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25.助言と忠告

 その日以降、クローヴィスの侍女は、事あるごとにロゼッタへと構ってくるようになった。内容は、お茶の淹れ方や立ち居振る舞い、セリーナのドレスのチョイスや化粧に至るまで非常に多岐にわたる――要はロゼッタに対して難癖をつけたいだけなのだ。



(よっぽど暇なのかしら?)



 ロゼッタはそれらすべてをニコニコと交わしつつ、内心そんなことを考えていた。

 慣れない国外での仕事ではあるが、ロゼッタたち侍女はあくまで添え物。四六時中仕事があるわけではないし、話し相手も普段より少ない。きっと、嫌がらせでもしていないと退屈で、間が持たないのだろう。



「ちょっと、私の話を聞いているの?」


「え? ええ、もちろん聞いてますとも」



 実際はまったく聞いていなかったのだが、ロゼッタはふわりと目を細める。クローヴィスの侍女はチッと舌打ちをし、眉間にぐっとシワを寄せた。



「まったく、クローヴィス殿下はどうしてこんな女のことを……」


「主君のことを悪く言うのは感心しませんわよ?」


「誰のせいだと思ってるのよ!」



 ロゼッタが首を傾げると同時に、侍女はグイッと身を乗り出す。あまりにも余裕のない表情に、ロゼッタはクスリと笑ってしまった。



「もしかして、あなたはクローヴィス殿下を慕っていらっしゃいますの?」


「なっ……!」



 どうやら図星らしい。ロゼッタはそっと目を細めた。



「なるほど、それでわたくしが気に入らないのですね?」


「別に、私はそんなこと……というか、主人を慕うのは当たり前のことじゃない?」


「まあ、そうですわね」



 それが親愛の情からくるものなのか、恋愛感情によるものなのか――その違いはとても大きい。目の前にいる侍女は十中八九、恋愛感情の方だろう。



「先程色々と助言をしてくださいましたから、わたくしからも一つ忠告をさせていただきますわ」


「な、なによ? クローヴィス殿下は自分に夢中だとでも言いたいわけ? 殿下にこのことを言いつけると……」


「そんなことはしませんわ」



 ロゼッタからすれば、侍女に絡まれることは面倒くさいだけで、嫌とか辛いという感情は一切ない。侍女は「だったらなによ?」と唇を尖らせた。



「感情を基準にして動くと、ろくなことがございませんわよ?」


「は?」



 ロゼッタの言葉に、侍女は大きく首を傾げる。



「人の気持ちなんて、ちょっとした出来事で揺れ動くのです。それなのに、一時の感情で突き進んでは、あとから恥ずかしくなったり、後悔したりするでしょう?」


「わ、私はそんなこと……」


「ない、と言い切れます?」



 侍女がウッと言葉を噤むと、ロゼッタは静かに微笑んだ。



「だったら、あなたはなにを基準にして動くのよ?」


「お金です」


「は?」


「わたくしにとってはお金がすべてなのですわ」



 ロゼッタがそう断言する。侍女は目を丸くした。



「ですから、ご安心なさって? わたくしにとってクローヴィス殿下はそこまで魅力的な殿方ではございませんのよ?」


「ちょっ……! 待ちなさいよ、殿下になんて失礼なことを!」


「え? ……っと」



 侍女がロゼッタに掴みかかる。今度はロゼッタが目を丸くした。



「クローヴィス殿下ほど素敵な男性はいらっしゃらないわ! それなのに『魅力的じゃない』だなんて、よくも!」


「それはもののたとえ、言葉の綾で……お金の観点から見れば、殿下はわたくしにとって優先順位が低いという意味で……」


「ふざけないで! 私、あなたのことを絶対に許さないから!」



 ロゼッタはただ、侍女にとって有益な情報――自分は彼女のライバルになりたいわけではないと伝えたかっただけだ。けれど、どうやら火に油を注いでしまったらしい。



(面倒くさいですわね……)



 だから感情で動くな、というのに。

 ロゼッタは静かにため息をついた。




「――ねえ、お兄様。ロゼッタたちを放っておいていいの?」


「うん?」



 その頃、セリーナとクローヴィスは別室からロゼッタたちの様子を伺っていた。

 クローヴィスの侍女がロゼッタに対して嫌がらせをしていることは、現場を見ずとも察せられる。セリーナとしてはそろそろ、そういう行動は慎むようクローヴィスの侍女に伝えたいところだったのだが。



「ロゼッタ嬢ならこのぐらい問題なく対処できる。平気だろう?」



 肝心の侍女の主人、クローヴィスがこの調子なのだ。セリーナはムッと唇を尖らせた。



「けれど、お兄様のせいで難癖をつけられているのよ? ロゼッタはなにも悪くないのに」


「わかっているよ。けれど、ロゼッタ嬢は決して弱くない。色々言われて面倒くさいと思うだけで、傷ついてすらいないと思うよ。それに、俺が助け舟を出すと、侍女の嫌がらせがエスカレートしそうだしね」



 クローヴィスはそう言ってクスリと笑う。セリーナはクローヴィスをじとっと睨みつけた。



「そうかもしれないけど……」


「俺の妃になる女性なら、この程度のことは自分で対処できなければ話にならない。毎回泣きつかれては困るし、公務にも支障が出る……だろう?」


「……つまり、お兄様はロゼッタを試しているってわけ?」


「有り体に言えば、そういうことだね」



 クローヴィスの返事を聞いて、セリーナはそっと頭を抱えた。



「今回の件で、やっぱり俺にはロゼッタ嬢しかいないと感じたんだ」


「ああ、そう……」



 常にニコニコと笑い、社交辞令や嫌味を理解すらしていないように見えたクローヴィスだが、本当はすべてを理解したうえで、真逆の態度を取っていたらしい。

 だとすれば、クローヴィスにとってロゼッタが理想的な女性だというのもうなずける。感情ではなく打算――ロゼッタの場合はお金だが――で動く女性は、かえって安心できるのだろう。



「このまま放置して、ロゼッタに嫌われても知らないからね」


「平気だよ」



 ロゼッタにとって、なにが一番大事なのかはわかっている。クローヴィスは不敵に微笑むのだった。


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