ、ロゼッタは気を引き締める。



「セリーナ殿下!」



 会場に入ってすぐに、今回の公務の目的――王太女ライラから声をかけられた。

 一介の侍女であるロゼッタが、こうして顔を合わせるのははじめてのこと。ロゼッタは深々と頭を下げる。



「どうぞ楽にして。セリーナ殿下の侍女かしら?」


「ええ。ロゼッタというの。可愛いでしょう? 自慢の侍女なの」


「セリーナ殿下……」



 どうやら二人は相当仲良くなったらしい。砕けた口調で会話を交わしている。

 それにしても、こんなふうに紹介をされるとは思っていなかったので、ロゼッタは恥ずかしくなってしまう。



「お飲み物をどうぞ」


「お名前を教えていただけませんか?」



 セリーナとライラの会話が弾んだ頃合いを見計らって、男性たちがロゼッタに声をかけてきた。若く、見目麗しい男性ばかりだ。



(なんだかとても新鮮だわ)



 自国の夜会では「はじめまして」の男性の数が少ないし、高嶺の花扱いされて、若い男性からはほとんど話しかけてもらえない。セリーナの侍女として出席をしているからこそ、今回は気軽に声をかけられたのだろう。夜会の目的は二国間の交流を深めることだから、声をかけなければむしろ失礼にあたるとすら思われていそうだ。



(楽しい)



 男性たちと会話を交わすロゼッタだったが、ジトッとした視線を感じてふと振り返る。クローヴィスだ。『楽しそうだね』と唇が動き、ロゼッタは思わずドキッとしてしまった。



「もう……いけませんの?」



 セリーナの引き立て役になるように、と言ったのは他でもない、クローヴィスだというのに。第一、今回はいつものようにロゼッタのほうからアプローチはしていない。来るに任せただけなのだが。


 ロゼッタは男性たちに断りを入れ、会場の隅に向かって歩を進める。それから小さくため息をついた。



「あなたって本当に尻軽ね」


「……え?」



 唐突にそんな言葉が聞こえてきて、ロゼッタはそっと隣を見る。そこには先客、クローヴィスの侍女がいた。ともすればスタッフと間違われそうな地味なドレスに身を包んでいる。ロゼッタは静かに首を傾げた。



「尻軽とは?」


「自分をチヤホヤしてくれる男なら誰でもいいの? とんだ悪女じゃない」



 軽蔑をあらわにした視線。ロゼッタは小さく肩をすくめた。



「先日も申し上げましたでしょう? わたくしにとって大事なものはお金です。男性ならば誰でもいいというわけでは」


「だったら、どうしてクローヴィス殿下からドレスを贈られているのよ!」



 クローヴィスの侍女は顔を真っ赤に染めてロゼッタに詰め寄る。小声だが、あまりに語気が強いため、何人かがこちらを振り向いた気配がする。



「ちょっとこっちに来て」



 侍女から腕を引かれ、ロゼッタは黙ってついていく。人気のないバルコニーについたところで、侍女は再びロゼッタに向き直った。



「どうして私じゃないの? 私のほうがずっと、殿下のことを想っているのに! そのドレスだって、もしかしたら! ……もしかしたら、私に贈ってくださるんじゃないかって思っていたのに」


「まあ……」



 聞いていて、なんだか気の毒になってくる。ロゼッタは侍女の顔をじっと見つめた。



「そのネックレスだってそう! 別の男性――トゥバルト様からいただいたものでしょう?」


「ええ、まぁ……」


「本当に最悪っ! どうして男性はこんな顔だけの女がいいわけ? どれだけ勉強をしても、努力しても、そういう部分はちっとも見てもらえない」



 侍女は地団駄を踏まんばかりの勢いで悔しがっている。対するロゼッタの心は、完全に冷めきっていた。



(ないものねだりをしたって、仕方がないのに)



 どうしてそれがわからないのだろう? しかも、ロゼッタはこの侍女を苦しめようと、なにかをしたわけではない。すべて男性側が勝手にしてくれたことだ。それなのに、こんなふうに文句を言われる筋合いはない。ロゼッタはぐっと姿勢を正した。



「目に見えないものに、なんの価値がありますの?」


「はあ?」


「努力は美徳です。頑張ることに価値はあります。けれど、その頑張りが誰にも見えない形だというのに『見てもらえない』『わかってもらえない』というのは違うでしょう?」


「なっ……!」



 侍女が瞳を吊り上げる。ロゼッタはふぅと息をついた。



「わたくしは男性にとって魅力的に見えるよう、努力をしてきました。いかに可愛く見えるか、声をかけたくなるかを日々研究して、ここまで来たのです。あなたと違って、目に見えるものを大事にした、そういう努力を選んだだけのこと。それを尻軽、悪女と称されるならば、別にそれで構いません。あなたはいつまでも『気づいてもらえない』とウジウジして、そこでうずくまっていればよろしいのでは?」


「バカにしないでよ!」



 侍女が右手を振り上げる。ふと見れば、侍女の指に大きな宝石が埋め込まれた指輪がはめてあった。



(殴られたら傷がついてしまう)



 さすがにこれはまずい。挑発をしすぎたと後悔したところでもう遅そうだ。

 ロゼッタがオロオロと視線を彷徨わせていたそのときだ。



「せっかく綺麗な顔なのにもったいない」



 侍女の背後からそんな声が聞こえてくる。ロゼッタが恐る恐るそちらを見ると、見覚えのない男性が立っていた。



「え? あっ……これは、その」


(一体いつからいらっしゃったのかしら?)



 そこにいたのはクローヴィスにも劣らないほど美しい男性だった。小麦色に近い金色の長髪に水色の瞳。年齢はロゼッタより数歳上だろうか? そこはかとなく大人の色気が漂っている。――少しだけウィルバートに似ている、とロゼッタは感じた。



「そんなことをしたら、傷つくのは君のほうだ。美しい君自身のために、その手はおろしたほうがいい。違うかな?」


「あの……その……」



 男性はまっすぐに侍女を見つめ、優しく微笑んでいる。ロゼッタのほうは見向きもしない。



(この方、きっと何度も修羅場を経験しているわね)



 女性慣れしているというか、女心をわかっている感じがする。やがて、侍女は右手をそっとおろした。



「君が傷つかずに済んでよかった」



 男性は侍女の手の甲にそっと口付けると、ようやくロゼッタのほうをチラリと見る。



「わ、私、もう行きます。その……ありがとうございました」


「うん。夜会を楽しんでね」



 ロゼッタは侍女の後ろ姿を、男性と一緒に見送った。


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