23.馬車
馬車が静かに走り出した。ロゼッタはクローヴィスに向かってニコニコと微笑む。どこからでもかかってこい、という気持ち――だったのだが、彼は一向に口を開かない。ただ黙って窓の外を見つめていた。
(なんだ。身構える必要なんてなかったのかも)
ロゼッタはホッと息をつき、少しだけ肩の力を抜く。隣でセリーナがふふっと笑った。
「ロゼッタってわかりやすいわよね」
「え?」
なにが?と首を傾げるロゼッタを見つめつつ、クローヴィスもクスクスと笑い声を上げる。
「こういうところが可愛くてたまらないんだ。反応が見たくてついつい遊んでみたくなる」
「ええ?」
ロゼッタは唇を尖らせつつ、思わず身を乗り出した。
可愛い、は当然のことだから構わない。だが、遊んでみたくなるというのは聞き捨てならない。クローヴィスをじろりと睨みつければ、彼は満面の笑みを浮かべた。
「ロゼッタ嬢にリラックスしてもらえたみたいで嬉しいよ。変に身構えられると悲しいし、疲れてしまうよ。隣国は決して近くないのだから」
「そういうことでしたの……」
ロゼッタはセリーナとクローヴィスとを見比べつつ、そっと肩をすくめた。
「まあ、さすがに全行程俺たちと一緒じゃロゼッタ嬢が気の毒だから、適度に解放してあげるよ」
「本当ですか?」
「ああ、そちらのほうがポイントが高くなりそうだし、俺も鬼じゃないからね」
クローヴィスが言う。ロゼッタは小さくガッツポーズを浮かべた。
「とはいえ、この旅でもう少し俺のことを知ってほしいし、好きになってもらいたいと思っているのは本当だよ」
「……殿下は本当に直球ですわね」
「そのほうがロゼッタ嬢には効くと思っているからね」
楽しそうに微笑まれ、ロゼッタの頬が赤く染まる。
以後は和やかな雰囲気で馬車が進んだ。
なんといっても長時間の移動のため、四六時中喋り続けては疲れてしまう。王族の二人は時に目をつぶったり、水分補給をしたりしながらゆったりと過ごす。
出発後の最初の休憩時間になると、ロゼッタは二人から離れ、誰にも見られていないことを確認してから大きく体を曲げ伸ばした。
(さすがに疲れましたわ)
やることはほとんどないものの、狭い車内で長時間移動をするのは体にこたえる。ロゼッタは大きく息を吐き出した。
「ロゼッタ嬢」
「まあ、トゥバルト様」
疲れている場合ではない。ロゼッタは急いで髪を撫で付けてから、満面の笑みを浮かべた。
「王族二人との移動では疲れただろう?」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。おっしゃるとおり、少しだけ疲れてしまいました。普段は城に引きこもっているものですから……」
本当は、夜な夜な馬車に乗って夜会に繰り出していたため、移動自体はそこまで苦じゃない。だが、トゥバルトにはか弱い女性だと思われていたほうが都合がいい。ロゼッタが困ったように微笑むと、トゥバルトはハハッと豪快に笑った。
「そんなことを言われると、守ってあげたくなるな」
トゥバルトがロゼッタの頭を優しく撫でる。思った通りの反応に、ロゼッタの胸は高鳴った。
「休憩後は別の馬車に乗れるよう、俺が調整をしておこう。クローヴィス殿下の侍女が同乗をしたがっていたようだから丁度いいだろう」
「まあ! ありがとうございます、トゥバルト様……!」
包容力に溢れた雰囲気。トゥバルトさえいればなんでも上手くいくのではないか――そう思えるほどに頼もしい。ロゼッタはキラキラと瞳を輝かせた。
「他でもないロゼッタ嬢のためだからな。それに」
トゥバルトはそっと身をかがめ、ロゼッタの耳元に唇を近づける。
「あまり君をクローヴィス殿下に近づけたくない」
「まあ……!」
照れたように微笑むトゥバルトは、普段の余裕たっぷりな雰囲気とのギャップが大きく、ロゼッタはついついときめいてしまう。
(いけないわ。わたくしが愛しているのはお金だけなのに)
心の中でぶるぶると頭を振りながら、ロゼッタはにこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。そんなふうに言っていただけて嬉しいです」
「滞在中はぜひ、一緒に食事をしよう。もちろん、お互いの仕事の都合がついたらにはなってしまうが」
「喜んで! ぜひ! ぜひご一緒したいです!」
ロゼッタが身を乗り出して返事をすると、トゥバルトはまた屈託ない笑みを浮かべた。
トゥバルトのおかげで、休憩後はロゼッタは別の馬車に乗ることができた。馬車には女官が二人同乗している。普段接点がないため、なにを話せばいいのかまったくわからない。
幸い、彼女たちは会話を楽しもうという気はないようだった。女官の一人は公務に関する資料を読みふけっているし、もう一人の女官は窓の外を眺めながら、ロゼッタたちと目を合わせないようにしている。……いや、時折ロゼッタをジロリと睨んでいるようだが、睨むだけでなにか言われたりはしなかった。
(別に構わないけど)
こういう視線には慣れている。元々ロゼッタは女性に好かれるタイプではないからだ。むしろ、一緒にいてくれるクロエが珍しいのだと、ロゼッタはきちんと自覚している。
けれど、言いたいことがあるならば、直接言ってくれればいいのにと思わないでもない。ロゼッタは素知らぬふりをしながら馬車に乗り続けた。




