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21.出発の朝に

 そうして、あっという間に出立の日がやってきた。

 王城にはセリーナやクローヴィスが乗るのに加え、荷物を運ぶためにたくさんの馬車が用意されており、ロゼッタは驚きに目を瞠る。



「やっぱり、海外での公務というのは大掛かりですのねぇ」



 地方公務の場合は人の乗る馬車があればほぼ事足りるため、どうしても差を感じずにはいられない。いつもは見送る側なのに、今回は見送られる側だから、なおさらそう思うのだろう。



「いいなぁ、ロゼッタは。セリーナ殿下と一緒に隣国に行けるなんて、羨ましい」



 クロエがそう言ってロゼッタの肩にのしかかる。ロゼッタはクスクス笑いながら「遊びに行くんじゃありませんわ」と首を横に振った。



「わかってるけど。でも、国外旅行なんてそうそう行けるもんじゃないでしょう?」


「クロエったら! お金持ちの男性と結婚すれば、何度でも気兼ねなく行けるようになりますわ。だからこそ、お相手選びに妥協してはいけないと何度も言ってますでしょう?」


「それもわかってるけど。私はロゼッタみたいには頑張れないっていうか、お金より愛を取るのも悪くないと思いはじめているわけで……」



 クロエは視線をそっと城の上階の方へ移す。王太子の執務室がある方角だ。



「まさか、本当にライノア様を?」


「だって、ライノア様のことが気になってたまらないんだもの。今なにしてるのかとか、どんなことを考えているのかとか。……ねえロゼッタ、これって恋なのかな?」


「わたくしに聞かれましても……」



 ロゼッタが恋しているのはお金だ。男性に対して恋心を抱いたことなど一度もない。そのことはクロエにもわかっているはずなのだが。



「あの……ロゼッタ様でしょうか?」


「ええ、そうです。どうかなさいましたか?」



 と、門番の騎士のひとりがロゼッタの元へとやってくる。彼はロゼッタに一枚の封筒を差し出しながら「こちらを渡すように頼まれまして」と微笑んだ。



「まあ、誰かしら?」



 ロゼッタはそうつぶやきつつ、封筒をくるりとひっくり返す。と、ふわりと馴染みのある香りがして、思わず目を見開いた。



「ねえ! 封筒をあなたに預けた男性はまだ城の外にいるのかしら?」



 声が上ずっているのを感じつつロゼッタは騎士にそう尋ねる。



「ええ。『待っている』とおっしゃってましたよ」



 騎士が返事をするやいなや、ロゼッタは城門へ向かって走り出した。ハイヒールがかかとに食い込み痛んだが、そんなことを気にしている余裕はない。

 城外に飛び出し、お目当ての人物を探すために視線を彷徨わせる。するとその瞬間、背後からふわりと抱きしめられた。



「こういう連絡はもう少し早くしてほしいな……間に合ってよかったよ」



 落ち着いたテノールボイスにロゼッタの胸が高鳴る。封筒と同じ香水の香りを強く感じ、ロゼッタは男性の腕を軽く抱き返した。



「まさか会いに来てくださるとは思いませんでしたわ」


「本当に? 俺はずっとロゼッタ嬢に会いたかったのに」


「嘘ばっかり」



 男性の言葉を噛みしめるようにして、ロゼッタはゆっくりと後ろを振り向く。そこには余裕たっぷりに微笑む実業家のウィルバートがいた。



「本当だよ。あれから手紙の回数も減ってしまったし、嫌われたのかと思ってた」


「まあ、だとしたら、わたくしの作戦も少しは功を奏したのかしら?」



 クスクスと笑ってみせたものの、ロゼッタは内心ドキドキしていた。できる限り大人っぽく振る舞おうと努力をしているが、実際のところウィルバートの瞳に自分がどう写っているかはわからない。子供扱いされるのはゴメンだし、かといって相手にされないのはもっと嫌だ。経験の乏しい中で恋愛の駆け引きを行うことは、緊張の連続だった。



「隣国に行くってことは、セリーナ殿下の公務に同行するんだろう? ロゼッタ嬢は優秀だね」


「仕事の内容は守秘義務があるからお伝えできませんの。でも、ウィルバート様にそう思っていただけるのは嬉しいですわね」



 自分にはウィルバートが追いかけるだけの価値がある――なんとかそう思われたくて、ロゼッタは精一杯背伸びをする。すると、ウィルバートはクスリと笑い、ロゼッタの頭をそっと撫でた。



「本当にロゼッタ嬢は可愛いね」


「なっ……」



 ムッと唇を尖らせつつ、ロゼッタの頬が紅く染まる。

 大人っぽく振る舞ってるつもりが、ウィルバート相手だと上手くいかない。また馬鹿にされた――そう思う反面、可愛いと言われたことを嬉しくも思う。



「気をつけてね」


「……わかってます」


「俺にもなにかお土産を買ってきてね」


「……気が向いたらそういたしますわ」



 拗ねたように呟くロゼッタをウィルバートは笑いながら抱きしめる。それから「それじゃあ」と手を振り、颯爽といなくなってしまった。



(本当にどこまでもムカつく人)



 ウィルバートの後ろ姿を見つめつつ、ロゼッタはなかなか動き出せない。未だに胸がドキドキと騒ぎ、しばらく落ち着きそうな気がしなかった。



「……楽しそうだね」



 とその時、背後から話しかけられ、ロゼッタはビクリと体を震わせる。



「ク、クローヴィス殿下」


「ウィルバート相手にあの距離を許しているんだ。俺が同じことをしても構わないよね?」



 後ろからギュッと抱きしめられ、ロゼッタの背中から変な汗が噴き出した。



「これは、その……」


「俺の本気を伝えたつもりだったのにな」



 クローヴィスの息が首筋にかかり、ロゼッタの肩がゾクリと震える。ロゼッタの反応に満足したのか、クローヴィスはロゼッタの頭をポンポンと撫で、ようやく解放してくれた。



「あれから、殿下のこともきちんと考えております」


「まあ、そうだろうね。でも、他の男のことも見ている。俺に対する以上に……だろう?」



 クローヴィスはそう言ってロゼッタを真っ直ぐに見つめてくる。その瞳のあまりの熱量に、ロゼッタは思わず視線をそらした。



「それはそうと、そろそろ出発の時間だよ」



 クローヴィスがロゼッタの手を取り、城内へと連れて戻る。彼が向かったのは一際豪華で作りのしっかりした一台の馬車――クローヴィスとセリーナが乗る馬車だ。



「それでは殿下、道中どうぞお気をつけて」



 ロゼッタは使用人たちの乗る馬車へ向かおうとしたが、クローヴィスはなおもロゼッタの手を離そうとしない。戸惑うロゼッタを見つめながら、クローヴィスはそっと目を細めた。



「ロゼッタ嬢が乗るのは俺たちと同じ馬車だよ」


「……え?」



 その瞬間、ロゼッタの口の端がピクリと引きつった。


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