18.トゥバルトとセリーナ
翌日のこと、ロゼッタは職場――セリーナの部屋で、思わぬ人物との再会を果たしていた。
「こんにちは、ロゼッタ嬢」
「トゥバルト様!?」
騎士団長こと、トゥバルト・ドーハンだ。騎士団長としての安定した給金に加え、領主としての収入が計り知れない超のつく金持ちで、ロゼッタにとって最重要人物と言っても過言ではない男性である。彼にも手紙を書いてはいたものの、仕事が忙しいためか、はたまたロゼッタにあまり興味を持ってもらえなかったからか、大した返事をもらえずにいたのだが。
「よかった。ここに来ればまた会えるだろうと思っていたんだ」
「まあ……! わざわざわたくしに会いに来てくださったのですか?」
大きな花束とともにそんなことを言われれば、ロゼッタでなくともグッと来るに違いない。
だが、トゥヴァルとは「いや」と小さく相槌を打った。
「君に会いたかったのは本当だよ。けれど、今日は仕事の話があってここに来たんだ」
「お仕事ですか?」
ロゼッタは目を丸くしつつ、小さく首を傾げる。
仕事の話に来たということは、その相手はセリーナだろう。しかし、セリーナには普段から警護の騎士がついている。しかも、騎士団長自ら出向くとは中々に珍しい。
ロゼッタは侍女用の控室に花束を片付けると、セリーナに許可を得てからトゥバルトを案内する。
「あらトゥバルト、なんだか久しぶりね」
「お久しぶりです、セリーナ殿下」
二人は元々知り合いらしく、親しげな雰囲気で挨拶を交わす。
「お父様から、今回の仕事はあなたと一緒だと聞いて、とても心強く思っていたの」
「それは光栄なことでございます」
「十年ぶりぐらいかしら? あなたが私の近衛騎士をしていた頃が懐かしいわ」
(近衛騎士? トゥバルト様がセリーナ殿下の?)
どうやらセリーナは、ロゼッタたちに状況が伝わるようあえて、トゥバルトが過去に自分の近衛騎士だったことに言及してくれたようだ。
「そうだわトゥバルト、こちらは私の侍女の――」
「ロゼッタ嬢のことは存じ上げております。以前夜会でお会いしまして」
「さすがロゼ――いや、そうだったの」
セリーナはロゼッタが自分をトゥバルトに紹介してほしがるだろうと思ったらしい。なにも言わずとも紹介をしてくれようとしたのだが、トゥバルトの返事に面食らってしまった。
「実はね、今度外交のために隣国に行くことになったの。まあ、国賓として招かれるわけではなくて、あくまで非公式な訪問なんだけど」
「まあ、そうでしたの?」
ロゼッタは侍女のため、セリーナのスケジュールを管理しているわけではない。そのへんは文官の仕事だ。おそらくは前々から計画が練られていたのだろうが、事前にすべてを聞かされているわけではないのである。
「隣国というと、最近になって殿下とご年齢の変わらない王太女が立たれたのでしたっけ?」
「そう。自分が王族とは知らないまま平民として育てられた王女様が、父親である王太子が亡くなったのを機に、王室に迎えられたの。そんな特殊な経緯を持つ方だから、現状はどこの国とも交流を持っていないのよね。だから、我が国が一番手になって、今後の外交を優位に進めたいというわけ」
セリーナの解説を聞きながら、ロゼッタは隣国の状況を思い返す。
亡くなった隣国の王太子には身分の低い女性との間に娘ができた。けれども、身分の差が理由で結婚が認められず、娘を王室に迎え入れることも叶わなかった。その後、王太子は別の女性と結婚をしたものの、子宝に恵まれないまま病気で亡くなってしまい、王太子の血を引く娘が後継者――王太女になった、というものだ。
平民として育ったのであれば、他国の王族と交流がないのは当然だし、生活の急変により、おそらくは心細い思いをしているのだろう。
だから、年齢の近いセリーナを送り込み、今後の政治に活かしたい、ということのようだ。
「なるほど……そういうことなのですね」
「ええ。外国での警護は普段よりも手厚い必要があるでしょう? それで、私の近衛騎士をしていたトゥバルトにお願いをすることになったってわけ。まあ、あの頃とは違って、トゥヴァルとは騎士団長なんて偉い役職に就いてしまっているけれど」
「あの頃も今も、俺はなにも変わっていませんよ」
トゥバルトはそう言って、ニコリと微笑む。ロゼッタは思わず身を乗り出した。
(わたくしも殿下に付いていけないかしら?)
外国に行ける機会など滅多にない。しかも、攻略対象であるトゥバルトと同行できるチャンスなんて、今後訪れないかもしれないのだ。
そわそわしながらセリーナに目配せをすると、セリーナはロゼッタを見つめながら、そっと目を細めた。
「ロゼッタも一緒に来てくれるわよね?」
「……! わたくしも同行していいのですか?」
「ええ、もちろん。あなたが付いてきてくれたら、私も心強いわ」
セリーナの言葉に、ロゼッタは瞳を輝かせる。
(嬉しい! この機会に、なんとしてもトゥバルト様との距離も縮めなければ!)
隣国へ行くのは仕事だが、おそらくは自由時間もあるだろう。その際にトゥバルトと二人きりになれるチャンスもあるはずだ。絶対にものにしなければ、とロゼッタは意気込む。
「そうそう。いくら非公式の訪問とはいえ、外交の経験が乏しい私だけじゃ心もとないでしょう? それで、王室からもう一人、隣国に行くことになっているのだけど」
「もう一人?」
と、セリーナの部屋の扉が勢いよく開く。
(ク、クローヴィス殿下?)
ロゼッタが驚きに目を見開くと同時に、クローヴィスが微笑む。まさか――と思ったその時、彼はロゼッタの前に跪く。
「ごきげんよう、ロゼッタ嬢。セリーナと一緒に、俺も隣国に行くんだ」
予感的中。
(はめられた――!)
と、ロゼッタは唇を震わせた。
わかる人にはわかる(かも)。今回話に出てきた王太女というのは『実はわたし、お姫様でした!』のライラです。




